表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

プロローグ

 今にも雨が降りそうなぐらいどんよりとした雲の下。多くの人々が雨の降り出す前に家路につこうと急ぐ中、私と彼女は出会いました。


「……ねぇ。ねぇってば」


 最初、周りの人々と同様に先を急いでいた私は、自分が声をかけられているとは気づかず、彼女の前を通り過ぎました。

 当然です。私は彼女のことを知らなかったのですから。


「ねぇ。マーガレットさん!」


 名前を呼ばれ、初めて私は自分が呼ばれていたことに気が付いて足を止め、ゆっくりと振り返りました。


 それが、私と彼女の最初の出会いであり、長い長い旅の始まりでした。


 *


 どこまでも続いているのではないかと思わせるような長いトンネル。ガタンガタンという音がやけに大きく響く中、目の前にあるガラスは合わせ鏡のように車内の様子を映し出しています。

 二人掛けの椅子が向かい合わせで並ぶ車内は、椅子ちょうど半分が埋まっているか否かといったところでしょうか。複数の国をつなぐ長距離列車ではありますが、今乗車している区間に関して言えばあまり多くの需要はないようです。


 そんな車内の風景の中で一番近くに映るのは二人掛けの椅子を一つずつ使い向かい合わせに座る二人の少女でした。


 一人は深い海を思わせる濃い青色の髪と瞳を持つ少女アリス。見た目からして歳は十代前半といったところでしょうか。この列車の出発地である港町の出身で、とある事情から私と一緒に旅をしています。

 もう一人は明るい金色の髪と瑠璃色の瞳を持つ私、マーガレット。背は少々小さいながらもアリスよりも年上の十八歳、職業は魔法使い兼旅人です。


「ねぇマーガレット」


 列車がトンネルに入ってから約十分、いつまでも代り映えしない風景が続き、少しつまらないなと思い始めたとき、アリスが私に話しかけました。


「何ですか?」

「このトンネルいつまで続くのかな?」

「さぁどうでしょう? 私も初めて行く場所なので見当つきませんね」


 私は窓の外に視線を向けたまま会話を続けます。


 なので視線の先に映るのは窓ガラスとそれに反射して見える車内の様子、その向こうにある真っ黒な壁ばかりです。


 じっとそのままの姿勢を保っていると、私のすぐ近くからため息が聞こえてきました。


「ねぇ人と話をするときはちゃんと目を見なさいって習わなかったの?」

「あぁそんなこと習ったような気もするし、習わなかったような気もしますね」


 よくよく考えれば、旅人になる前……家にいたころも両親によく人の目を見て話しなさいと注意されていたような気もします。しかしながら、彼女が今持ちかけてきているのは単なる雑談であり、真摯に聞くような話ではないのは確かなことなので、私は視線を彼女に向けるという行動はとりませんでした。

 最も、彼女がこのまま真剣な話を始めたとしても、私はこの場においてちゃんと目を見て話すということを実行する気はさらさらありませんが。


「もう。マーガレットってどうしてそんなにひねくれているの?」


 怒ったアリスが頬を膨らませたころ、列車はトンネルを走り抜けて坂を下り始めました。

 窓の外の風景は真っ黒な壁から一気にゴツゴツとした岩の壁に変化します。


「どうしてと言われても、私がそういう性格だからとしか言えませんね」

「何それ。答えになってないじゃない」

「あら、私としては十分な答えですけれどね」

「だから、性格がどうとかじゃなくて、ちゃんと答えてよ!」

「ちゃんと答えてるじゃないですか。私はひねくれた性格の旅人なんですよ」

「何それ。適当に答えてるだけじゃない」

「おやおや。私は真剣ですよ」


 アリスの追及を適当にかわし始めたころには列車は大きな川を渡り、次の停車駅に向けて速度を落とし始めました。


『……まもなく、リスタ。リスタでございます。お降りになるお客様はお忘れ物等ないよう、お早目の支度をお願いいたします』


 それとほぼ同じくして、車両内に男性車掌の声が響き始めます。

 私たちが乗っている魔法汽車には最新式の車内放送用魔法が施されており、従来の列車とは違い車掌が肉声で次の停車駅を告げながら歩き回るということはしていません。もっとも、防犯上の理由なのか、はたまた別に事情があるのか、車掌が車内を歩いて回るという行為自体は全く見られなくなったということはないのですが……


「さぁ降りますよ」


 車内アナウンスを聞いた私は席を立ち、頭上の棚に置いてあるカバンに手を伸ばします。


「えっ? 目的地はもう少し先じゃ……」


 その行動を見て、アリスは少なからず当惑したような表情を浮かべました。当然でしょう。私たちの旅の最初の目的地はメアリという駅の近くにある国立図書館であり、リスタではないからです。


「実は金欠でして……リスタ駅までしか切符を買ってないんですよ」


 私は申し訳なさそうな表情と声色を意識しながらアリスへ声を掛けます。

 具体的には目線と声のトーンを少し落としてうつむき加減にします。ただし、彼女の方へとチャンと視線を向けるということは忘れていません。


「えっ? 私の最初の依頼金だけでもメアリ駅までは……」


 しかしながら、アリスは自分が払ったお金でメアリ駅までは行けるはずだと目算を立てていたようで、私の金欠だという発言に対して疑問を呈しました。


 確かに最初、アリスからとある目的のために一緒に旅をするという依頼に対する報酬(分割払いの一回目)を使えば二人でメアリ駅まで行けるには十分な金額でした。しかしながら、それはあくまでもメアリ駅まで行くときの場合であって、その先の分に関してはアリスからの支払いが行わなければ足りないということになります。


「その先が不安でしたのでちょっと増やそうと思って失敗しました」


 私は目線と声のトーンをそのままに深刻そうな雰囲気を醸し出しながら話を続けます。


「失敗?」


 何を想像したのか、アリスが不安そうな表情を浮かべました。


「えぇ失敗しました。ちょっと、賭場に行って増やそうと思ったんですけれど……」

「賭場でって……馬鹿なの?」


 アリスの表情が変化し、明らかに怒りが見え始めました。


「ちょっと馬鹿だったかもしれませんね。結果的に最初の目的地であるメアリにすらたどり着けませんから」

「ちょっとじゃないわよ! 馬鹿なの? 本当に馬鹿だわ! 馬鹿すぎるわよ! 人からもらったお金をそのまま賭場で溶かすとかありえないわ!」


 列車が減速し、再び車内放送が聞こえ始める中、アリスはそれらの音をかき消すような勢いで怒鳴り声を上げ始めました。

 そんな声で怒鳴っていたら周りに迷惑でしょうと注意したいところですが、それをしてしまうと火に油を注ぐ様な気もしたので、その言葉はしっかりと自分の中に沈めました。


「そこまで言わなくてもいいじゃないですか。ほら、降りる支度をしますよ」


 私は穏やかな表情を浮かべてアリスに支度を促します。


「降りるって……もう、これからどうするのよ……」


 そこまで来ると、彼女もあきらめがついたのか深いため息をついてから立ち上がり、自分の荷物を手に取ろうとして……こちらに再び視線を向けました。


「……旅費に関しては二人で適当に働いて稼げばいいじゃないですか。どちらにしても、メアリよりも先の旅費に関しては頭を悩ませるようなことになっていたでしょうし……それが今なのか、はたまた先だったのかという程度の違いですよ。ほら、リスタ駅に着いちゃいますよ。荷物を持ってください」

「えぇ……まぁそうかもしれないけれど……大丈夫なのかな……」


 お金がなければ稼げばいいだけの話です。私としては至極当然のことを説いているような気がするのですが、アリスはなぜかドン引きしています。いや、ドン引きと通り越して軽蔑の視線すら感じます。私の何がいけないのでしょうか?

 そんな風に自問自答を開始したころには列車はリスタ駅のホームに滑り込み、旅客の乗降が始まってしまいました。


「アリス。急ぎますよ。早く下りないと無賃乗車になります」

「そんなにお金ないの? 今夜の宿はどうするのよ!」

「……駅のホームにベンチとかあるじゃないですか」

「いやよ! せめて、宿に泊まれるぐらいは!」


 アリスが頭を抱え始めました。そんなことをしている間にも列車の発車時間は刻一刻と迫ってきています。猶予はありません。仮にこのまま列車が発車してしまった場合、次の駅までの運賃は手元にないからです。


「ありません。駅のベンチがいやだったら今日の宿賃を自分で稼いでください。私は私なりになけなしの旅費を増やす努力をしますので」


 なので、私はそこで会話を強制終了させて、アリスの首根っこをつかみそのまま乗降口の方へと向かいました。


「どうしてこんな人に頼んでしまったのかしら……あぁどうして……」


 何やらぶつくさと文句を垂れていますが、無視して列車を降りました。

 すると、それを待っていましたと言わんばかりに列車は扉を閉めて動き始めます。


「あぁ……あぁ列車が行っちゃった……」


 まるでこの世に絶望したかのような目でアリスが列車を見送る横で、私はのんびりと手を振って列車を見送ります。


「さて、行きましょうか」


 列車が駅を出てすぐのカーブを曲がって住宅の陰に消えたころ、私はアリスにそう声をかけて駅の出口へと向かいました。


*


 リスタの町は古くからメアリ公国とミナモ王国を結ぶ街道の宿場町として知られ、両国を一日足らずで結ぶ鉄道が開通する前は大変にぎわっていたそうです。


 この世界に蒸気機関と呼ばれる技術がもたらされ、鉄道という確信的な技術が発明されてから約百年……かつては空を飛ぶことのできる魔女ないし魔法使いにしか許されていなかった長距離移動が魔法を使えない人々にも解禁されました。そのため、新しい鉄道が開通するたびに鉄道の駅がある都市間の移動は活発になっていきました。


 その一方で衰退していたったのはそれぞれの都市の間にある宿場町でした。


 かつて、数多くの旅人や近隣諸国への移動が許されていた行商人たちが体を休めたであろう宿の多くは店を閉め、ただただ古びた建物が並ぶ閑散とした街並みが広がるばかりです。


「いやーやっぱり、途中のよくわからない駅で降りると何もないですね」

「何が何もないですね。よ! あなたが変なことしなければちゃんとメアリについたのに!」


 私としてはこうしたちょっとしたトラブルも旅に色づきをもたらしてくれるいいアクセントだと思うのですが、どうやらアリスからしたらそうではないようです。

 いまだに顔を真っ赤にして、怒りをあらわにしているアリスを諭すように私は優しい口調で彼女に声をかけました。


「アリス。旅にこうしたトラブルはつきものですよ」

「トラブルを起こした張本人に言われたくないわよ!」

「トラブルを起こしたとは失敬な。それではまるで私が悪いみたいじゃないですか」

「どっからどう考えてもマーガレットが悪いわよ! えっ? 自覚ないの? ねぇ素で言ってるの? 大丈夫?」


 しかし、私の考えはどうも受け入れてもらえないらしく、アリスは怒り心頭といった態度を崩しません。

 私としては、ちゃんとした宿に泊まりたいのならこうしている間にも次の方策を考えた方がいいと思うのですが……


「あぁもう。どうしてこんな人に依頼しちゃったのかしら……もっとまともな人だと思っていたのに……」


 アリスは何やら非常に失礼なことを言いながら頭を抱え始めました。


「まったく。そんなことしていないで今夜の宿代と今後の旅費を稼ぎに行きますよ」


 私はあくまでも優しくアリスに声をかけて、そのまま町の中心部へ向けて歩き始めました。

お読みいただきありがとうございます。


今作は別アカウント(削除済み)で投稿していた作品(別の題名で三つ)の設定、文章をもとに書いています。


よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ