【コミカライズ/短編】隣国の王太子様、ノラ悪役令嬢にごはんをあげないでください
「お、お腹減った……ご飯ください……できれば海鮮料理……」
見知らぬ身なりの良い人の足を掴んだ。なんだか「えっ」だとか「はぁ??」なんて声が聞こえる……。
私、エレノア・ウェルズ……いや、ただのエレノアは、現在、隣国の漁港で行き倒れになっていた。
*
『エレノア・ウェルズリー侯爵令嬢を国外追放の刑に処す!』
国王陛下が高らかにそう宣告した。
学園の卒業式後の舞踏会、婚約者である殿下に名指しされたと思ったら、知りもしない罪を捲し立てられた。いや、平民の優等生……アリアさんと浮気していたのはそちらでしょうに。
『先ほど見せたように、証拠は上がっている。観念するんだな』
正義感たっぷりな顔で書類の束を見せつけてくる殿下。
どうやらよくまとわりついてきていたご令嬢方が、私の名前を勝手に使ってアリアさんをいじめていたらしい。まあ多分、殿下の婚約者が私でいて欲しかったのだろう。
『国を救ったアリアを虐げていた者が王妃なぞ許されない』
そんなこと仰られましても、その虐げていたらしい時間、誰も来ない空き教室で一人昼寝していたのですが。ぬくぬくと窓際で日向ぼっこをしながら。
あとアリアさんっていつのまに国を救ってたんですか。
『即刻この国から立ち去れ、悪女め』
殿下の後ろからアリアさんがチラッと顔を出してこちらを見てくる。並んでると絵みたいね。私の黒髪と黄色い瞳だとどうも姿絵もしっくりこなかったのだけど。
…………よくわからないけれど、まあいいか。
『謹んでお受けします』
いや本当に、よくわかりませんけれども。でも考えてみれば、国を救った平民出身の優等生と結ばれた方がドラマ性がありますものね。
別に王妃の座に興味はなかった。殿下とも愛し合ってなんていなかった。家族仲はよくなかった。友達なんていらなかった。
つまり、生きていけるか以外、国外追放されても何も問題がなかった。むしろ自由に生きれる分、気楽だと思った。
……そう思った私が馬鹿だった。
『ふざけるなっ!!』
家に帰ったら、権力狂いのお父様から酷く叱られ、即勘当された。でもまあ、お情けで次の日の朝までは置いてくれたからいいわ。国境まで連行する衛兵が迎えにくるから、かもしれないけれど。
ただ、まさか……
『国家機密が漏洩する可能性があるため、廃棄させていただく』
なんて夜の間に必死に荷造りをしたトランクを取り上げられてしまうなんて思ってもみなかったのだけれど。髪まで切られるし。
そして追放先、マーレリア王国は大陸随一の貿易大国であり我が国とほんの少し隣接しているところ以外は海に囲まれている。
つまりは国外追放じゃなくてほぼ隣国に監禁じゃないのよ。
『……とりあえず、シーフード食べようかしら』
もう現実を見ずに気ままに歩き始めるしかなかった。だって地図もお金もない。なぜか不安は感じなかったけれど。
海に行こうとして山に行って、村があるから夜を越せる! と思ったら廃村で。こうしてほぼ飲まず食わず……川の水を飲んで野草を食べて、はるばる漁港に辿り着いたのだった。
今は亡きお婆様、食べられる野草辞典を読み聞かせしてくださってありがとうございます。つまらないなんて言ってごめんなさい。でも……
*
「は、腹が減っているのか?」
「そうです……魚食べたい……」
予想していたよりも声が低い。懇願するように見上げると、濃いブロンドの髪に真っ赤な瞳の男性の整った顔があった。案外近い。しゃがんでくれているらしい。後ろの方には付き添いらしき屈強そうな人が一人。怪訝な顔でこちらを見ている。
いやそんなことより……、この人の右手の方からいい匂いがするわ。
「これが気になるのか? 貰い物だが、食べるか?」
串……? いや、これは魚の切り身!!
ほぼ反射で起き上がって掠め取り、もしゃもしゃと食べる。
ああ、そうそう。これこれ。パリッとジュワッと油が滲み出る皮に、ほろほろと崩れて旨味が口に広がる白身魚。これが食べたかったのよ!
「………………もっと食べるか?」
「食べます」
さてはこの方、お人好し。できるだけ媚びて、もっと食べさせてもらおう。
媚びたように上目遣いをしておねだりすれば、お人好しさんはいそいそと煙が出ている軒下に行って追加を買ってきてくれた。しめしめ。
「ほら」
二本目も美味しい! むしろ焼きたて熱々だからもっと美味しい。えへへ、シーフード最高!
夢中になって食べつつ、お人好しさんの物申したげな視線に気づく。
「それで、お前名前は?」
ちょっと待ってください。まだ食べてますから。口が白身魚でいっぱいで喋れません。
「まだ買ってやるから、名前を教えてくれ」
「…………エレノア・ウェ、ただのエレノアです」
「そうか、エレノアか」
ごくんと飲み込んでから答えた。
危ない危ない。もう勘当されたのだったわ。あ、三本目はちょっと皮が多い。嬉しい。お人好しさんが追加でもう一本買ってきてくれた。
「見た目からして、この国出身ではないな。だが、旅人や商人にしては身なりがいい。何者だ?」
ああ、胃の容量的に最後の四本目。油が滴り、湯気がホワホワと出ていて……。味わって食べましょう。骨と串にも気をつけないと。
美味しい……この国に追放されてよかったわ。海洋国家万歳。
「ふぁふぁの国外追放された元侯爵令嬢です。ご馳走様でした」
さて、さっさとずらかりましょう。いくらお人好しさんでも恩を着せてくる可能性はなきにしもあらず……。
くるっと背を向けたところだった。
「ちょっと待て。その説明をされて見逃すわけがないだろう」
「……あっ」
しまったわ。適当に逃げ出してきた商家の娘とでも言えばよかった。
逃げるか、逃げないか。
とりあえず顔だけ振り向いて目は合わせつつ、一歩前へ進む。首根っこを掴まれた。骨が刺さるなんてはったりもかましてみたけれど意味がなく……いやそもそも、よく見ると身なりがいいどころじゃないわね。もし大貴族だったら……国外追放されて早々指名手配になる可能性が……。
「きゅ、急におとなしくなったな。すまない、そんなに痛かったか?」
「いえ、まだお名前を聞いていなかったと思いまして」
すると、細長くてキリッとした目をぱちくりさせたお人好しさん。ごほんと咳払いをした後胸を張ってこう言った。
「俺はエドアルド・マリーノ。この国継承権第一位の第三王子だ」
……まさかの大貴族どころか、王族だった。
「王太子殿下が見ず知らずの娘に魚串をあげることなんてあるのですね」
「なっ……べ、別にあげたわけじゃないぞ。そもそも怪しいと思って、しゃべらせるためにだな……」
しかもどうやら嘘が下手くそらしい。
そんなこんなで魚串は食べられたけれど、国外追放されて早々に連行される羽目になった。
「おい、起きろ」
「………ッフニャ゛!!」
黄色い何かが私の肩を揺らしてきたせいで、目が覚めた。袖でよだれを拭いた後、目元をゴシゴシ擦る。黄色い何かじゃなくて、隣国の王太子殿下だった。
「見ず知らずの人の馬車に乗っておいてすぐに寝る馬鹿がいるか!」
「そう仰る割にはもう着いたみたいですけど……」
寝かしておいてくれたくせに何を。いい昼寝でした。
馬車の中のカーテンから外を覗く。マーレリアの王都は、アイボリーの石造の家などが建ち並び、運河が張り巡らされるかのように流れている。一般市民達はゴンドラや小舟を使っているようだ。
……水は嫌いだからゴンドラじゃなくてよかった。
「……綺麗だろう」
「そうですね」
お人好し……いや王太子殿下は、愛おしげな顔で微笑んだ。あの元婚約者様こと殿下とは大違いね。自分の国を愛してるのだわ。というか……。
「なんてお呼びすればいいですか?」
「ん?」
「王太子様? それとも殿下?」
正直、少し殿下とは呼びずらい。元婚約者と同じなんだもの……。こう、むず痒いというか気まずいというかこれじゃない感がするのよね。
「名前は教えただろう? そう呼べばいい」
名前……なんだったかしら。エドワード? エドモンド? エドえもん?
必死に記憶を引っ張り出そうとしていることがバレたらしく、お人好しさんとその隣の従者さんになんとも言えないじっとりとした視線を向けられる。
「はぁ……エドアルドだ」
「はい、エドアルド様」
「ほら着いたぞ」
降ろされたのは王城……にしては小さなお城だった。いや、もちろん綺麗なのだけれど。なんだか少し自然にも囲まれているし……どこ、ここ。
「ここは離宮だ。俺が住んでいるところであり、お前には身辺調査が済むまでここにいてもらう」
「……え」
「とりあえず入れ」
今日中に帰れないの? 調査したところで元侯爵令嬢の元殿下の婚約者で国外追放されたことしか出てきませんことよ?
流石にここから逃げることもできず、ついていく。私が外国人だからだろうか、エドアルド様はエスプレッソで私にはカプチーノが出された。苦いのは嫌だからありがたい。
「それにしても、串焼きを食べていた時とは大違いだな」
「と、言いますと?」
「なんかこう、表情が固い」
「そうですか?」
とエスプレッソを飲みながらひとりごとのように仰るエドアルド様。
そうかしら。意識したことはなかったけれど。そういえば昔殿下が、少しくらい笑ったらどうだと理不尽に怒ってきたことがあったかもしれない。扇子で隠している上に何も面白くもない状況なのに何を笑う必要が? と無視したけれど。
「まあ、そこは置いておいてだな。これからどうする予定だったんだ」
「……とりあえず服を売って」
「待て待て売るな」
「大丈夫ですよ買いますから」
さすがの私も下着姿で町を闊歩なんてできませんわよ。これでも淑女でしてよ?
「それで得たお金と服で、都合のいい設定……捨てられた商人の娘とでも言ってその日雇いをしてもらおうかなと」
これでも侯爵令嬢として、多国語は喋れる。実際、マーレリア王国だって違う言語だけれど、何も不便なく会話も読み書きもできる。海洋王国の貿易都市でこれほど役立つ能力もないだろう。
「そんな適当な……襲われたらどうするつもりだったんだ」
「野犬程度なら倒せます」
「そういう問題じゃない」
頭を抱えているエドアルド様。いや、そんなことよりですね。
「すべて吐くのでどうか解放してくださいませんか?」
「それは無理だ。あと吐くな」
「持っている情報はすべてお教えしますから」
といっても機密情報くらいしか持ってないけれど。殿下のお尻にほくろがあるとか。そういう……。
「すまないが、少なくとも数日はここで食客として過ごしてもらう」
これはどう交渉しても無理らしい。私はたださっさと漁港に戻って明日も海鮮が食べたいだけなのに。特に……ああ、そうだわ。
「じゃあ大人しくする代わりにあくあぱっつぁを作ってください」
*
「あのぉ……何を持っているんですか?」
「鯛だが」
「いや、そうですけども……」
エドアルド様の食客となって次の日の夕食前だった。
なぜかエプロンをして、鯛を持って現れたのは。
「俺が連れてきた上に頼まれたのだから、シェフに頼むわけにもいかない」
そしてあれよあれよといううちに厨房に連れ込まれ、アクアパッツァの作り方を見せられた。なぜ。
「うまいか?」
「とっても!」
でも……至高の腕前だったからまあいいわ。なんだかすごく満足げですし。
「次は何が食べたい?」
「また作ってくれるんですか?」
「っ……お、大人しくしていてもらいたいからな」
どうやらこの方、人に作ることが楽しくなってきたらしく、エドアルド様による餌付け生活が始まった。
「これがペスカトーレだ」
「トマトと海鮮……!」
「おかわりもあるぞ」
ある時は海鮮パスタ。
「あれはなんですか?」
「オイルサーディンだな。外国料理のアヒージョがうまくて……わかった、買ってやるから離れるんじゃない」
またある時は海外の海鮮料理。さすがは貿易大国。
「その、エドアルドは長くないか?」
「ではエド様、まだですか?」
「もう少しだ……ほら焼けたぞ、ピザ」
またまた違う時は海鮮がふんだんに使われたピザ。まさか自分で焼くとは……マーレリア人の食への関心、恐るべし。
「事情は調べ終わったが……、すまない、お前をもう手放せなくなってしまった。……俺の婚約者になってくれないか?」
まあ、私もバッチリ胃袋を掴まれてしまっているわけだけれど……でも一応、国外追放された身なのですが。確かにエド様に婚約者がいないのは知ってますよ? お相手が貿易国に嫁いでしまったせいで捨てら……んん。婚約破棄される羽目にあったと。
「お願いだ、頼む。望むならこれからもいくらでも海鮮料理を作ろう。だから……」
「なります」
いや、どうでもいいわね。私には海鮮料理と昼寝さえあればそれでいい。
その後、嫁ぎ先から帰ってきたその元婚約者様に
「この泥棒猫!」
と言われるのだけれど、
「……そういえば、前世も猫だった」
なんて思い出して、海鮮料理のおねだりに拍車がかかったのでした。
追放させられた元侯爵令嬢……いや、ノラ令嬢に餌付けしたのはエド様ですし、私が言われる筋合いはございませんっと。
読んで下さりありがとうございました。
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下にスクロールすると長編verのリンクがあります。(冒頭のエドアルド様視点やアクアパッツァの作り方、後書きに写真があります)
追記 誤字報告ありがとうございます