聖女の呪い
黒翼を広げた聖女、天野聖奈。
「寂しい」
悲壮感に満ちた呟きと共に目尻から顎にかけてピキっとヒビが入った。
異常な事態ではあるが、それ故に冷静にもなれる。
クイーンドリアードの異様な強さの正体は間違いなく禁具によるモノだった。
その禁具は彼女の中にある。
「禁具は全て外法とする考えを持つアマテラスの聖女様がそれに寄生されるとは。実に滑稽だな」
「笑っておりませんね」
「笑える状況じゃないからな」
唯華に禁具である紫蘭を持たせれば鬼に金棒、そんなの彼女にも言える事だ。
それと⋯⋯今回の戦いで彼女は悪意を持って人を害する人間では無いと思えた。
「どうにか助けられないかな⋯⋯」
「破壊するべきだと私は思いますけどね」
「それは⋯⋯彼女ごとって意味か?」
「それ以外に聞こえましたか?」
「僕は⋯⋯ユイにそんなマネして欲しくない、な」
無意識に裾をギュッと掴む。
唯華にそんな非道な事はさせたくない。主としてではなく、輝夜として。
「存じております。⋯⋯ですが、輝夜様に仇なす者は容赦無く斬ります。それが私の存在理由ですから」
「うん。でも、助けたい」
唯華は溜息を交えながら微笑み、助ける方針に舵を切る。
助ける、と言ってもどうやったら助けられるか分からない。
寄生型の禁具は体内に存在する。その場所も分からない。
基本的に生命活動において重要な位置に存在するため、引き剥がす事は不可能に近いだろう。
禁具の性質が分からないために、対策の仕方も分からない。
「とりあえずベターなやり方で行こう。彼女のエネルギーを減らす」
「御意。少し離れておいてください。聖女は強敵ですから」
唯華が紫蘭を構え、地を蹴った。
「君は誰ですか?」
「不本意ながら、貴女を救う役目を負った、誠実で清廉な恋するメイドです」
唯華が黒翼に向けて紫蘭を振るう。あれが禁具なら破壊の線を視野に入る。
「敵意も無ければ殺意も無い。でも攻撃の意思はある。防御します」
黒翼を曲げて盾のようにし、紫蘭の一撃を防いだ。
「むぅ。これは異質な存在でしょうか。武具でも生命でもない付属品⋯⋯これは本体では無いですね」
翼を破壊しても意味は無い、唯華はそう結論付けた。
彼女がそう言うなら間違い無いのだろう。
「少々遊んで差し上げましょう。⋯⋯終わり次第輝夜様にご褒美をオネダリします」
背筋に悪寒が走る事をボソッと呟かれた。
黒く染まった天野さんは唯華の言葉に反応を示す。
「わたくしと遊んでくださいますの?」
「⋯⋯? ええ」
「それは⋯⋯嬉しく思います」
笑みを浮かべる天野さん。その笑顔は心から笑っているようには感じなかった。
聖女と言う役目に相応しい優しくも可愛らしい笑顔⋯⋯そして、そう思わせるように研究された作られた笑顔。
その作り笑みは気持ち悪さすら感じさせる。
「では、遊びましょうか」
黒い光の粒が唯華に襲いかかる。
かなりの速度。戦闘者じゃない俺では目で追えない。
無慈悲で無情な黒き閃光が降り注ぎ、辺りは土煙に覆われる。
「ユイ!」
「ご安心ください!」
一振で土煙を払うと、無傷の唯華がそこには立っていた。
その背中が俺に安心感を与えてくれる。
「不愉快ですね。どうして手を抜いているのですか」
そう言いながらも表情筋は一切動いていない。
でも、唯華は基本嘘を言わない。真実は隠したりするけど。
「遊びたいのでしょう。なので遊んであげるのです」
「それは違いますよ」
「え?」
「私が貴女と遊んであげるのです。貴女が私と遊んであげるのでは無い。勘違いはしないで頂きたい。好き好んで貴女のような方と遊びたくはありません」
「⋯⋯そうですか」
ピキっと涙のような亀裂は広がった。
それとは対照的に狂気的で嬉しそうな笑みを浮かべる。その笑みは先程とは違うように見えた。
瞳は何かを望むような、求めているような希望の光が広がっていた。
「では遊んでくださいまし!」
先程よりも数も速度も上がった黒き閃光が唯華に向かって降り注ぐ。
「私は貴女が嫌いです。でも昔とは少し嫌いの意味が違います。⋯⋯貴女は輝夜様のおしおきを建前無しで無条件で受けられた。私はそれが心の奥底から憎いっ!」
「何言ってんの!」
唯華もギアを上げて天野さんに襲いかかる。
光を回避して紫蘭を振るう。大地を分割する刃を片翼で受け止め、片翼が1枚1枚の羽に分離し、鋭利な刃となって飛来する。
いくつもの小さなナイフ。そんな羽を回避する。できない物は弾く。
カキン、とまるで金属を弾いているかのような甲高い音が響いた。
それだけの硬さを秘めているのだろう。
「黒き光の槍」
「魔術はイメージの世界⋯⋯厄介ですね」
様々な形の槍が唯華に襲いかかる。同時に羽も襲って来る。
「ですがこの程度、造作もありません」
唯華は冷静に必要最低限の動きで攻撃を捌く。
「楽しいですね! わたくし、こうして誰かと遊ぶの初めてなのです!」
「そうですか」
「わたくしは幼き頃からの聖女。ああ神よ。この遊戯に高揚しているわたくしをどうかお許しください」
その発言がどこまで本気なのか⋯⋯或いは全てが本気なのだろうか。
ああなって最初に発した言葉「寂しい」の意味。そして「幼き頃からの聖女」の意味。
遊ぶ事に対する心からの喜び⋯⋯。
良くも悪くも純粋な天野聖奈と言う聖女。
そこからいくつかのストーリーを想像する事ができるかもしれない。
それで禁具の性質を考察する。助けるためのピースはきっとそこに存在するだろう。
「⋯⋯小さな頃から聖女⋯⋯それは力が強いから⋯⋯或いは別の理由か⋯⋯うーん」
一旦アマテラスを考えから外そう。俺の知る所は少ないからな。
貴族社会って面で考える。
貴族の本質は強さになる。それでも権威を保持する必要がある。
それ故に貴族には貴族らしい振る舞い方が求められる。
周りから舐められたら財産を奪われたり、貴族地区から追い出されるような目に遭うかもしれないからだ。
力ある者はどこまでも欲深く、上に立とうとする。より贅沢な生活を求める。
それを起こさないための振る舞い⋯⋯小さい頃から英才教育なんてのは当たり前になる。
俺だってその例に漏れなかった。
両親の考えを引き継ぎ、色々と学ばせていただいた。
それはきっと⋯⋯天野さんも同じなんだ。
「ああ。しっくり来た」
俺はただの貴族⋯⋯それもかなり平和的思想で家族の愛情を注がれていたと自負できる。
でも彼女は貧民地区の人々から尊敬され崇められるアマテラス組織のナンバーツーであり聖女。
それは単にアビリティだけで決められただけの武闘派人間かと思っていた⋯⋯でも違った。
小さい頃から聖女になるべくして育てられたのだ。彼女は。
人々を先導し、癒し、慈悲を与えるべく存在。
それは天性の彼女の優しさと教育によるモノだ。
「聖女として振る舞わないといけない。そのための努力は惜しまなかった⋯⋯それも違うか」
彼女は純粋だ。
きっと聖女と言う重役をしっかりと全うする必要があると必要以上に背負っていた可能性がある。
『自分は聖女だから』とやりたい事も押し殺して努力して来たのかもしれない。
「そんなの⋯⋯辛いだろ」
俺達の家は、家族はアマテラスによって潰された。滅んだ。
それは裏にいる貴族に嘘の情報で踊らされただけである。
分かってはいても簡単には許せる事じゃないし納得できる事じゃない。
今でも憎いし、殺したいとも思ってしまう。
彼らに悪意が無い事は知っていても。
⋯⋯それをひっくるめた上で俺は言える。
彼女の生き方は⋯⋯聖女としての生き方は。
「神への信仰心でも寵愛でも無い。そんなの、単なる呪いじゃないか」
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