02「勇者の噂」
邪神竜討伐から数ヶ月後――
ルトは人族の国"イザル"へ来ていた。
来たと言っても目的がある訳ではない。
人生の目標を見失った後に、一体なにをすれば良いか分からず各地を放浪していただけだ。
言うなれば、次に目指す道を探す旅。とは言うもののすぐに見つかる訳でもなく、宛もなくさ迷う最強剣士様。
国々を歩き、食って寝て飲む。
これだけ聞くとまるでバカンスのようだが、ルトにとっては楽しむ余裕もない。どこかに最強の者が現れないかと、各地の噂に耳をそばだてる日々。
そこで役に立つのが"酒場。人の口に戸は立てられないとばかりに噂が飛び交うのが、飲んべえ達の溜まり場である酒場だった。
「なあ、聞いたか? あの噂」
「あ? 傭兵組合の受付嬢と組合長が出来てるってやつか?」
(人の恋路なんてどうでもいい……)
「俺は見たんだ! 城の王子が化け物になってる所をよ!」
(化け物? そいつは強いのか?)
「確かにありゃ化け物だ。あの女装で騙せると思ってるのがおかしい」
(これもハズレか。この国もそろそろ潮時だな……)
カウンターで静かに酒を煽るルトは、頭の上に生えた獣耳をピクピクさせながら酒場の噂を聞いていた。
ルトの耳はかなり小さな音でも拾える地獄耳。しかし、どうにもルトの興味を引く噂は一向に聞こえて来ない。
イザルに滞在して数週間経ったが、聞こえてくる噂はどれこれもゴシップのような話ばかりだった。
前向きに考えると世の中平和で素晴らしい事だが、ルトが求めるのは血生臭い闘争心を掻き立てるような荒事なのだ。
「ご馳走さん。釣はいらん」
そろそろ国を変えるかと腰を上げようとしたルト。
そこへルトの興味を引く新たな噂話が到来する。
「これは絶対漏らすなよ?」
「ああ、分かった……」
「昨日の夜、騎士団長と大臣の話を聞いちまったんだがよ……なんでも、二百年ぶりに勇者が現れたらしいぜ」
「勇者? それって勇者の刻印が浮かび上がったやつがいるって事か?」
「ああ、"西"にある辺鄙な村の娘らしいぜ」
「で、その村娘の勇者様をどうする気なんだ?」
「それがよ、王子と婚約させるらしいぜ」
「第一王子は隣国の公爵姫と結婚したばかりだし、女装好きの第二王子か?」
「違えよ。第三王子だよ」
「第三王子っっ!?」
「おい馬鹿っっ!! 声がでけえよ……」
「すまん……にしても、あの"血濡れのマクロス"王子と婚約とは、勇者様もついてねえ……」
聞こえてきた噂はなにやらきな臭い話。
血濡れのマクロスの不穏な二つ名に少し興味を持っていかれそうなルトだったが、それによりなにより"勇者"という単語に血が沸き立っていた。
(勇者か……そいつは強そうだ!!)
善は急げと酒場を出たルトは、尻尾を逆立てながら大地を蹴り勇者の元へと向かう事にした。
「よし! いざ東へ!」
そう、ルトは話半分にしか聞かない脳筋なのだ……。
◆★◆★
イザルから西に馬車で二日の所にその村はあった。
鉱山の麓に構えたその村は、かつては金の産地として栄えていた。それも今は昔の話。
金が取れなくなった鉱山の村など廃れる運命。
大半の住人は金の枯渇と争うように姿を消していった。
残っていた村人は、昔からその地に住んでいた事もあり住み慣れた地から離れる事を嫌う。
肥沃な大地でもない土地で暮らすとなると、当然豊かな暮らしは出来ず、僅かな食糧でギリギリの生活をしていた。
「ユリスちゃん。分かっているとは思うが、三日後に城から迎えが来る。くれぐれも失礼がないよう頼んだよ」
「はい……村長」
三日後に婚約パーティーを控える村娘のユリス。
パッチリ二重の可愛らしい十五歳の少女は、母親譲りの美しい長い金髪が腰まで伸びている。
その金髪の中にちらほらと混じる銀髪。
それこそが"勇者"の証である。
銀翼の天使とも称される人族の勇者。歴代の勇者達は皆、元々の髪色から銀色の髪に染まるのが特徴だった。
邪神竜が封印されし間に通じる扉に描かれた模様。それと同じ幾何学模様が右腕に浮かび上がるのと同時に、銀髪の特徴がユリスに現れたのだ。
伝説の勇者の再誕。
寂れた村はそれだけで活気づいた。
勇者を輩出した村や町は、世界的な文化財として保護され、最古の勇者を輩出した町は未だに存続している。
自分達の村もこれで人が戻ってくると期待感に溢れていた。それはある意味ユリスへ降りかかる重圧でもある。
勇者の誕生を国に報告すると、すぐに婚約が決まり村へは報償金が出される事になった。大金が村へ入ればそれだけ長くひもじい思いをしなくて済む。
両親を病で亡くし厳しい生活をしてきたユリスだけに、浮かれ騒ぐ村人達を見てなにも言えなかった。
本音を言えば婚約などしたくない。婚約相手が良い噂を聞かない第三王子だと分かってからは、その思いは強くなるばかりだった。
(今さら婚約したくないなんて言えない。そうよ、村の人達のために堪えなきゃ……)
世話になってきた村人達の笑顔と国からの重圧。逃げ出したい気持ちを必死に抑え、ユリスは唇を噛んだ。
★◆★◆
その頃、見当違いの方向へ向かっていた最強剣士ルトは、イザル国の首都から東へ馬車で三日ほどかかる村へ僅か半日で到着していた。
鍛えられた脚力はまさに圧巻の一言。
ただ、向かう場所が間違っているので無駄でもあった。
「おーい! 誰かいないのかー!」
首都の東は肥沃な大地であり小麦の生産地でもある。
そのため、村の周りは小麦畑が広がり長閑な雰囲気も感じられた。
だが、村に人影が見えず不穏な空気が漂っている。
不審に思ったルトは、微かな音を聞こうと耳を立たせる。すると、村の奥から人の声が聞こえてきた。
「これで有り金は全部か?」
「はい……お金は全部持っていって良いので、どうか収穫したばかりの小麦だけは勘弁して下さいっっ」
「うるせえ! 俺達は奪いに来たんだ!」
(推測するに恐らく盗賊……)
小麦の収穫が終わったのを見計らって村を襲ったのだろう。集められた村人達の啜り泣く声がルトには聞こえていた。
(どれ、やるか)
尻尾がピンと張り毛も若干逆立っているのを見ると、興奮している事が分かる。最強を目指して突き進んでいたルトだが、それ以前に戦う事が好きだった。
相手との命のやり取り。
殺らなければ殺られる。
そんな戦いが堪らなく好きなのだ。
「はい、盗賊さん達こんにちは」
「なっ、なんだお前!?」
興奮とは程遠い穏やかな立ち振舞いで盗賊達の前にやって来たルト。急に現れたルトに盗賊達も驚いていた。
「あ、俺? ただの通りすがり」
「お前、よく見たら魔族じゃねえか! なんで魔族がこんな所に居やがる!」
「どこに居ようと別に良いだろ」
「ちっ、兎に角失せろ! さもないと――」
「その先を言うなら引っ込めんなよ」
「あ? なに言ってやがる」
「一度でも殺意を向けたら容赦しねえって言ってんだ!!!!」
「なっっ……」
ルトの圧力に腰が引ける盗賊の長。
しかし、ここで引けば他の奴等に舐められる。
それは盗賊の長としての死を意味していた。
部下に反逆され頭を掻き斬られるのは間違いない。
それだけは避けたかった盗賊の長は、震える腕で部下達に号令をかけた。
「殺れ! あいつを殺せぇぇーっっ!!」
「「うおぉぉーっっ!!」」
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