感想もない感傷。
感想もない感傷
「ふぅー」
冬の澄んだ空気に、紫煙を吐き出した。
ドラマみたいに都合よく、軽い氷が上から人間どもを滅ぼさんとしているのかは知らないがともかく降って来るわけもなく、ただ風が冷たくて、空気が綺麗なだけの夜だった。
体に害を及ばすはずのその煙は、肺に入れると何故か落ち着くことを知ったのは一年前だったか。
三日に一箱、という自分主観だと、なかなか消費の少ないほうに分類できる、微妙に不健康なオレだった。まぁ、未成年なのだけれど。入手も一苦労だぜ、嘘だ。去年の夏に免許を取得した中古の原付バイクで20分ぐらいの隣町の個人商店『唯多模商店』で買える。まどろっこしい自分の苗字もいえない位には、あそこのお婆さんぼけてるんよ。
澄んだ空気は、黒一色に塗りつぶされた空に点々と散らばる星達の輝きを、鮮明にオレの網膜に届けてくる。
特別綺麗だとか想ったりはしないけれど、まぁ普通に、こういうのもいいんじゃないか、とか偉そうに思ってみる。
「いいんじゃないか?」
ふとした拍子に口を割って出てしまった。
俗に言う独り言って奴だった。
やべぇ、自分今、超いてぇっす。
辺りに誰もいなくて助かったな、ふふふ。
もしも誰かいたら、くすくすと笑われて俺はもうこれからの人生どうやったって再起不能な程度には心と精神を病むのだろう。
しかし、心と精神て違うのだろうか? 違いが全然わからないんだが。まぁいいぜ、へへへ。不気味な笑いが木霊するのは脳漿ひたひた頭蓋骨ガードの頭の中だけだ。
しかし思考って頭の中で行われてんのって本当なんだろうかね。学がねぇから全然わっかんねぇんだけど。まぁ、それでもこれまで生きてこれたんだから大丈夫だろ、自分から能動的に生きてる! って胸張って言えないのがなんか少し情けないけど、皆そんなもんだろうよ、たぶんな。
というか、こんな場所に誰かいたら困る。
オレは今現在、どこかの宗教のイエスさんだとかいうありがたーい御人の生まれた日だか死んだ日だか限定で世界中の在宅に、年端も行かぬ子供の寝顔を見にやってくるロリコン不法侵入白い髭の真っ赤なお洋服のデブ中年よろしく、家の屋根にいた。煙突はないが。
しかしもし実在したとしたなら、煙突ない家にはどうやって不法侵入するんだろうなあのおっさん。ていうか、一人じゃないんだろうな、軽く三万人くらいは居るんじゃないだろうか。一人じゃぜってぇ周りきれねぇって。それともなんか特殊な魔法でも使うんだろうか、おお、ちょっとカッコよくねぇか『サンタは魔法使い』このフレーズいけそうな気がする。流行語大賞とか狙えるんじゃないだろうか、根も葉も根拠もない話だけど。
つか、子供達の夢見るハードルが無駄に上がって、大人達はすんげー大変そうだよな。まぁ、まだオレには後数年くらい無縁そうな話だけどさ。
一生結婚できなかったらどうしようか。どうしろってんだよ畜生、嫌だな本気で。
それどころか一生童貞とか、ありえない線ではないかもしれない嫌なんだが、マジで嫌なんだが。
「あー。クソ、彼氏ほしいー! …………あ、間違えた彼女ほしい!!」
とんでもない間違いを起こしてしまった。ますます誰も居ないことを感謝した。誰か居たらもはや俺は再起不可能だぜ。同性愛って種族的な本能に真っ向から相対している気がするんだがどうだろうか? ルールやセオリーは破るためにある! なんてすっげー前向きなポジティブさんがそういう感じになっちゃうのだろうか、いや別に否定はしないけど。そういうニーズがあるのも確かっぽいし。つーかなに同性愛考察してるんだろうか、残念ながら俺にそっちのけはない。全然残念じゃない。
冬の寒さに手足がかじかむことはあるが、もしや頭の働きまで凍結してしまう恐れがあるのではなかろうデスか。なんと新発見だった、すげーテキトーだった。まぁいい、寝たら忘れてるだろ。
人は記憶を忘れるのではなく脳のどこかに保管されているだけで、思い出せないだけなのだと、そうらしいとか何とかなんかの番組で聞いた気がするけれど。思い出せねぇなら忘れてるのと一緒じゃねぇかよ。オブラートに包まれた発言誤解して勘違いを増長させる輩が増えるのは、暗にそういうマスコミとかのせいでもあるんじゃないかな、とか思う。人のあら捜しに夢中になるのはわかるけれど、『真実』を報道する仕事が『でっちあげ』をしちゃったら元も子もないよな。自分の存在意義を否定してる感じ。いやどうでもいいんだけど。
しかしまぁ、時はクリスマスイブ。
一人身のオレは、一人身のクセに、クラスメイト達から酒飲んだり歌ったり騒いだりのパーティーなんかに誘われたのだけれど、一人身のクセになんとなく変な意地が働いて、一人身のクセにそれを断ったのだった。一人身のクセに。すんげー今、ナイーブな俺が居る。
そこはかとなく俺は寂しく。
どこかそれを望んでいるような自分が居るのもまた、確かだった。
なんだかんだ言って、結局一人は寂しいものなのかよ。とか嘆いてみる……一人身のクセに。
降り積もる雪に触発されたのか、勝手に降下していく俺の気分とは対照的に、煙草の火は、大部分が燃え落ちたその先端を発光させている。
短くなったそれを、テキトーに投げ捨てた。
火事にはならんだろう、という甘い考えは、世知辛いとか嘆かれている世の中にしては優しい享受をしてくれたのか、発光を続けていた火は路面を多い尽くす白い粉の上に落ちて鎮火した。
「あー。後16本、微妙だわー」
いや、後三つほど、未開封のものがあるのだけれども。
少し瞑想してみた。そろそろマジで寒いが、中々家の中に入る気がしない。変に意固地な俺だった。別に一人身だとか関係ない。
シャリッ、シャリッ、と、
積もった雪を踏み潰すような、小気味のいい音が聞こえてきた、それも割りと近くから。幻聴か、とうとう俺も末期だな、こんなとこに人が来るはずなかろうがよ。
そう思いながら、段々と近づいてくる足音が不気味になってきた。
…………泥棒? いやいや、流石にセイントクリスマスには盗人諸君もワイフとよろしくかましてるんじゃねぇーのか?
え? え? じゃあ、待て待て。もしかしたらあれか? あれだろおい!?
リアルなサンタクロース!!
やべぇっテンション上がってきたぁ!
と、下方向へと向けていた顔面をリアル・サンタクロース(多分)へと向けた。
……………あれ?
「なにしてんのあんた?」
そこにいて、その声を出したのは、明らかにサンタクロースな衣装を身にまとって、明らかにサンタクロースな白髭を蓄えて、サンタクロースな帽子をつけた、色の白い茶髪の、やけに眼が大きい…………「美少女だった……わぉ」
「はぁ?」
滅茶苦茶に訝しげに目の色変えながら凝視してくるサンタコスプレ女から、何故か眼を離せずに、ふと思った。
お父さんお母さんお兄さん妹、俺はいま、とてつもない現実に対面しています。
最後に、あなた達にこの光景を見せてあげたかったと、そう思います、と。
いや、下に居るから声出せば多分聞こえるんだろうけど。