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また明日  作者: 九路 満
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1.はじめてのお友達

僕達に夏の始まりをつげるかのように鳴きはじめた蝉の声が教室の壁を反響したのかより一層騒がしく聞こえる。

いや、僕達ではなく僕を除く、その他大勢に向けた始まりの合図だったのだろう。

なにせぼくは夏休みが始まったというのに誰も居ない教室に一人朝から取り残されているのだから。いつもは興味もなければ耳障りにさえ思えていたクラスの人気者の雑談や笑い声が今は恋しくさえある、と思ったのも束の間暑さを和らげる為に開けた窓から風に運ばれ笑い声が聞こえる。部活で登校してきた学生だろう、青春を謳歌するファンファーレが恋しいはずがないことを再認識できた。

「おはよう。ちゃんと予習してきたか但馬。」

数学教師の桜井が鼻息荒く教室に入ってきた。四十を超えてるようには思えないバイタリティを僕は素直に尊敬している、まぁ見た目も四十には見えない美人なのだが。

「サクラちゃんも大変だね、夏休み初日から一人の為に補習授業だなんて。」

「桜井先生だろ、ダブルスコア超えてる年長者には敬意を払いなさい。」

手に持つ教科書で頭を小突かれた。これはPTA案件だ、なんて事は言う訳がない。ただの社交辞令なのだから、しかし小突かれた場面を世の聖人君子様達がご覧になられたのなら記者会見にまで発展する事態に陥ることは不可避だろう。

「それにあんた一人じゃないよ、入っておいで。」

サクラちゃんが入り口に向かって声をかけると今時の高校生では見ない黒く長い髪を靡かせたその子は教室に入るなり深く頭をさげた。

「お…お、おはよ、うござす。」

ござす、いつか父に聞いた昔のセレブが使ったザマスのご親戚なのか、いや、古に使われたと言われる御座候の進化系。はたまた某ゲームで使われるヘナ○スやギガジャ○ス的な呪文をかけられたのでは…。それとも伝説と言われる慌てん坊キャラの定番、噛んだと言われる現象なのか。僕の脳内でこの夏休み一番の思考が繰り広げられている。これを誰にも見せれないのが惜しい、そして今日は夏休み一日目である事を忘れないでほしい。

「おはよう迷わずこれたかい。但馬、今日から一週間、一緒に補習に参加する花御かこさんだ。」

「はじめまして、但馬です。」

サクラちゃんと僕の話が終わっても花御さんは顔を上げず肩を震わせる所か体全体を震わせていた。これでわかった、彼女はあの伝説の生物、女子高生属、慌てん坊科その名も天使ちゃんだ。などと妄想を繰り返す僕をそっと覗きこむ花御さんの大きく少し垂れた瞳はお世辞抜きに本当に綺麗な瞳だった。

「まぁ、一週間仲良く勉強に勤んでおくれ、はじめるから二人とも早く席に着く。」

サクラちゃんに急かされ教壇の前に花御さんと並んで座らされた。彼女は様子を伺う僕から顔をそらし急いで席に座り教科書を凝視していた、最初の挨拶を無かった事にするのに必死のようだった。その様子を見ている僕の顔はきっと微笑んでいた。


夏休み二日目、今日も晴れ渡る空が広がっているのに僕が向かう先はいつもと変わらないあの教室だ、多少授業をサボっていたとは言えテストの成績はいいのだから目を瞑ってくれてもいいように思うのだが、事実他の教科の教師たちは皆そうしてくれている。なのにサクラちゃんだけはそれを良しとはしてくれない、全く理不尽極まりない、僕の一族がこの町の名士で大地主のうえ冷酷な家系だったのならば教師の職を失い島流しの刑にさえなりかねない蛮行だ。まぁサラリーマン家庭の息子の僕ではどうしようもないのだが。

校門を通り教室へと向かうとすでに席に着いた花御さんが居た。僕は教室のそとから様子を伺った、どうやら補習に向けての予習をしているようだ。なぜあれほどの努力家が夏休みに補習をうけているのかという疑問が頭に過るが余計なお世話だと自分を戒めた、誰でも色々な事情がある。

僕もそうだ毎日生きる事に悩み明日に怯え未来に絶望を抱くが故に授業をサボりスマホゲームのイベントに全精力を注ぎこむ、まさに迷える子羊がなにかを掴む為にもがいているののだ。決して堕落した生活をしているのではない。そんな高尚な思考を巡らせる頭部に衝撃が走った、比喩ではなく現実的な衝撃だ。

「ほらさっさと教室に入る、但馬も少しは花御を見習って予習ぐらいしてきなさい。」

「サクラちゃん、俺成績優秀だから、俺総合成績学年一位だから、その大事なおつむをそうバカバカなくらないでくれよ。」

「点数の問題じゃない、姿勢の問題なのよそれがわからないから補習受けてるのよ。」

サクラちゃんの深いため息に追われ慌てて席に着いた。そんな僕達のやりとりの合間にも花御さんは机に向かい一心不乱に教科書を読んでいる。

「花御さんは勉強熱心だね。」

花御さんは照れ笑いを浮かべまた黙々と机に向かう。普段の僕ならこんなに気軽に声を掛けることはない、なにせ他人に興味が無いから関わり合いをもつ事自体を億劫に感じてしまう。そんな僕に声をかけさせた彼女にはやはりなにかを感じたのだと思う。


サクラちゃんの補習授業は淡々と進み二日目の補習が終わった。今日は他に用事があると足早に部屋を出たサクラちゃん、黒板いっぱいに書かれた数式を写す花御さん、大きなあくびをしてそそくさと帰り支度をする僕。花御さんの机の側に青い鳥の形をした消しゴムがおちている、熱心にノートに書き込む彼女は気がついていない様子だ。それを拾い上げ僕は彼女の机にそっと置いた。

「消しゴム落ちてたよ、可愛い消しゴムだね。」

死角から手が伸びたからなのか彼女は身体をびくつかせ驚いた。

「あり、ありがとうございます。」

残念、今日はござすではなかった。

「花御さん、今まで学校であまり会う事が無かったけど何組なの。」

僕は思った事を何気なく聞いただけだったのだが花御さんは少し苦笑いを浮かべ答えにくそうにしている。それを見て聞いてはいけない話だったのかと複雑な心境になった。

「ごめんね、言いたくないならいいんだ。」

申し訳なく謝罪を口にすると慌てた彼女は口を開いた。

「…あの、実は私この学校の生徒じゃないんです。桜井先生にお願いして勉強を教えてもらってるの、この事、学校にバレたら桜井先生が怒られちゃうから秘密にしてください。」

彼女は不安なのだろう表情がみるみる暗くなっていくのが僕でもわかった。そして少しでもその不安を逃すためかスカートの裾を力強く握りしめている。きっと勇気を出して打ち明けてくれたのだろう先程まであれほど騒がしかった蝉の鳴き声すら耳に届かないほど彼女の鼓動が高鳴るのを感じた。

「そうだったんだ。安心しなよ、僕は今の話を誰かに話せるほど交友関係を築けていないからさ。」

「…友達がいないんですか?」

冗談のつもりで話した言葉に彼女は神妙な面持ちで少し考えこんだ。

「私、決めました」

先ほどとは打って変わりにこやかに嬉しそうな彼女は突然立ち上がり僕を正面から見つめる。

「……、花御さん何を決めたの。」

「私が但馬くんのお友達第一号になります。」

「あ、ありがとう。」

あまりにも弾けた笑顔とまっすぐ僕の目を見つめる眼差しに僕は拒絶の反応を出せずに気付けばただお礼を口にしてしまっていた。僕は彼女の事をまだ何も知らない、どんな人柄でどんな生活を送ってきたのかをそして同じ空間で過ごした時間もたかだか10時間にも満たないだろう。それでも僕が今まで出会った人達とは違う何かを、特別な何かを感じた。



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