2.はじめての寄り道
夏休み三日目、今日もお天道様は夏を満喫するボーイズあんどガールの為に惜しみなく太陽光を日本列島に降り注いでくれている。しかし僕としては、恵まれない青春を送るレディースえんどジェントルマンの事も考えて控えめな日光をお願いしたいものだ。なにせ僕たち恵まれない青春同盟の会員たちには太陽光パネルの様な太陽光を力に変換する機能を持ち合わせていないのだから。そう、あくまで僕たちの事だ。たちだ。決して一人よがりなどではない。あくまで我ら恵まれない青春同盟の者たちの総意を独断と偏見及び、多少の歪曲を添えた意見に違いない。
「お、おはよう、但馬君」
重い足取りの僕とは対照的に軽やかな小走りで花御さんが駆け寄って来た。
「おはよう花御さん、……こんなに暑いのに良く走れるね」
「私、あ、…暑いのは得意なので。但馬君は暑いの苦手なんですか?」
「苦手だね。僕はアルプス山脈の奥地でイエティに育てられたんだけど、このまま文明を知らずに生きるのは嫌だと思ってね、家出同然で飛び出して来たんだよ」
この灼熱の日差しが降り注ぐなか絞り出した僕の精一杯のボケを聞いた花御さんは奇異そうな面持ちで一呼吸分動きが止まった。
「…但馬君、山梨県出身なんだね。そっかぁ、山梨県ってそんなに涼しいんだね。あとイエテさん急に但馬君がいなくなってきっとすごく心配してるよ、だから連絡はしてあげてね」
屈託のない笑顔で僕の話を受け入れた彼女の度量の深さに感心しつつも、今の精一杯のボケを受け入れられた恥ずかしさとが鬩ぎ合いなんとも言えない感情が湧き上がり、彼女から目を逸らし頭を掻きむしった。
そんな僕を他所に彼女は服の袖を握りしめながらソワソワとこちらを伺い口をモゴモゴとさせている。どうやら彼女には緊張が高まると布を握り締める癖があるようだ。その姿を見た時にフと以前すれ違った幼女が母親に怒られている場面が甦った。母親は昨日も買ったでしょうと幼女を諭し、幼女はあきめられず目に涙を浮かべ自分の服を握り締めていた。そこから導くに恐らく花御さんは僕になにかお話があるのではと僕の脳内コンピュータは弾き出された答えだった。
「但馬君、今日補習の後って暇かな?」
僕が出した答え通り彼女からお誘いが来たそして答えは【忙しいです】の一択だ。そう、いつもなら誰に聞かれても間違いなくその答えなのだが花御さんの勇気を絞り出しす様をまざまざと見せつけられた後にはとても言いづらい。僕がいつも接していた人達と違い、全力出してますをナチュラルにぶつけられるとこうもやりにくいものなのだと敗北を認めざる得えなかった。
「特に用事は無いけど、どうして?」
「よかったらなんだけど、せっかく友達になれたんだし親交を深めるためにも、お昼ご飯食べにいかない?」
「……わかった。せっかくのお誘いだからお供するよ」
僕の答えで緊張から解放されたのだろう。先程とは打って変わり朗らかな笑顔がこぼれる彼女。
「よかった、実は私すごくいいお店知ってるんだ。期待しててね」
変わった子だ。僕の反応や返答でこんなに感情が揺れ動く人を見た事が無かった。今まで他人とは当たり障りのない関わりを築いてきた、核心部分には触らず定型分でのやりとりを繰り返してきたのはなによりそれが楽だったからに他ならない。今までに社会一般で言う【友達】と呼ばれる人がいなかったわけでもないし、今現在もそう呼ばれるリストがスマホの連絡先にはちらほらとは入っている。だけどそれらの人達を友達と思えないぐらいには僕は歪んでいる。そんな僕を戸惑わさる彼女もまた普通とは少し違うのかもしれない。
「すいません、先に校門で待ってて下さい」
花御さんはそう言うと返事を待たず小走りに教室を出て行ってしまった。取り残された教室の黒板には今日の補習授業の痕跡がチラホラと残っている。黒板消しはもっぱら花御さんが率先してやってくれているのだが、いつもは隅々まで綺麗にしているのに余程急いでいたのだろう。
黒板消しを手に取り残りを消していると、いつもと変わらず運動部の威勢の良い声が教室まで届いてくる。彼らも今日も今日とて輝く青春を送っているのだと思うと微笑ましく思えた。この炎天下に熱射病覚悟で追いかけるボールには何か依存物質でも付着されているに違いない、そうでなければ犬でさえ目の前を転がるボールを見送るこの灼熱の日差しを浴びながらも清々しい笑顔で走り回るなんてどこぞの狂信者でさえ躊躇する所業だ。ただそれと同時にそれほどまでに熱を持って取り組める何かがある彼らを羨ましくも思っていた。使い終わった黒板消しを置き外を眺めると、青が映えた空が広がっている、自分と同じだ。
校門の前で幾分待った後、花御さんと合流して目的の店へと向かった。
「…あの、もしかして花御さんおすすめの店って、もしかして……ここ?」
「ここです、ここが私一押しのお店、ハラヤこと腹八分です」
待て待て待て、僕の緊急事態を知らせるアラートが頭の中を響き渡っている。この店は地元では有名なデカ盛りの店だ。誰がつけたか悪意の店名【腹八分】、初めは皆このトラップに引っかかって入店するんだ。そして店名に騙されて大盛りを注文しようものなら店主の善意が牙を剥く、おかずもさることながら某日本の昔の話よろしくな白米の富士山が運ばれてくる。そして見事平らげた数少ない勇者の写真は店内に飾られるのだ。かく言う僕も高校に入学して間もない一年前に洗礼を受けた1人なのだが、それ以来なかなか足が向かなかった。故に久々の来店となった。それにしても女の子女の子している花御さんにはとても立ち向かえる店とは思えないのだが、などと疑問を抱えたまま一年振りにその扉を開いた。
「へいらっしゃい、お二人さん?好きな所座わりな」
あの頃と変わらない恰幅のいい店主の声かけ、店内に広がる食欲を唆るこの香り、そして栄光を掴んだ勇者達の写真。
変わって無いな。そう、ある一点を除いて。
「おっ、かこちゃんまた来てくれたんだ。今日は何にする?」
「また来ちゃいました。この前はトンカツ定食だったんで、今日は唐揚げ定食お願いします」
店主と花御さんの話を他所に、僕の目はすでにある勇者の写真を捉えていた。
「あっ、大盛りでお願いします」
「あいよ、にいちゃんは決まったか?」
この会話で一年前には飾られていなかった満面の笑みで映る可愛らしい女の子の写真が花御さんである事が確定した。
「野菜炒め定食、……小盛りでお願いします」
「なんだにいちゃん少食だな。かこちゃん見習わないとダメだぞ」
厨房に引き上げる店主の高笑いが悔しさを一層強くした。ここで自己弁護を加えるならばこの店の小盛りは他店の大盛りなのだ。そしてこの店の並盛りは特盛と二段階アップなのだ。一年前の部活終わりの空腹時に頼んだ大盛りさえ半分残も残したのに、運動など日々の通学時の徒歩ぐらいになった今の僕には小盛りでさえチャレンジなのだ。だからこそ今、眼前に座す勇者が常軌を逸している事を理解して頂きたい。
「この店よく来てるの?」
「今日で二回目です。この前、桜井先生に連れてきてもらったんです。すごく安くて美味しいんですよ。それに店主さんがすごく楽しい人なんです、それに――」
つい大盛りを平らげた事を確認しようと口から出そうになったが間一髪で押し留めた。校内とは違い自分から話をする彼女を遮っては悪いから。いや、友達の話はやはりしっかりと聞くのがきっと友達なのだから。