告白
いつも通り静かな空間で箸を進める琉詩と新騎。しかし、今日はいつも以上に閑散とした状態になっていた。
琉詩は元から静かだ。しかし、初めの頃は俺に気を使っていたのか琉詩から会話を振ってくれることもあった。最近は困ったような仕草と表情は変わらないが、前に比べると話に相槌を打ってくれる程度と、反応が確実に減っていた。それに関していえば、俺も普段の会話を忘れるほどに緊張をしていて静かな原因に加担してはいるが。
このままではいつか本当に離れていってしまいそうな琉詩にいじらしさを強く感じていた。
時間が過ぎるのを待っているのだろう。相変わらず両手を絡めて下がった眉毛を控えめに見せつける琉詩。まだ咲かないスミレの蕾は下を見ることが正しいと思い込んでいる。
雰囲気に合わず壁の白さを強調させるLEDのライトに雲の見えない青い空。箸の当たる音と秒針の動く音だけが鳴り響く室内。
琉詩が弁当を包み終わる頃には秒針はチャイムの音に順番を渡そうとしていた。
そろそろ帰りますか?と琉詩が立ち上がり、新騎も倣って腰を上げる。
「るうちゃん」
本日数度目の会話に、俺はるうちゃんの名前を呼んで意識をこちらに向けることを選んだ。
琉詩は絡めた両手の動きを止めて一瞬だけ視線を向けるとはい、と一言返事をした。
「俺さ、るうちゃんに話したい事があるんだ。すぐ終わるからこのまま話してもいい?」
時間はチャイムの鳴る時間まで迫っている。この時間まで粘ったのはこれから話すことの返答を期待したくなかったからかもしれない。逃げ道を作っておくことで安心したかったのだ。
「俺、るうちゃんのことが好きだ。」
静まり返った室内は時が止まった空間へと変化した。
琉詩は固まったまま動かなくなってしまった。呆けた顔でこちらを見つめている。俺は呑気にも「驚くと目が合う」という新しい発見をしたことに喜びを感じていた。
琉詩は思考をまとめたことで我に返ると、俺が求めていない返事をしながらせっかく合っていた視線を逸らした。
「あ、ありがとうございます。」
琉詩は俺の勇気を出したこの一言を、人間性を気に入った、一緒に居てもいい。などの意味と解釈したらしい。
「るうちゃん。」
琉詩は自分のことを評価しようとはしない。俺はほかの誰でもなくるうちゃんしか見ていないというのに。それが伝わらない。琉詩は理解しようとはしない。
机を挟んでいた体をすぐ触れられる距離まで動かした。琉詩の手を取ると小さくも骨ばった指を強く握り合わせた。すると、再び見開かれた瞳が持ち上がった肩と同時に俺に向いた。
「逸らさないで。そのままの意味だよ。近づきたいし、こうやって触れたいし、キス…したい。」
俺の最後の台詞を聞いた途端、蕾を意地でも開こうとしないスミレは花弁の色を紫からピンクへと変化させた。花びらが舞ったかのように背景色までも華やかに彩った。
「驚くと口が開いてしまう」そんな姿も愛おしい。もっと知りたい、暴きたいと思ってしまう底からあふれ出て来る欲を押し戻すのに苦労した。限界まで興奮を抑えると苦い顔になってしまうようだ。眉間に皴が寄り、険しい表情になりながらも口元のにやけは止まらない。
るうちゃんは困っている。それは琉詩の仕草で伝わってきた。まだ戸惑いが消えないのか視線は外れないまま俺を見つめ、困ったときの指を絡める動作が出ていた。本人は無自覚なのだろうか。今は俺が琉詩の両手を確保しているため、その絡めようと力を込めている手は俺のだ。愛おしいと思う気持ちと、俺とは違う感情であろう琉詩を考える気持ちとがあり複雑だ。
二人で見つめ合う空間は予鈴により邪魔された。
「帰ろうか。」
長い異世界の旅から帰ってきた琉詩に問いかけると、頭を90度下に向けて小刻みに頷いた。顔から耳まで真っ赤にしていた琉詩はうなじまでも染めていたらしい。
見送った真っ赤な後ろ姿からは小さな深呼吸が聞こえてきていた。