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また明日  作者: 九路 満
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4.はじめての交換日記(1)

 家に帰ると先に帰っていたじじいが仏壇の前で手を擦り合わせ、ばぁちゃんに嫁が来たと報告をしていた。暴力主義者ではないがつい後ろから頭を叩いてしまった。

「じじい、だから嫁じゃねえって何度も言ってるだろ。次にかこが来た時にそんなこと言ったら二度と連れてこねぇぞ」

「こんの罰当たりめが、目上の者へは敬意を払えとなんべん教え込めば覚えるんじゃ。」

「教えるも何もただゲンコツされてただけだろう」

「アホタレ、一発一発愛情込めたろうが。それよりもお嬢ちゃんはしっかりと送って来たんだろうなこの甲斐性無しめが」

「あぁ、ちゃんと家の近くまで送ったよ」

 それを聞くとじじいは仏壇のばぁちゃんにまた報告を始めた、いつまでも語り続けるじじいに疲れ果て二階の自室へ引き上げた、息つく間も無く机に座り、かこに渡されたノートを開いた。


 花御 かこ です。交換日記を書くのは初めてです。


 なのでおかしな事を書いてしまったらごめんね。


 今日はお友達になったばかりで私がどんな人か


 知らない但馬君に、自己紹介したいと思います。


 名前は花御かこ、誕生日は4月4日、歳は17歳。


 好きな食べ物はオムライス(昔ながらの)


 嫌いな食べ物は干し椎茸(小さく切ってたら大丈夫)


 趣味は色々な所に行っての食べ歩き


 将来の夢は世界中を回る写真家 です。


 返事を書いてくれたらすごく嬉しいです。


 あの短時間でよくこれだけ書けたなと感心した。きっと事前に書く事を考えていてくれたのだと思うと自然と笑顔になってしまう。友達になったらまずはお互いの事をよく知るか、当たり前のことなんだろうけど、思い返してみると僕にはそんな深い仲の友人はいなかったので本当の意味での友はいなかったのだと思い知らされた。そして何よりやはり彼女は花御かこだ。名前をわざわざ二回も書いてくれている、そして好きな食べ物オムライス、昔ながらってトロトロは認められないのか。そして嫌いな食べ物干し椎茸って、生椎茸は大丈夫なのか?それと小さく切ってるのは大丈夫と言うのは普通に食べられるの大丈夫なのか?嫌いだけど食べられるの大丈夫なのか?つい余計な事をツッコミたくなる衝動に駆られる。

 僕も好きな食べ物や嫌いな食べ物、それぐらいならスラスラと書けるのだが、僕の趣味はなんなのだろうか。将来の夢は。物事は日々、目まぐるしく変化する、昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵、なんて具合にいつまでも変わらないもののほうが珍しいだろう。しかし初志貫徹なんて言葉があるのだから稀に変わらないものもまた存在するのか、それともあってほしいと願う誰かの願望なのか。個人的には変わらない何かがあってほしいとは思うのだが、世の中そう上手くいかないのもまた事実なのを知っている。まったくもって世知辛いものだ。


 暗い部屋、机に置かれたスタンドライトの灯りだけが部屋を照らす。時計の針は短針、長針、共に真上を指している。但馬はペンを握り締めてノートと睨めっこしている。飾り気のない部屋からは普段軽口を叩く姿は想像できない。机の隣の棚には、英数国社――様々な参考書が規則正しく並べられており漫画の類は見当たらない。壁にかけられたハンガーには綺麗にアイロンがけされたカッターシャツが掛けられている、しかし部屋の隅に置かれた段ボール箱にはホコリが薄っすらと積もり少し開いた隙間からは使い込まれたグローブが顔を覗かせていた。

 但馬はノートから目を離し背伸びをすると椅子から立ち上がり一階へと降りる。一階の仏間の明かりが戸の隙間から漏れているのに気づいた但馬は部屋の前を通った。

「じじい、まだ起きてるのか?…入るぞ」

 戸を開けると、布団で寝転がり本を手にしたまま寝入っている老人の姿がある。但馬は軽く舌打ちを打つと本を枕元に置き、電気の紐に手を掛けるが仏壇の写真が目に入った但馬の動きが止まる。

「……おやすみ、ばぁちゃん」

 但馬は電気を消し部屋を出てた。その足でキッチンに向かい水を入れたヤカンを火にかけ、沸騰する間にキッチンラックからインスタントコーヒーを、食器棚から自分用のマグカップを取り出し湯が沸くの眠たそうに待つ。シンクには今日の夕食で使われた食器が残されていた。それに気づいた但馬は食器用洗剤とスポンジを取り出し洗い始めた。ちょうど洗い終わった頃合いに湯が沸いた、マグカップに入れたコーヒーを一口飲みそれをもって自室へと戻った。眠気まなこを擦りながら椅子に座り、またノートと睨めっこを始めた。しかし余程重たいものでも手に括り付けられているのか、相変わらず握り締めたペンは微動だにしない。反対にペンを握っていない方の手は頻繁に頭を掻く。但馬の夜はまだまだ続きそうだった。


 朝を知らせる目覚まし時計のアラームが激しく頭に響く。うるさい、もう少し。声には出していないが今、僕の表情を誰かが見たのならば間違いなく続きの言葉が分かるだろう。寝たい、ただただまだ寝ていたい。どこかのアルバムの四曲目にでも入っていそうな語呂だ。会いたい、ただただまた会いたい。寝たいを会いたいに変えて濁点を一つ取るだけでこんなにもロマンス溢れる言葉に変わる。劇的なビフォーでアフターだ。試験勉強の時でさえもう少しゆとりある朝を迎えている、そらなのにたかだか1ページにも満たない文章を書くのにこれだけの労力と心労がかかるとは考えもしなかった。あまりに書き直しをするものだからノートの罫線が所々薄くなってしまっている。書き終えたはずの今でさえ果たしてこの文章で彼女に渡して良いものかと葛藤は続いく。

 朝食の前にまずは顔を洗いたい。少しでもこの睡魔を覚まして冷静に物事を考えられる状態にしたいからだ。そう思い洗面台の前に立ち鏡を見ると疲れ切った僕の顔が映っていた。目の下のクマがこんにちはとこちらに手を振り笑いかけていた。まだ朝なのに蛇口から出てくる水はすでにぬるま湯だった。すっきりしないが仕方がない、どうにも今日は調子が狂う日だ。

 リビングに行き冷蔵庫を開け納豆を一パック、すでに刻んである青ネギに生卵を一つ、寝起きで喉が乾いているので麦茶も忘れずに卓に出す。食器棚からどんぶりと忘れてはいけない納豆鉢を取り出し、納豆、青ネギ、生卵、それらを全て納豆鉢に入れたら後は好みの泡立ちまで混ぜるだけ。我が家の定番朝食、納豆ご飯。巷では今、納豆に卵を入れると摂取できる栄養が減るなどと言う話もあるが、片腹痛い。何故卵を入れるかなんて簡単な話だ、ただ入れるとすごく美味しいから入れるそれに尽きる。炊飯器の炊き立てのご飯をどんぶりによそう、気温が高いこの季節でも薄っすらと湯気が立ち昇るのが見てわかる。卓に戻り熱々のどんぶりに好みの泡立ちに仕上げた納豆を一粒残さず白米の上へ流し込む、するとご飯の上にかけることで一層、香り立つ。

「いただきます」

 手を合わせ、今この瞬間だけ何もかも忘れて没頭できる。感謝だ、そしてやはり卵を入れた方がうまい。


 忘れ物がないか入念にチェックする。教科書、ノート、筆箱、確認しながら鞄の中へ入れる。そして肝心要の交換日記を手に取り、不備がないかもう一度読み返す。何度読み返してもこれでいいのかと不安になる。時間が待ってくれるはずもなく家を出る時刻になり覚悟を決めてノートを鞄に押し込む。家を出る時にこんなに緊張しているのなんていつ振りだろう、もう一年はなかっただろうか。睡眠不足と緊張で身体は重いのに外へ向かう足は反対に軽やかだ。

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