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聖女の仕事

 アマテラスの聖女は病気や怪我を負った人達の治療を終えた。


 その後、いつものように子供達を中央に集めて話を始める。


 「皆様、禁具についておさらいしましょう」


 俺は身を潜めて、静華モードの能力をフル活用して気配を殺す。


 聖女が話す内容に耳を傾ける。


 「僕知ってるよ!」


 聖女の前にいた男の子が元気良く手を上げる。


 天使のように可愛らしい微笑みを浮かべ、風に靡いた白髪を耳にかけて次の言葉を促した。


 「とっても危険な道具なんだよね! 触れたら死んじゃう!」


 「ほぼほぼ当たりです。良く記憶してますね」


 「やった! 聖女様に褒められた!」


 黄金の髪飾りを取り出して髪をまとめる。


 「それでは詳しくお話しますね。しっかり聞いてください」


 『はーい!』


 「禁具とは触れた瞬間にその人を呪う力を持っているのです」


 翡翠のネックレスを指で撫でながら、子供達に話を続ける。


 「人の心を掌握し、破壊を好む怪物に変えるのです」


 「怪物?」


 「そうです。生き血を望む怪物に変貌するのです。その命が尽きるまで暴れてしまう。故に禁具は見つけ次第破壊する必要があるのです。絶対に触れてはなりませんよ」


 そこで一人の子供が挙手をして質問する。


 「もしも触れてしまったらどうするんですか!」


 「⋯⋯そうですね」


 悲しそうな表情を浮かべる聖女。


 子供にして良い話では無いだろうが、彼女は責務を果たすべく話す。


 「その時は問答無用で悪に堕ちたモンスターとして神罰が与えられるでしょう」


 「殺されちゃうの?」


 「ち、違いますよ。神の元へ召すのです。神へ己の罪を懺悔すればきっとお許しになります」


 「でも触れたら殺されちゃんでしょ?」


 「違いますよ。それは一種の救済です。禁具に触れた者は禁具に全てが奪われる。そこから解放して差し上げるのです。⋯⋯禁具はとても危険です。絶対に触れてはなりません」


 「でも禁具の見た目が分かりません」


 「そうですね。でも、禁具は見るだけでも人の心を動かすのです。だから強い心を持ちましょう。そしたらそれが禁具、破壊するべき悪なる物だと分かります」


 とてもアバウトな言葉だが、実際のところ当たっている。


 禁具、と言われているが呪具に近い。


 見ただけで怪しげな力に囚われる。魅了されるのだ。


 それに釣られて触れてしまったら、聖女が言っていたように精神が侵食され暴走する。


 破壊を好むだけでは無い。殺人だけを好んだり、性欲に溺れたり。


 禁具によって様々な状態になる。


 ただし、大きなデメリットがある反面その道具の力は絶大だ。


 人間が作り出せる道具の能力を遥かに超える。


 どのようにして創られたか未だに判明して無い特別な物、それが禁具だ。


 能力によってデメリットを相殺できれば、最高の武器になる。


 もちろん、危険が多いためあまり推奨されてないが。


 まだ未知なる禁具はこの世に広く存在する。


 あくまで触れる事や使う事を禁止されている道具ってだけだ。


 「禁具は破壊するべき、ね」


 結局、どんなに危険な道具でも使い用だと思うけどな。


 「どうかなさいましたか?」


 「ッ! せ⋯⋯いじょさま」


 静華モードの時は【認識阻害(ルコネッサンス)】って言うアビリティになる。


 自分の認識を阻害する文字のまんまの能力なのだが、阻害方法は自由だ。


 今回は聖女にバレないようにしていたのに⋯⋯気づかれた。


 単純に俺の力が低く、聖女の力が強いためだ。


 「具合でも悪いのですか? 回復いたしますよ。もちろん、お駄賃は頂きません」


 「い、いえ。問題、ありません」


 心臓の鼓動が加速する。俺の身体を内側から強くノックする。


 心臓の音で世界の音が段々と聞こえなくなって来る。


 聖女のルックスやスタイルはぶっちゃけると良い。


 だから緊張、興奮⋯⋯なんてのはしない。


 俺が聖女に対して感じるのは純粋な『恐怖』である。


 「本当に大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」


 俺の頬に柔らかく温かい手が触れ、目を合わせられる。


 聖女の琥珀色の瞳から感じるのは心の奥底から心配していると言う事だった。


 聖女は優しい人なのだ。それは理解している。


 もしも悪い奴なら目を見れば分かる自信がある。これでも元貴族地区出身だ。


 それに周りからの評判も高い。貴族時代にも聞こえてくる程には優れた人達が集まっている。


 当然実力も高い。


 だからきっと俺が感じている恐怖心は間違っているのだ。


 彼らが望んでやった事では無い。ただ利用されただけだと分かっている。


 「本当に大丈夫ですか? 息が荒い様ですが」


 「はぁ。はぁ」


 アマテラス、その名を聞くだけでも腸が煮えくり返る。


 俺の家、富川家を直接崩壊させた集団だからだ。


 「だ、大丈夫ですっ」


 俺は精一杯の笑みを浮かべた。きっとぎこちなくてヘンテコな笑顔だろう。


 それでも自分の心を隠すには笑顔が一番だ。


 相手に良い印象を与え、本性を隠せる作り笑いはとても便利。何回も練習したんだ。


 頼む。


 心の中で暴れる殺意に気づかれないでくれ。


 こんな所でアマテラスと敵対する訳にはいかないんだ。そもそも、こいつらは悪意があって富川家を潰した訳じゃない。


 俺の家族を殺した訳じゃない。


 ⋯⋯頭では理解していても、心では許せないんだ。


 「⋯⋯そうですか。分かりました。でも何かあればお伝えください。聖女の役目を与えられる身。それに報いる行いを致します」


 「は、はい。ありがとう、ございます。食材の、提供、とても助かって、います」


 「⋯⋯そう言っていただけるととても嬉しく思います」


 絵画で描かれるような、神秘的な天使の微笑みに俺はただ、嫌悪した。


 ようやく距離を取ってくれて、心臓も落ち着き始めた時だった。


 「⋯⋯おや?」


 聖女が畑の方を向いて、目元を暗くした。


 何かを言う事無く、畑と向かって足を運ぶ。


 一体何が起こってるのか、誰も理解できなかった。


 見える聖女の背中はまるで、俺を守ってくれる時の唯華の様だった。


「ユイ⋯⋯まさかっ!」


 そんなカッコイイと思える唯華が存在するタイミングなんて一つしかない。


 ⋯⋯モンスターと戦う時。


 俺は急いで畑に向かった聖女を追いかける。


 「間に合わなかった」


 聖女がアースワームを人差し指と親指で挟んで持ち上げていた。


 サイズはミミズだか、見た目は凶悪そのモノ。小さくても正直キモイ。


 「これはモンスターですよね。どうして街中にモンスターが?」


 「聖女様。こちらはテイムモンスターでございます。畑が枯れてしまって、助けて頂いたのです。なので害はありません。作物も食いませんので⋯⋯」


 「⋯⋯確かに、『今』は害は無いようですね」


 「今、と言いますと?」


 「先日の事件は知っておりますね。モンスターは気まぐれです。戯れに暴れ壊し殺す、最低最悪の生物です」


 アマテラスはモンスターを絶対の敵としている。正確には悪や魔なるモノだが。


 こうなってしまったら、運命は決まっている。


 「人の住まうこの場にコレら不必要。邪悪な存在が居て良い場所では無い」


 「で、ですが。その子はとある女の子のモンスターでして⋯⋯」


 「女の子? 子供がモンスターをテイムしたと? 疑いたくはありませんが、懐疑的なお話でございます」


 「で、ですが。実際に助かっております。許可無く天罰を与えるのは止めていただけませんか。せめて主との話し合いを⋯⋯」


 「その間にコレが凶暴化して暴れたら責任は取れるのですか? 作物では無く人を襲うかもしれません。そうなった時、アナタは責任を取れますか?」


 「それは⋯⋯」


 「これには強い魔力が備わっているようです。早急に対処致します。これは聖女としての判断です。異論はありますか?」


 この貧民地区はアマテラスの助けがあって他と比べてとても豊かだ。


 恩義が強くある相手。異論なんて、出せるはずが無い。


 あそこまで粘ってくれたおじさんには頭が上がらないな。


 庇ってくれて嬉しかった。


 「ごめん。俺の勝手で外に出したのに。助ける事もできない」


 俺にはどうする事もできない。ただ、結果を見守る事しか。


 聖女はモンスターの危険性を理解し、人々を守るためにやっている事だ。


 「それでは、魔なる生物に神の鉄槌を」


 アースワームを上に投げ飛ばし、神聖な光で包み込んだ。


 日光に照らされているここをより明るくする天より降り注ぐ光。


 一瞬で消失したアースワームの残骸が畑とパラパラ落ちた。


 「モンスターは危険なのです。先日の事が二度と起こらないように、我々は尽力する事を誓います。それに、モンスターの力を使わずとも、我々は繁栄していける。地上を奪った奴らの手はいりません」


 聖女は畑に手を置いて、癒した。


 「それでは、わたくしは一度教会に帰ります。また次の機会にお会いしましょう。皆様」


 聖女は優雅に貴族地区の方へと足を動かした。


 俺はそれを見てから走って家に帰った。元の姿に戻って、管理世界に入る。


 そして、アースワームに向けて事の顛末を話して土下座した。


 「俺のミスで君の子供を死なせてしまった。どう謝って良いか、分からない」


 「輝夜様っ!」


 アースワームは話を理解したのか、ゆっくりと口を俺に近寄らせる。


 唯華が強い殺気を出して包丁を取り出すが、俺が視線で止める。


 何をされても仕方ないと思ったからだ。


 「⋯⋯ッ!」


 アースワームはポンポンっと俺の背中を優しく叩いた後、地面から小さなワームを呼んだ。


 目があるか分からないが、目が合った気がする。


 「ああ。絶対に死なせない」


 それだけ言うと、ワーム達は土に潜った。


 少し広くなった管理世界の土に潜って暮らしているのかもしれない。


 ゴブリン達と唯華に見守れる中、俺はただ呆然としていた。


 「何も、できなかった」


 テイム系のアビリティが知られる事を恐れて飛び出す事すらできなかった。


 俺は自分の保身に走ったのだ。


 元貴族として、不甲斐ない。

お読みいただきありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 リアルでも宗教はろくでもないモノ(特に政治が絡んだ途端、吐き気を催す邪悪に変わる)ですが…この世界のアマテラスとやらもご多分に漏れずってやつですね。 聖女とやらに得体…
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