神獣との修行part.2
何時間たっただろうか。ここは、深海。今何時かも何もわからない。
空気が重くなる。さっきまで静かだった石畳の広場に、無数の影が現れた。
ジロが手をかざすと、地面から亀型の幻影兵が次々と立ち上がる。大きな甲羅を身にまとい、感情のない顔で、嘴を尖らせ主人公と神獣を見据えている。
「次は、“戦闘同調”だ。実戦で、お前と神獣がどこまで一体となって動けるかを試す」
ヒロは拳を握りしめた。神獣はその横で低く唸り、気を高める。
「さっきの舞と違って、今度はお前たちに“役割”はない。どちらが攻めても、守ってもいい。ただし、一瞬でも迷えば、それが死を招く」
師匠が指を鳴らした瞬間、幻影兵が一斉に突進してきた。
「くっ!」
ヒロはすぐさま前へ出る。青龍は横に跳躍し、鋭い爪で敵の一体を切り裂いた。
「──合わせる、んだよな!」
振り返りざま、神獣の動きに合わせて拳を叩き込む。うまくいった、と思った瞬間──
ドッ!
「うわっ!」
神獣のしっぽと主人公の蹴りが交差し、互いの動きを相殺してしまった。反動で二人とも吹き飛ぶ。
「くそっ……!」
幻影兵は容赦なく迫ってくる。ジロは遠くから言う。
「“力を出すな”。“力を重ねろ”。神獣を“使おう”としているうちは、融合には届かん!」
「使うつもりなんて……!」
叫ぶ主人公の前に、神獣が覆いかぶさるように体を寄せる。深く呼吸し、再び、ヒロと向かい合う。
視線が交錯する。
言葉ではない、理解。
(……もう、一人じゃない)
息を吸う。
幻影兵の一体が突進してくる。
神獣が先に動いた。ヒロは考える前に、体を預ける。
爪が敵を切り裂き、直後、ヒロの肘が敵の脇を砕く。
別々の体。だが、ひとつの動き。
「いいぞ……」ジロが呟いた。
「──もう一歩だ!」
幻影兵がさらに数体、四方から迫る。
「……神獣、いこう!」
神獣が咆哮を上げる。
主人公と神獣は左右から同時に跳躍し、回転して空中で交差する。
一撃。
二撃。
そして最後の三撃。
二人の軌跡が、まるで一筆書きのような弧を描いた。
ドンッ。
全ての幻影が、消えた。
静寂が訪れる。
ジロが歩み寄り、静かに呟いた。
「……見事だ。“分けられた命”が、“一つの意思”に還りつつある」
ヒロは肩で息をしながら、神獣の背に手を置いた。
「……お前の動き、見てたんじゃない。感じてた。……いや、違うな。俺自身だった。そう感じたんだ」
神獣が満足げに低く唸った。
「ヒロ⋯お前の動き…見違えったな。」
「さっ、次が最後だ。最終修行、“無明の洞窟”」
ジロは空を見上げ、両手を掲げた。
「そこでは何も見えず、何も聞こえず、何も感じられない。ただ、お前と神獣の魂だけが存在する空間だ。そこで完全に同調できた時──お前たちは、“一つ”になれる」
風が止まり、音も無くなった。そして空間が淡く歪んでいく。
「行ってこい。ここからは、誰も手を貸せない。完全に二人の空間だ。」
光が、すべて消えた。
音も、温度も、感覚もない。そこは“何もない”空間──無明の洞窟。先程の洞窟は発光植物が照らしていたが、無明の洞窟は壁すら見えない完全な暗闇であった。
ヒロは、闇の中に立っていた。壁もなければ、岩もない。ただ、深く静かな闇が広がっている。海の中であり、太陽の光なんて物は少しも届かない。まるで宇宙の中に放り出されたような気分になっていた
「……ここが、“最終段階”か」
声が、闇に吸い込まれていく。反響はない。自分の声すら、まるで誰かのもののようだった。
そのとき、闇の向こうから気配が現れた。
──青龍。
だが、見たことのある姿ではない。
それは、まるで“ヒロ自身”のような形をしていた。金の瞳と黒の気をまとった、もう一人の自分。
「……お前が、“青龍”なのか?」
偽りのような自分が、口を開いた。
「いや。“お前の内側”だ。これまでは、肉体だけを共有していた。だが、魂の融合とは、“心の奥底を照らす”こと。つまり──お前自身と向き合うことだ」
ヒロは一歩、踏み出した。
「なら聞く。俺の中の“何”が、お前を拒んでいた?」
“もう一人の自分”が答える。
「怖れていたんだ。“完全になること”を。力を得た先に、自分が変わってしまうのではないかと。仲間から、世界から、“お前”でなくなることを」
「……違う!」
ヒロが叫んだ。声が反響した。今度は、確かに届いている。
「怖れていたのは、変わることじゃない! “失うこと”だった。神獣の力を完全に手にしたら──お前が、俺の中で消えてしまうんじゃないかって……」
青龍が、ゆっくりと近づく。その姿が、再び本来の龍の形へと戻っていく。
そして、ヒロの目の前に止まった。そして、静かに言葉を紡いだ。
「ならば、証明しろ。“一つになる”とは、“消える”ことではない。“共に在る”ということだと──」
その瞬間、空間が大きく揺れた。
地平のない世界に、光が差し込む。闇に、金の紋様が浮かび上がる。
ヒロは青龍へと手を伸ばした。
「……行こう。お前となら、どこへでも行ける」
神獣がうなずく。
手と爪が重なる。
意識が混ざり合う。
身体の奥から、熱が昇ってくる。
魂と魂が、ゆっくりと、確かに重なる。
──そして。
白光が、結界を裂いた。
修行場の洞窟。師匠が静かに目を閉じていた。
洞窟の中が、金色に染まる。
中心に現れたのは、漆黒の衣をまとう青年。背中には神獣の鬣を残し、瞳は左目はヒロの目。右目は青龍の黄金の目となっていた。
洞窟の動物たちはその姿を見た瞬間に勝手に頭が地面に着いた。体は脳からのいうことを無視し、本能のままに動く。
目の前にいるのは、自分よりも崇高な存在。そんな者を前に感動とともに、少しの恐怖感すらもあった。
「来たか……」
師匠は微笑む。
「メルヘイヤの“完全融合体”──これが、“お前の形”か」
主人公は静かにうなずき、拳を握る。
「俺たちはもう、迷わない。神獣と共に、“俺”として進む」




