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6>> サバサ 






 サバサはイフィム伯爵家の末っ子として生まれた。

 長子に男児のムルダ。その一つ下に長女のヤーナ。そして、ヤーナの2歳下にサバサが生まれた。


 嫡男のムルダが家を継ぐことは決まったも同然で、ムルダ本人もそれを理解し、それに(おご)ることなく真面目に成長していった。

 第二子のヤーナもムルダを見て、真似するように育っていった。

 ヤーナはなんでもそつなくこなす、器用なタイプだった。性格も明るく元気で、感情がすぐに顔に出てしまう困ったところもあったが、誰とでも偏見なく話のできる優しい子だった。

 そして末っ子のサバサは、ヤーナと違って大人しく控えめな子供だった。しかし人見知りとマイナス思考はあったが、末っ子ということもあり両親は緩やかな教育を(ほどこ)し、兄と姉はサバサを守るように面倒をみたお陰で、サバサは自分に自信を持った内弁慶な性格に育っていった。


 誰も意図していなかったが、いつの間にかサバサは『守られるお姫様』の様な扱いをされていたのだ。


 だがその扱いはいつまでも続かない。

 サバサが10歳にもなると、自分でできることは自分でしなきゃ駄目でしょ、と言われるようになった。

 サバサはちゃんとやろうとした。

 しかし……


 サバサは残念なことに不器用だった……


 誰も比べてはいない。

 誰もサバサが駄目だとは言っていない。

 誰もサバサを責めたことはない。


 しかしサバサの前には常に器用でなんでもそつなくこなしてしまうヤーナがいた。


 そもそも子供の2歳差というのはとても大きい。ヤーナができることをサバサがすぐできなくても問題ないのだが、サバサ自身がそれに納得できなかった。


 “お姉様はズルい!!”


 サバサはずっと思っていた。

 だがそれを言ったとしても誰も真剣に取り合ってはくれない。


「仕方ないわ。ヤーナはお姉様なんですもの」

「サバサもその内できる」

「ヤーナは器用だから」

「ヤーナができる事をサバサができなくても気にしなくていいんだよ」


「お姉様の真似をしたい年頃なんだよね」


 そう言われることが、()()()()()()()()()()()()()()()に、誰も気付いてくれなかった。


 ヤーナが一回でできることをサバサは一回ではできない。

 ヤーナがやってもいいことをサバサはしてはいけない。

 ヤーナが知っていることをサバサは教えてももらえない。


 全部ヤーナが姉だから。


 『姉』はなんてズルいんだろうとサバサは思った。


 全部サバサの被害妄想だったが、そう思ってしまったサバサがヤーナ()を嫌いになるのに、大して時間は掛からなかった。


 嫌いになるだけなら良かった。

 サバサに嫌われていると気付いたヤーナは呆れと共にサバサを刺激しないように距離を取った。変に構ってサバサを怒らせないようにした。

 そんな時期に、サバサはある姉妹の存在を知った。


 それは侯爵家の年上の姉妹だった。


 妹を溺愛していつでも妹を優先する姉。

 妹の為なら死んでもいいわと人目も(はばか)らずに宣言する姉。

 妹の為なら金銭を惜しまない姉。

 妹が望むなら靴を舐めてもいいわと言い切る姉。


 そんな『サバサの理想を具現化したかのような姉』の存在を知ってしまったサバサは思った。


 ──あぁ、やっぱり、わたくしのお姉様()“異常”なのね!!──


 と。当然異常なのは妹溺愛シスコン姉の方なのだが──そしてそこの妹は、姉にドン引きして嫌がっていたのだが──、サバサがそんな事を考えているなど誰にも分からなかったので、誰も違うあれはおかしいと指摘できなかった。

 自分の姉が異常なのだと思ったサバサは更にヤーナを嫌い、ヤーナはサバサを刺激しないように更にサバサから距離を取った。


 しかしその時期が思春期と重なった事もあり、ヤーナとサバサ、それぞれの活動範囲が広がったこともあって、特にその事に周りが違和感を抱くこともなかった。






   ◇ ◇ ◇






 自分の姉は()()()()、と知ったサバサは人知れず落ち込んだ。そしてそんな自分の“悲劇”に、誰にもバレないように泣いた。世界で自分ほどに不幸な娘は居ないんだと思いながら泣いた。


 しかしそんな落ち込んだサバサはある日、世界が変わるような出会いをした。

 その人を見た瞬間、心臓に稲妻が落ちたような衝撃を受けた。

 他に何も見えなくなる程にその人しか見えなくなった。


 一目惚れをしたのだ。

 サバサは。

 

 姉の婚約者に。



 姉の婚約者になった男性はヤーナと同い年で、サバサの目の前に現れた時には既にヤーナとの婚約が決まっていた。

 ヤーナは自分の侍女に言っていた。


「これも義務よね。仕方ないわ」


 婚約者になった男性に笑いかけながらも、心の中では仕方がないと割り切っているだけのヤーナにサバサはショックを受けた。


 ──あんなに素敵な人なのにっ、そんな気持ちで側に居るの?!──


 ──酷いわ、お姉様っ!!!──


 義務なら自分でもいいのではないかと母親に訴えたサバサだったが、母親だけでなく父親からも駄目だ無理だと言われた。泣いて駄々をこねるサバサに母は困ったように言った。


「サバサの方が好きだと言われればまだねえ……」


 その言葉にサバサは希望を見出した。

 すぐさま行動を起こしたサバサにはその後の、

「でもあちらがヤーナを見初めての婚約だから、それは無理だと思うのよねぇ……」

という母の声は届かなかった。


 サバサは頑張った。

 好きな人に好かれる為に何でもやった。

 だが、駄目だった。


「ヤーナに悪いから、もう止めてくれないか」


 好きな人から言われた言葉にサバサは傷付いた。


 またヤーナ()だ……

 またお姉様がわたくしの邪魔をする……

 お姉様が居る所為で……

 わたくしが次女だからこんな目に遭うんだ…………

 

 姉を恨んでサバサは泣いた。






  ◇ ◇ ◇






 姉を恨んだところで時間が止まる訳ではない。


 両親もサバサが落ち込んでいるのは分かってはいたが、年頃になり、このまま嫁に出さずに守っていける訳でも無いので、サバサの為に縁談を用意した。


 運良く侯爵家の嫡男との婚約を結ぶ事ができたので両親は喜んだ。

 サバサは、これ以上の縁談はないと言われた。

 それでもサバサの気が晴れる事はなく。初恋を引きずって泣いていた。

 

 顔合わせの時が迫っているのにそんな状態の娘に母親は流石に焦った。

 そしてつい言ってしまった。


「この婚約が駄目になったら、貴女を修道院に入れますからね」


 母は軽く脅かしただけのつもりだった。

 冗談で済ませられると、発言した母は思っていた。


 しかしそれを言われたサバサは冗談だとは思わなかった。悲しい気持ちに更に絶望が積み重なった。母さえも自分の味方ではいてくれないのかと思った。


 ()()()()()()()()()()()は、やっぱり自分の事は好きではないのだと理解した。


 絶望したままサバサはエルカダ侯爵家へと嫁いだ。


 実家を離れればもう姉に会うことも母に会うことも滅多にないと割り切って、サバサは気持ちを新たに頑張ろうと決意した。


 しかし、そんな決意もすぐに折れた。


 エルカダ侯爵夫人である、ロッチェンの母、(しゅうとめ)とサバサは相性が合わなかったのだ。


 不器用なサバサに(しゅうとめ)はきつく当たった。


『要領の悪い子が来たわ……しっかり教育しないと……』

と、(しゅうとめ)は考えた。

 そしてサバサを厳しく躾けた。


 それでも、最初の頃はまだ(しゅうとめ)にも優しさがあった。すぐに覚えられないサバサの質問にちゃんと答えてくれた。

 しかしそれが()()()()()()続けば……

 サバサにその気はなくても相手は不快感を覚える。苛立ちが募る。ここまでして何でできないんだと、付き合わされる身になってみろと、怒りが湧く……

 (しゅうとめ)のストレスが溜まれば溜まるほどにサバサへの当たりが強くなった。

 ロッチェンに相談しても将来のサバサの為だからと(なだ)めてくるだけで対処してくれない。実家には頼れない。あそこは姉の影響が強いから……


 心労を溜め続けていたサバサだったが、ロッチェン自身は好きになれたので逃げ出すという考えにはならなかった。


 そして待望の第一子。

 サバサは産まれたばかりの子を胸に抱いて唖然とした。


 ──何これ──


 (しゅうとめ)みたい……


 そう思っていたサバサに笑顔の(しゅうとめ)が言った。


「次は男児ね」


 その声はサバサには悪魔の声に聞こえた。


 そして第二子が生まれた時、悪魔は更にサバサの心にナイフを飛ばしてきた。


「また女の子?

 はぁ……うちも息子の代で終わりかしら……」


 子を産んだばかりの疲れた頭に、その言葉は防御もなく突き刺さった。目の前が真っ暗になったサバサは思った。


 ──そんな事ないわ!! アリーチェが居るものっ!!──


 ちゃんとしなきゃ!

 やらなきゃ!!

 ()()()()()できるって示さなきゃ!!!


 強迫観念に囚われたサバサは長女を()()()()教育しなければと心に決めた。


 給金の高い人気の家庭教師に、マナー講師。教育に必要な人材を片っ端からアリーチェの為に選んだ。まだ赤子のアリーチェに……

 自分は次女に母乳を上げなければいけないので、アリーチェの全てを乳母(うば)に任せた。難しいことは分からないから侯爵家の執事や家令に必要なことを任せた。


 そして、できた時間でサバサはルナリアの育児をした。

 ルナリアにつきっきりの日々。

 可愛い可愛いルナリア。

 次女のルナリア……


 子育ての日々の中で、サバサの頭の中には何故か何度も何度も昔の記憶が浮かび上がる。

 姉に()()()()()自分の記憶。

 姉に何一つ勝てなかった嫌な思い出……

 姉と()()()()()悲しい幼少期……


 サバサの()()()()()()がサバサを嘲笑う。

 『出来損ないのサバサ』

 そんな言葉を()()()()()()()()()した。


 ()()()()()()()()()()()()()()が、サバサの記憶の中でサバサを責める。


 

 あぁ、酷いわヒドイわ……


 ()()()に生まれたからって、そんな風に言わなくてもいいじゃない


 わたくしだって頑張ってるんだから……



 サバサは腕の中の可愛らしい娘に、自分と同じ気持ちを味わわせたくないと思った。

 自分に似た、可愛い可愛い娘に。

 自分と同じ苦痛を絶対に経験させないようにしようと心に決めた。


 そして、自分が守り切った暁には、ルナリアの生きる人生は、サバサの『()()()()()』そのものになるだろう……

 きっと素晴らしいものになるだろう……


 あぁ、可愛いルナリア……


 今度は()()が、()()()を蹴落として、輝かしい人生を送るのよ……



 次女を抱きしめて幸せそうに微笑むサバサの姿は、幸せそうな親子の姿そのものだった。

 ロッチェンはそんなサバサを見て微笑む。

 そこに長女が居なくても、母が聖母のように囁けば、その言葉は『愛情のある言葉』として皆の耳に届いた。


 娘()()を愛している母親。


 誰もがそう思ったサバサの本心は、

 ただ自分しか愛していない子供のままだった……











※サバサは『新しく生まれ変わったもう一人の自分(ルナリア)』を手に入れました。母親は『自分』です。『最高の人生にするぞ☆』って思ってます。

※サバサは『次女だから』だと理由をつけてますが、周りからしたら『サバサだから』だと思っています。不器用、自己中……迷惑被ってんのは周りだぞ?ってやつです(-.-)でもその全てをサバサは『自分が次女だからこんな目に遭うのね(シクシク)』と考え、悲劇の中に浸かっています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 母は親に愛されない18年間は長かったろう。。。よく耐えた。。。。これからの未来に幸あれ。自分で切り拓いた未来に幸せを。。。と思います。リアルの世界でも日常生活は一見普通に見えていてもサバサの…
[良い点] もちろんサバサが主人公、本人の長女にやった仕打ちは許されることではないけれど、適切な教育をされていなかったり、学習の進度が遅めだったり(なんらかの障がいの可能性もあるけどこの世界にその概念…
[一言] いや過去の事実を理解は出来るが…だからといって主人公にやってきた悪逆無道が許される道理は皆無ですね。
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