優しさの真実?
そうして次の日、リトは再び練習場へと戻った。
リトの目線は心無しか下を向いている。
「リト、一昨日は大丈夫だったのか? 急に倒れてしまって心配をしたよ」
ドンは書類を整理しながら、リトへと聞いた。
「……すみません。不幸なことを耳にしてしまって……心の整理が追いつかなかったんです」
リトの声は明らかに、力が無くなっていた
「そうか…。ならば無理をするでない。悩みがあるなら、いつでも私に打ち明けるんだ。」
柔らかな声音。しかし、その裏に潜む何かを感じて、リトは思わず俯いた。
頭に浮かんだのは、昨日ヒロから聞かされた警告の言葉だった。
『いいか、絶対にお母さんのことをドンに話しちゃダメだ。もしドンが犯人だったら……口封じでお前を殺すかもしれない。辛いのは分かる。でも、気をつけろ』
「……大丈夫です。ありがとうございます」
リトはドンの目を見ることは出来なかったが、しっかりと伝えた
「……そうか。ならよい。ところで今日は少し特別な日だ。もうすぐ本番のサーカス発表会があるだろう?その大目玉として――神獣を連れてこようと思っているのは、リトも知っているはずだ。」
そう告げたドンは椅子から立ち上がって、動物小屋のある、サーカス広場の中心へとリトを連れていく。
そこには、話を聞いた、団員達が待っていた。
すると、ドンは、奥の部屋へと行ってしまった。そうして、5分ほど経った時、男を連れて戻ってきた。
団員たちは一様に困惑の表情を浮かべる。
「ま、迷子ですか?」
団員はドンに聞いた
「いいや。違うぞ」
ドンは真面目な顔をしている
「な、ならば!新入団員の方ですか?」
ドン――「いいや。それも違う。実は、この男こそが神獣役を務める者だ」
「……は?」
場の空気が固まった。誰もが意味を理解できないという顔をしている。
「こ、この男が神獣…?神獣となんの関係があるんですか!?」
団員達はどう見ても普通の人間にしか見えない男を見て戸惑いを隠せない
「まぁ、言葉では分かりづらいだろう。その目に見せてやろう。」
ドンは静かに男へ合図を送った。
次の瞬間――男の肉体が激しく脈打ち、轟音と共に膨張する。
そうして、目の前に現れたのは、巨大な青い鱗を持つ龍だった。
「も、もしかして、これは、あの青龍なの……!?」
リトはそう呟いた
この世界には四体の神獣が存在すると言い伝えられている。
――青龍。朱雀。玄武。白虎。
神話にも等しき力を持つ存在。
そして今、その一体が確かに目の前にあった。
「こいつは己の体を生き物へと変化させる力を持っている。本番の舞台では、こやつに神獣を演じさせる」
ドンは青龍を指差しながら団員達に伝えた
「つ、つまり……本物の神獣がいるわけではないんですか……?」
「その通りだ。だが心配は無用。この変身を見破れる者はいるわけが無い。安心をするんだ。お前らは、自分の役目を果たすまでだ」
その言葉に、リトの胸は奇妙な感情で満たされていった。
『ああ、やっぱり本物なんていなかったんだ。』
失望と同時に、どこか救われたような安堵。
「もうドン様を疑わなくていいんだ」と、自分に言い聞かせる
◇ ◇ ◇
その夜。部屋に戻り眠ろうとしていたリトのもとに、ヒロが現れた。
「リト!! あいつの過去が分かった! そして……あの日の真実も!!」
だがリトは窓越しに彼を見据え、静かに告げた。
「ドンは神獣なんて持っていなかったわ。……だから、もう私はこの作戦に関わらない。これからはここで普通に働く。それじゃあね」
バタン、と窓を閉める音が響く。
「……ど、どうしたんだよ…??」
その声は夜闇に吸い込まれ、リトの耳には届かなかった。
◇ ◇ ◇
翌日。リトはドンに呼び出された。
「昨日見せた神獣の男がいただろう。……あいつがお前と話したいらしい。変わった奴だが、聞いてやってくれ」
案内された先は、普段の居住区とはまるで異なる豪奢な部屋。
大理石のテーブル、金細工の椅子。香り高い食事が並ぶ光景に、リトは思わず息を呑んだ。
その中央に座っていた青年が、穏やかな声で口を開く。
「やぁ。お疲れ様だね?1杯どうだ?」
「そんなの要らないわよ。要件を言って」
「まぁ、それもそうだな。
私はネスという者だ。なぜ、ここにいるのかは、昨日のことでわかるだろう?
そして…君を呼んだのは、忠告するためだ。……君のSネームは特別だ。昨日会った瞬間、すぐに分かったよ」
「と、特別??何を言っているの……?」
「ドンがこんな忙しい時期に新しい団員を入れるわけがないとは思っていたのだが…君の能力がそれなら、ドンもそうせざるを得ないだろうな…つまり君は“特別”だからここにいる。」
「わ、わたしが特別…?さっきから何を言っているのかがわかんないよ!何が言いたい訳?」
「君の''Sネーム''…事情で私が伝えることは出来ないが、特別なSネームだ。そのSネームを求めて、君はこんな時にサーカスに入れたんだよ」
「……私のSネームが特別なのかは知らないけど、そんなの、信じないわよ! ドン様は本当に私の事を必要としているのよ!決してSネームだけを見ているわけじゃないわよ!」
ネスは苦笑し、だが瞳は真剣だった。
「君の言っていることは半分正解で、半分間違いだ。……もちろん、君は必要とされている。だが理由はただ一つ――“金になる”からだ」
冷たく言い放たれる真実。リトの心は凍りつく。
「僕は見てきた。君のように、入ってきた、珍しいSネームの持ち主を…だが、全員、発表が終われば居なくなっていった。そして、君も用済みになって売り払われるだろう……」
「……じゃ、じゃあ……なんであんたは逃げないのよ!? 危険だって分かってるんでしょ!」
「それは君には関係ない。……だが忠告はした。分かったなら、早く逃げるんだ。私はもうそんな人々を見たくは無いんだ…!」
◇ ◇ ◇
部屋に戻ったリトは、ベッドに崩れ落ちた。
――あんなに優しくしてくれていたドンは、あたしを逃がさないために、優しくしていただけ?いや、そんなわけない。
頭の中で言葉が渦巻く。
昨日出会ったばかりの男の言葉など信じられない。
でも、もし仮に今ここを出て行ったら――。
ヒロにだって一方的に別れを告げた。
両親も、もういない。
そうだ。あたしには……ドン様しか残っていないんだ。
――そう自分に言い聞かせるリトの瞳は、不自然なまでに揺れ動き始めていた。
彼女のSネームのように“光”が、心の迷いを写し出すかのように。
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