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また明日  作者: 九路 満
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3.はじめてのお誘い(2)

 何もない町。この言葉がこれほど似合う町もそうはない。山に挟まれ町の中央には県を跨ぐ川が流れる。電車は一時間にニ本も通ればいい方、バスに至っては一時間に一本だ。数少ない名物は【腹八分】のデカ盛り定食ぐらいだろうか。そんな町を案内しようかなどと、よく口にできたと自分に感心する。

「今までこの町で出会った記憶がないんだけど、おばあちゃんの家にはよく遊びにきていたの?」

 花御さんに対して詮索することに躊躇が無くなっているのに多少の罪悪感があるが遠慮する事を辞めた。

「実はこの夏に初めておばあちゃんと会ったの、…お母さんとおばあちゃん、あんまり仲良くないんだ」

 なぜ、と聞きたい所だが流石に人様の家庭の事情を無神経に聞くほど厚顔無恥ではない。

「なら駅前の商店街はまだ行ってない?」

「行ったことない。こっちに来た時も車で送ってもらったから駅の場所もよくわかってないんだ」

「それならちょうどよかった。少し距離があるから家に寄って自転車で行こうか」


 学校から徒歩15分ほどで家に着いた。普段、自転車を使わない僕は自分の自転車をもっていない。なのでガレージにあるじじいの自転車を借りる事にした。自転車カバーを外すとじじいの愛車が姿を表した。畑仕事に使っている自転車はママチャリとは異なり厚みのあるタイヤにしっかりとした荷台が備え付けられ隅々まで整備が行き渡り畑仕事に使っているとは思えないほど磨き上げられている。緑が映える自転車は持ち主の愛情が感じられる一品となっている。

「大きくてかっこいい自転車だね」

「ただの自転車だよ、後ろに乗りな」

 わかった、彼女は二人乗りをしたことがない。何故なら荷台に後ろ向きで座っている。そして後ろ向きの恐怖を知らないのだろう、僕は、前にふざけて後ろ向きで乗った時にその恐怖を体感した張本人だから間違いない。あの恐怖を知っていれば自ら進んで後ろ向きに乗ることがどれだけ狂気の沙汰なのかを理解しているはずだ。余談だが体験者はその時の運転手であるじじいがなかなか止まらなかったために少し、そうほんの少し、量にして1マイクロリットルほどだが漏らしたほどの恐怖なのだ。

「花御さん、後ろ向きは危ないから横向きに乗ろうか」

「す、すいません。こんな風に後ろに乗るの初めてで」

「だと思ったよ。落ちないようにしっかり捕まっててね」

 頷いたのを確認して力強くペダルを踏み込もうとした瞬間、じじいが急に飛び出して来た。

「待たんか春一、ワシの愛車に勝手に乗りおって」

「じじい、居たのかよ。今日は通院の日なのになにしてんだよ」

「送迎車が遅れとるだけだ、そんな事よりワシの愛車で何処にいくつもりじゃ」

「友達に町を案内するだけだよ」

「アホタレ、妄言も休み休み言え。お前に友などいる訳がなかろうが」

 押し問答しながら自転車を揺さぶるじじいの手が後ろに乗せた花御さんを見て止まった。その隙に自転車を降りた花御さんはじじいに頭を下げる。

「私、但馬君のお、お友達の花御かこと言います。おじいさんの大切な自転車と知らずに乗ってしまってごめんなさい。」

「…………ば、ば、ば、ばあさああぁん。春一が嫁を連れて来たぞ」

「誰が嫁だ。それにばぁちゃんは一昨年死んだだろうが、急にボケるんじゃねぇ」

「よよよよ、嫁じゃなくてお友達でして―――」

 取り返しのつかないカオスがその場を支配していた。じじいの頭を叩き、花御さんには深呼吸を促しそれぞれを落ち着かせるのにいくばくかの労力を要した。

「早とちりするなじじい」

「アホタレ、こんな美人がお前みたいな適当な男の友達だと思うはずがなかろう。それこそワシより先にお前がボケたのかと思ったぞ」

「全然全然、美人なんかじゃないでしゅ」

「じじい、花御さんがテンパるから余計なことはもう言うな」

 真っ赤な顔で首を振り否定する花御さんが不備に思えてきた。ただ【ごさす】に次ぐ新たな呪文【でしゅ】を引き出したじじいには多少の賞賛は与えたい。

「まぁええ、ちょうど送迎車も来たしワシは行く。ワシのグリーンフラッシュ号ぶつけるなよ」

「いい年したじいさんが自転車に名前なんて付けるな。恥ずかしいだろ」

「やかましいわ。かこちゃんや、今日は時間がないのでもう行くが、また今度来とくれ。目一杯おもてなしするでな」

「ありがとうございます。是非お邪魔させてください」

 じじいが送迎車に乗り込むのを確認した後、やっと僕達も商店街へと出発した。

「騒がしくてごめんね」

「そんな、すごくいいおじいさんじゃないですか。それに春一君って名前なんだね」

「んっ、教えてなかったっけ?なんでもじいさんが春が一番好きだとかで決めた適当な名前だけどね。まさに名は体を表すでこの通り適当に成長したよ」

「適当なんかじゃないと思うけどな。好きな言葉を好きな人にって素敵だよ」

「そんな高尚な奴じゃないと思うぞ、さっきみたあれだよ」

 くすくすと笑う彼女を背中に感じ、思わず笑みが溢れた。人を乗せて自転車を漕ぐのは久しぶりの事でバランスを取るのに注意が必要だった。だが一人の時よりも重みが増したはずのペダルがなぜか軽やかに感じた。


 僕の家から自転車で訳三十分、学校からなら四十分ほどだろうか。なんでもある都市部とは違い寂れたこの町にはショッピングモールなんて便利なものは無い。そんな町の住人に寄り添う庶民の味方、日の山商店街だ。所々下されたシャッターを除けばなんと立派なことか、なにが欲しいか言ってごらん。服が欲しいって、それなら【服のフクダ】があるさ、何々、甘味が食べたいって、それなら【喫茶ルマンド】がある、腹が空いただって、【肉の丸山】の大判コロッケが君の胃袋を満たしてくれるさ。そうまさに、何処にでもある商店街だ。

「到着、何か買いたい者があればこの町の人はこの商店街か、二十キロほど離れた大型スーパーに行ってるよ。まぁ大きい商店街じゃ無いけど大抵の物はここで買えるからさ、何か今欲しい物ある?」

「本屋さんってあるかな?ちょうど新しいノートが欲しかったんだ」

「それならすぐそこにあるよ」

 自転車から降りて本屋へと並んで歩いた。花御さんは物珍しそうにキョロキョロと商店街の店を覗き喜んでいる。

「商店街がめずらしい?」

「うん。私が住んでた所大きなショッピングモールやチェーン店ばかりだったから商店街って初めてなんだ」

 どうも彼女は心と体がリンクしているようだ。軽やかな足取りはいつの間にかスキップへと変わった。

 本屋で彼女が選んだノートは恐らく勉強用のノートではないことが分かった。なにせピンクの表紙にウサギとカメのキャラクターイラストが入った可愛らしさ全開のノートだから、こんなものを学校で出した日には確実にピンクの妖精なんてあだ名が付けられるのは目に見えている。いや、しかし花御さんなら考えなしにこのノートを学校で使っている姿が容易に想像できてしますから恐ろしい、余計なお世話とはわかっているが彼女が学校でこのノートを使わない様に祈ってしまう。

「お腹空いちゃったね。ちょっとここで待ってて」

 返事を待たずに彼女は【肉の丸山】へと向かい、待っていると大判コロッケを二つ手に持ち帰ってきた。

「お待たせ、案内してくれたお礼にどうぞ」

「わざわざよかったのに」

「但馬君、こんな時はありがとうでいいんだよ。せっかくだから駅の方で食べようよ」

 そう言ってコロッケを僕に手渡すと商店街の先に見える駅へとスキップをしながら進みだした。


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