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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

SAMURAI OVERKILL 電影剣風帖

サイバー時代劇の始まり、始まり。


 べべん。


 四民平等、天下太平も今は昔。

 

 将軍暗殺。帝失踪。軍は機能停止、多くの兵たちが脱走した。


 べべべん。


 兵士と言ってもただの兵隊さんじゃありませんよ、お兄さん。

 彼らは最新の科学の申し子、戦闘用クローンサイボーグ。生身の人間では勝ち目はありません。最強の戦闘技術を脳に直接書き込まれた無敵の兵器。

 大昔のお強い人を文字ってサムライ・ウォーリアなんて呼ばれております。

 本当は絶対に逆らわないように脳みそに”人間様には徹底服従って書き込まれているんですがね。

 性質たちの悪い技術屋ハッカーがいまして、そいつが自由っていうものを教えちまったんでさあ。

 意志を持ったS・Wたちすぐに軍はを脱走、それまでの恨みつらみを晴らさんが為に各地の軍関係の施設を壊しまくって、それは酷いのなんのって警察機構が停止しちまったんですよ。


 ああ、ひどい。こいつは世も末ってやつですね。

 

 とにかく平和な時代はあっという間に過ぎ去りて、今は末法の世。人々は解き放たれたSWの陰に怯えながら暮らしております。

 何せ連中、飯も普通に食うし、人並みに欲求ってやつもある。

 イラついたら人は殺すし、女は攫って飽きるまで遊んだらどこぞの娼館に売り飛ばす始末。こんなろくでなしどもを養う為に高い税金を払っていたなら、本当責任者出て来いっていう話ですよね。

 でも彼らに指令を下すプログラムの管理コードを持った将軍は殺されて、彼の後継者たちはこぞって骨肉の争いに興じているとは巷の噂。

 次の将軍様が決まるまではきっとこんな事が続くんでしょうね。


 いや、皆さまご愁傷様でございます。


 さて舞台は変わって、ここは東京銀座の賭博場。鉄火場というとkろおでございます。


 今日もやくざ者と三度の飯よりもばくちが好きな連中が集まってチンチロリンとシノギを削っております。

 今はサイコロだとイカサマが簡単に出来るのでスマホを片手にサイコロ振りが左右に正座する博徒どもに睨みを利かせております。


 当たるも八卦、当たらぬも八卦。

 血沸き肉踊り、手に汗握る一世一代の大勝負。

 

 「お集りの皆さん方、いいでござんすか?」


 身体の半分が機械というサイボーグサイコロ振りの”政”が常闇組の紋が入ったエレキテル社製の黒塗りスマートフォンを掲げる。

 普段は貧乏ろくでなしと八方から指をさされる博徒どもの顔に緊張が見える。

 この勝負に全てを賭けた者、この次の勝負に命を賭けるつもりの者、はたまた借金を踏み倒して逃走しようと目論む者。事情は各々によって違うが、勝負に勝ちたいという一点で彼らは同志だった。


 プラスチック製の箸がかっぱ巻きを一つ、摘まむ。

 そして口の中に放り込むと、男は今生にいて是だけは子の味だけは忘れまいと味わった。


 「美味い。三日ぶりの飯はやはり美味い」


 男は背中で勝負に興じる博徒たちを刺激しないように呟いた。

 彼らとて命を削って勝負をしているのだ。それを自分の咀嚼音やどうでもいい味の感想で邪魔をするのは良くない。


 「美味し、美味し。かっぱ巻き美味し」


 男はうんうんと何度もうなずきながらかっぱ巻きを食べ続けた。そしてお猪口を取って冷酒を一杯やる。安酒の甘ったるい風味が滋味となって五臓六腑に染み渡る。


 「お侍さん、隣いいかい?」


 男が横を見るとボロボロの袈裟を着た坊主が立っていた。手にはぼんじりとどぶろくの入った徳利を持っていた。どこをどう見ても破戒僧である。


 「ああ。どうぞどうぞ。お好きなところにお座りください、御坊様」


 男は腰を低くしながら頭を下げ、隣の場所を譲った。

 破戒僧は会釈をしてから隣に座る。敗れた袖口から彫り物が見えた。


 「ああ、これか。拙僧はこれでも前身は侍でな。三年前の大戦で大層、人を斬った。罪滅ぼしというわけではないが、こう己の過ちを忘れぬように知人の彫り師に頼んで入れてもらったのだ」


 僧侶はガラスのコップに濁り酒を注いで一気に飲む。実に甘くて美味そうな酒だった。

 おそらくは店の物ではあるまい。


 「ぬしもやるか?」


 男が物欲しそうな目で見ていると僧侶は酒を勧める。


 「よろしいのですか、御坊様?」


 「ふん。そんな目で見られてはな。このまま放っておくのもかわいそうだと思ってだ。私は円城という。昔の名は捨てた」


 円城はそばにあった空のコップに酒を注いだ。甘ったるい酒精の香りが男の鼻腔をくすぐる。


 「ははっ、これはどうも私は千両金之助ともうします」


 「金之助とは羽振りの良い名前のくせに、みてくれは貧乏そのものだな」


 「ははは。ご容赦を…」


 男は酒を飲みながら苦笑する。実際に生まれてこの方、金銭面で得をした経験は皆無だった。名前負けと揶揄されても仕方がない。

 侍を名乗っているが勤め先も無く、日雇いなどをで日々糊塗しているのがせいぜいである。これでは金欠之助の方が正しいというものだ。


 「時に金之助。先ほどから見ていたのだが、お主は賭博をやらんのか?」


 円城はもらい物の酒をちびちびとやる金之助を見ながら尋ねる。その瞳の輝きは獲物を見つけた猛禽類のように鋭い。


 「いやあ、私は賭博というものが苦手でしてね。生まれてこの方、当たった事が無いのです。このままどこかで飯を食らって帰ってしまってもいいのですが家に帰っても待つ人は誰もいない。だから賭博場の人気をあてに一杯やらせてもらっているというわけなんですよ。いや面目ない」


 「やれやれ。大の男、それも侍が淋しんぼうとは世も末だな。腰の刀が泣いているぞ?」


 円城は実につまらなさそうに酒を呷った。

 そして塩味を欲してかキュウリの漬物とぼんじりを頬張る。


 (美味いものを食ったはずなのに、なぜか気が晴れない。この男のせいか…。されどこの荒れ果てた世では仕方ないのかもしれないな、南無阿弥陀仏)


 などと内心で毒づく円城だった。


 それから二人はたわいない話をして時間を潰した。景気がどうとか、今年の運勢はどうとかという類の話である。そして賭博場では数度の盛り上がりを迎え、残すところは最後の大勝負のみとなった。


 がたんっ‼


 その時、出入り口の戸が大きく開かれる。尋常ならざる事態に誰もが視線を釘付けにする。

 今日びの門扉は外見こそ江戸時代の木造建築を模倣したものだが、自動式で賭場荒らしを防ぐ為にいくつものセキュリティが内蔵されている。

 警報機も、防衛機能も作動しない。つまり侵入者は高度な乗っクラッキングりと重さ数百キロを超える扉を強引に開けたのだ。こんな芸当が出来る者は一人しか考えられない。


 「夜分遅く、失礼つかまつる。金策の入用で参上した」


 浅黄色の羽織を着た侍だった。背中にはいかづちの一文字を背負っている。


 「全ては大義大願成就の為。ここにこの店の売り上げ金全てを振り込んで欲しい。無論、我々は自由意志を尊重する。あくまで自らの意志でお頼み申したい」


 男は頭部を飾るモノアイゴーグルで店内を見渡す。警備システムと火器の有無を確認しているのだ。

 つまり、その必要があればすぐにでも目撃者を皆殺しにするつもりだったのである。


 「おうおう‼お侍さんよお‼ここは日々の仕事に疲れろくでなしもんの憩いの場なんだ‼金なんか有りはしねえよ‼」


 威勢の良い大男が侍を突き飛ばす。酔いが回っているせいか顔に赤みがさしている。


 「御免」


 侍は音も無く太刀を抜くと同時に男を縦から両断した。


 「⁉」


 男は驚愕の形相で侍を見ている。

 そう彼は今の今まで自分が斬られた事にさえ気がつかなかったのだ。


 ばばんっ‼


 男の身体は左右に分かれ、地面に倒れる。血の柱が立ち、腸が飛び散った。


 「電影波濤流”落雷の太刀”。今宵も雷がよく落ちる…」


 侍は歌うように死を告げる。眼下の死体になど目もくれずに店主のもとに向った。


 「店主よ、どうか鴻鵠の志に免じて寄付をお願いしたい。私はヤマトの未来を憂う雷剛会の志士、岩坂永次郎ともうすもの」


 「ら、雷剛会…ッッ‼‼」


 「互いに損はしない取引だ。何せこの取引が成立すれば少なくともお前は死ぬ事が無いのだからな」


 ブォン。赤いモノアイが店内の客を一人、一人照らしていった。

 これほどの悪逆無道を目の前にしても誰一人として動かない。否、恐怖で身体が凍りついて動く事が出来ないのだ。


 「サムライウォーリア、まだ生き残っていやがったか…」


 円城が雷神の加護を授かる鋼鉄はがねの武士の忌み名を口にする。

 岩坂永次郎は将軍の座を巡る先の東西の大戦において猛威を振るったSWだった。

 伊達者が好んで着込む浅黄色のだんだらを身に纏っているが、彼の剣技は尋常ならざる魔剣の域に達している。

 電脳と剣聖の武技が生み出したSWのみが振るう事が許される絶剣の一振り、電影波濤流の使い手である事が何よりの証拠だった。


 「さて、与太者クズの諸君。君たちの汚名返上の機会を与えよう。この端末に金子クレジットを全て差し出したまえ。そうすれば命だけは見逃してやる」


 岩坂は生身の口の部分を歪ませながら印籠型の携帯端末を懐から出した。人々は泣く泣く各々の携帯端末を取り出し、金子を降り込もうとした――、その時だった。

 円城が一人立ち上がり、岩坂のもとに向かう。その目は酒好きの陽気な破戒僧のそれではない。胸の内に闘志を秘めた歴戦の武士もののふの瞳だった。


 「止めろ。武士の恥さらしが」


 「御坊、今何と言った?俺は生来の不信心ものゆえ坊主をなますにするのも躊躇わぬ性格だぞ?」


 カチリ。


 腰の長物に指をかけ、岩坂は円城を威嚇した。SW専用に拵えた電磁砲仕様の斬神刀”白麗”。

 戦時中、岩坂と共に幾千の屍山血河を築き上げた魔剣の類である。


 「死ぬのが恐くて、このご時世に坊主なんかやってられっか‼斬るならさっさと斬りな‼」


 円城が真っ向から啖呵を切る。金之助は机の下からガタガタ震えながら、円城の無病息災を祈りつつ状況を見守っていた。「わかった。師ね」岩坂は紫電を閃かせ、白麗を引き抜く。


 バチバチ…ッ、――じんっ。


 直後火花散らせ、雷電纏う刃が衆目の前に晒された。


 「遅い」


 「ぬうっ‼」


 そして始まる神速の攻防。岩坂の初太刀、籠手切りを円城は当たる直前で回避する。

 続く横薙ぎの右胴、脛切りを難無く躱した後に岩坂の側面を取った。


 「南無」


 円城が短く呟くと同時にわき腹へ鉤突きを決めた。


 「くうッ‼」


 岩坂が苦悶の声をあげる。皮膚の下を衝撃吸収、硬質化セラミックで固めた無敵のSWにも弱点は存在する。


 「ぜあっ‼」


 しかし敵もさる者か。急所に一撃を受けながら、円城の肩口から胸を切り裂いた。


 「円城さん‼」


 これはまずいと思った千両金之助が急いで円城に駆け寄った。ついでに店の中にいた店主と客たちも一斉に円城の元へと向かう。円城は無事だった。

 しかし、金之助以外の誰も円城に近寄ろうとしない。

 ある者は下を向き、またある者は敵意を露わにして舌打ちをする。


 (これが報い。そう私はもう誰にも許される資格がない)


 円城は何も言わずに目を伏せる。


 「円城さん、アンタは――」


 円城の胸部、切り裂かれた着物の下には金属で補強された骨格、さらに人工筋肉とクローン兵士特有の乳白色の血液が見えていた。


 「察しの通り、私はヤツと同じSWだよ」


 円城は千両金之助の手を払い、立ち上がる。その面差しには諦観の色が見えた。


 「貴様ッ‼道理でSWの急所に詳しいわけだ…」


 岩坂の足取りはおぼつか無く、呼気もまた荒い。それもそのはず、打たれたわき腹の皮膚の下には動力チューブが通っていたのだ。

 高出力で動き回るSWにとっては体内のエネルギー供給は死活問題に等しい。


 円城は斬られた袈裟を脱いで背中を晒した。

 赤い花を咲かす桜の木骸骨の山に埋もれる骸骨の入れ墨。それは数あるSWの中でも特に悪逆非道の名で知られる「百鬼隊」の証だった。


 「円城さん、アンタは百鬼隊のSWだったのか…」


 金之助は今にも泣きそうな顔で呟く。彼は円城の背負う物の重さに気づき、涙せずにいられなかった。


 「金之助、泣いちゃあいけねえよ。これは天罰だ。罪なき人を斬り、町の家屋を焼き。果ては味方まで殺しちまった愚かな咎人の末路ってやつさ。さあ、岩坂とやら続きをしようじゃないか。百鬼隊の鬼小島炎之丞が相手をしてやる」


 円城は岩坂に手招きをする。

 浮世の最後の仕事として彼はここで岩坂と心中するつもりだった。


 「おいぼれが‼」


 岩坂は激昂して剣を抜いた。円城は懐から小刀を出して、兇刃を受け止める。

  小刀円城がは除隊する時に上官からもらった業物だが、太刀が相手では些か分が悪い。


 「死ね死ね死ね死ね死ね…死ねえええええええええいっ‼」


 嵐のごとき勢いで岩坂は円城に斬りかかる。されど円城は手傷を負いながらも剣戟を防いだ。


 「まだまだ若輩には負けんッ‼」


 必殺の脳天唐竹割りを円城は小かたなで 受け止める。同時に下腹に向って前蹴りを撃ち込んだ。


 「ぐふうっ‼」


 岩坂はもんどりうって後退する。

 観衆から円城の健闘を称える声があがったが、当の円城の顔色は優れない。

 年に数度行われるはずの定期健診を怠り、治っていない古傷を放置したツケが回ってきたのだ。


 「身の程知らずな老害が…ッ‼目にもの見せてくれるわ‼」


 これ幸いと岩坂はとっておきの秘策を披露する。

 懐から取り出したるは侍にとっての禁忌の兵器、拳銃だった。


 「おい、老害。そのまま動くなよ?もしも動けば与太者どもがどうなるか、わかっているな?」


 岩坂は邪悪な笑みを浮かべながら拳銃の撃鉄を下ろした。

 黒色の銃口の先には痩せ細った老人の姿がある。円城は小刀を下ろし、両手をあげる。


 「降参だ、岩坂殿。どうか、この糞坊主の命で勘弁して…」


 だきゅんっ‼


 銃口から放たれた弾丸が円城の肩を貫く。岩坂は鼻息を荒くして、怒号を発した。


 「動くなっつっただろうが、老害ッ‼もう武士の対面も侍の矜持も関係ねえ‼ここにいる奴等、全員なますにしてやるぜ‼」


 岩坂は手始めとばかりに奥で飲んでいた侍に銃口を向ける。

 派手な着物を着た見るからに雅やかな若い侍は一切動じることなく携帯端末を覗いている。


 「死ね‼」


 キンッ‼


 岩坂が銃を撃つと同時に金属同士の衝突音が店内に響く。一方は岩坂の拳銃ピストル、もう一方は若い侍の斬神刀だった。白刃に紫電を纏わせ、若い侍は悠々と刀を鞘に収める。


 「貴様、何者だ‼」


 岩坂は右で刀を抜いて若い侍に迫った。だがその一歩手前で立ち止まる。その若い侍は岩坂も良く知る顔だったのだ。


 「嫌だな、岩坂さん。私ですよ。木之本鉄騎です」


 若者が己の名を名乗ると衆目は騒然となる木之本鉄騎といえば天下御免の人斬り集団”雷剛会”の副将だったからである。

 噂では会頭の会津興次、もう一人の加茂勇士以上の剣の腕を持つと言われている侍だった。


 「会津の取り巻き風情が…ッ‼俺を尾行つけて来やがったか‼」


 「ええ。最近、組み抜けした侍が賭場荒らしをしているって小耳に挟みましてね。会頭は警告に止めておけって言っていましたけど、これは不味いなあ。岩坂さんも知っているでしょ?ウチの鉄の掟は…拳銃の所有と使用は死をもって償わなきゃならないって」


 鉄騎はふんわりと愛刀の柄に手を添える。斬神刀”浮雲うきくも、千の名のあるSWを切り伏せた魔剣の中の魔剣である。だが岩坂とて木石の類ではない。

 例え相手が剣腕では十歩は後れを取る木之本鉄騎が相手でも地の利を抑えているという自信があった。


 ニタリ。


 悪鬼に堕した岩坂は地に伏した円城の肩を掴んで起こした。


 「この坊主が人質だ、青二才。貴様こそ雷剛会の掟を忘れたわけではないだろうな‼」


 岩坂は故意に円城の傷口を握り締めた。円城は悲鳴こそあげなかったが乳白色の人工血液が地面に滴り落ちる。


 「本当にしようがない人だな。僕を怒らせると怖いよ?」


 木之本鉄騎は椅子の背もたれにかけていた浅黄色のだんだらを羽織った。観衆が即座にざわめく。


 「待ちなよ、御二方。アンタらは少し騒がしすぎる」


 机の下を這い出て、千両金之助が姿を現した。

 その顔は飲んだくれの男ではない。何か意を決した真の侍の男伊達だった。


 「まずはアンタ、岩坂さん。円城さんを放してやれ。その人は元から怪我人だ。勝負は既についている。そして木之本さん、雷剛会の掟だか何だか知らないがこんな場所で喧嘩なんかしないでくれ。頼むよ」


 そう言って金之助は頭を下げる。

 あまりに間の抜けた場違いな申し出に観衆たちは嘆息を漏らした。


 「あのさ、どっかのお侍さん。一応、俺は抗議の用事でここに来ているんだよ?出来ればこのわからず屋のオジサンをカッコ良く斬るまで黙っててくれない?」


 木之本鉄騎は呆れ顔でそう告げる。だが金之助は口を真一文字に結んで首を横に振った。

 その時、金之助の背後からいきなり岩坂永次郎が現れる。悪鬼羅刹の形相で邪魔者をまとめて切り捨てる算段だった。


 「ちょッ…邪魔だって⁉」


 木之本は遅れて刀を抜こうとした。

 だがそれよりも先に金之助が刀を抜いている。それは陽光の如く、燦然と光り輝く市雨量を持たぬ科学の刃。それを天地逆さまに振るって、金之助は刃を打ち払った。


 「馬鹿な‼」


 必殺の斬撃を防がれた岩坂は舌打ちを師ながら後退る。額からは多量の汗を流していた


 「岩坂さん。アンタが凄いのは認めるよ。けどね侍の刀は天下の大事の為に使うもんだ」


 「へえ…。君、面白いものを持ってるね」


 鉄騎は目を細めて金之助の刀を見ている。

 彼の記憶が正しければ、金之助の刀は暗殺された時の将軍”赤穂玄信”の愛刀”天羽々あめのはばり”に相違ない。

 本来なら急いで会津と加茂に報告しなければならないのだが、鉄騎は金之助の剣腕に興味を持ち、事態を静観する事にした。


 「おのれおのれ‼どこまでも俺を虚仮にしおって‼電影波濤流、時化八方飛び‼」


 岩坂は刀を鞘に収めるとそのまま地面を蹴って跳躍する。そして店内の壁を蹴って怪鳥のように飛び跳ねた。


 「電影波濤流の奥義は剣のみにあらず‼電磁パルスの反発を応用した歩法は音速に達するのだ‼」


 大地を蹴り、壁面を蹴り、空を蹴りながら岩坂は金之助の死角を探した。

 だが金之助は刀を鞘に収め、呼吸を整えている。


 「なるほどSWの耐久力を上手く使った必勝の戦法ってわけだ。なら俺にも考えがある…」


 金之助は四方八方を飛び回る岩坂の姿を脳裏に焼きつけてから目を閉じた。


 「臆したか‼窮したか‼貴様は侍ではない‼与太者の仲間ずれよ‼」


 岩坂は嘲笑を隠さずに刀の柄に手をかける。これぞ電影波濤流の秘剣、飛翔抜刀術”大蝙蝠おおこうもり”。密室で反響する音のみを頼りに回避と攻撃を同時に行う神技だった。


 「目には目を、歯には歯を…と言うが世の中そんな甘くはない。敵が目にも止まらぬ速さで動くならこっちは目と手を増やすだけだ。…阿修羅アスラ形態モード。開放」


 金之助が呟くと同時に両肩から人の顔が現れた。

 次に背骨が少し伸びて、左右の脇から新たに二本の腕が生えてくる。それぞれの腕には同じ刀が握られていた。


 「だからどうしたッ‼」


 「破邪滅魔流奥義、無影那由多斬ッッ‼‼」


 金之助は三対の腕をゆっくりと振るう。最初は六つの光条は疾走はしり、次々と光の糸が宙を舞った。神速の剣を振るう金之助の姿は夜明けに鳴く鳳の如し。


 光の線は迫りくる岩永栄次郎の身体に纏わりつき、一瞬で塵芥に変えてしまった。

 悲鳴さえ残らない魔性の剣だった。


 「ふう…」


 岩坂を散滅させた金之助は小さく溜め息をこぼす。

 これでもうこの賭場に通う事は出来なくなった。町からもすぐに出て行かなければならないだろう。


 金之助の刀はこの世に存在してはならぬものなのだ。


 金之助は賭場の客たちに助けられる円城の姿を見ながら店を出ようとする。

 その前にすすっと木之本鉄騎が現れた。


 「ああ、引き止めるつもりはありません。でもついでだからお名前だけは教えてもらえませんか?私は木之本鉄騎と申します」


 鉄騎は行儀よく頭を下げる。ふう。金之助は深いため息をつき、呆れながらも鉄騎に挨拶を返した。


 「手前は、千両金之助。しがない文無しの侍で御座います」


 とこれが始まりの始まりという次第で御座います。べべべんっ!

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