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86 喧嘩


 マヤさんの案内でフォレスディアの宿屋へやって来た。

 ミレイユは2階の部屋にバンライと2人で泊まっているんだっけ。

 階段を上がって2階に行くと、204号室の扉の前で緑の鱗を生やした、薄緑の肌のドラゴニュートが居た。バンライだ。膝を抱えて座っている。


 無事だって分かっていても姿を見ると安心しちゃうな。

 でも、何で膝を抱えて俯いているんだろう。

 落ち込んでいるのかな。無理もないか。バンライはミレイユの元従者で、当主だったミレイユのパパを一緒に捜していたんだもん。せっかく会えたのに喧嘩しちゃったんなら落ち込みもするよね。


「バンライ。ミレイユはまだ中?」


 マヤさんが声を掛けるとバンライが顔を上げて……えっ、泣いている。

 涙を流す程に辛いのか。じゃあ、喧嘩した本人のミレイユはもっと辛いよね。

 大丈夫かな? 自暴自棄になっていなければいいんだけど。


「マヤさん。あれ、バニアちゃん達も来てくれたんだね」


「どうしたの、涙なんて流して。今まで泣いてなかったじゃない」


「……ミレイユちゃんに、嫌われちゃったかもしれません」


 ミレイユがバンライを嫌いになった?

 そんなこと、ありえないんじゃ。


「ありゃりゃ、何かあったんだね。何があったの?」


「モデン様と仲直りしてって言っただけなんです。でも、あなたには関係ないでしょうって言われて、出て行ってって言われて、部屋を追い出されちゃいました。私はただ、前みたいな2人に戻ってほしかっただけなのに」


 モデン様っていうのがミレイユのパパかな。

 それにしても、ミレイユがバンライに八つ当たりするなんて信じられない。

 パパと喧嘩したことで相当心にダメージを負っているな。喧嘩の内容が気になる。


「はああああ、こりゃ重症だねー。バニアちゃん、まともに話が出来るか分かんないけどそれでも会う? バンライみたいに追い出されちゃうかもしれないよ? あの子、かなり苛々しているみたいだ」


「会って話してみます。そうしなきゃ何も分からないです」


「友達思いだね。おーいミレイユうう、わざわざバニアちゃん達が様子見に来てくれたよー」


 扉をノックしてマヤさんが声を掛けるけど返事はない。

 無視ですか。それとも、勝手に入って構わないってことか。


「返事ないなー。どうする?」


 入られるのが嫌なら鍵を掛けるだろうし、たぶん拒絶はされていない。

 バンライを追い出したのは事実だけど嫌いだから追い出したわけじゃないと思う。

 対話が嫌なわけでもない。たぶん、おそらく、仲直りしろって言われるのが嫌なんだ。


「私1人で入ってみます。1対1で話した方が楽でしょうし。というわけでごめんカオス、タキガワさん、1人で行ってみるね」


「おう、頑張れよ」

「分かっていると思うけど、傷付けないようにね」


「うん、言葉は慎重に選ぶ」


 204号室の扉をノックして「入るね」と言いながら開ける。

 長い金髪の女の子、ミレイユはベッドに座って俯いていた。

 暗い顔だ。いつもの自信満々な様子とは全然違う。


「……バニア。(わたくし)達を心配して来てくれたのですね」


「うん。帰りが遅いから、何かあったのかと思って」


 扉を閉めると部屋は暗くなってまるで夜のようだ。

 窓際のカーテンも閉まっているから日光が上手く入らない。


「聞いたのでしょう? 私が、お父様と会ったことを。心配無用ですわ。明日にはエルバニアに帰ります」


「喧嘩したって聞いたよ。どうして喧嘩なんかしちゃったの。ずっと捜していた人に会えたのに、嬉しくないの?」


「……そう、会えた時は嬉しかったですわ。……でも、正直、話をして失望しました。あの人は、私のことも、家で働いていた従者達のことも捨てたのです。過去だけに囚われたあの人にとって、私など要らない存在だったのです」


 いったいどんな話をしたんだろう。囚われた過去って、何だろう。


「お父様が借金をして失踪したという話は覚えていますか?」


「うん。ミレイユから聞いた話は覚えてるよ」


 エルフが多く住む国、シンモリンの大きな家でミレイユ達は暮らしていた。

 盗賊が家に押し入ってママが殺され、パパは元気を失ってしまった。

 暗い生活を送っていたある日、パパが借金して失踪しちゃったんだよね。ミレイユと従者達は家を守るために頑張ったけど仕事は上手くいかず、家は借金返済のために売却したはずだ。帰る場所を失ったミレイユはバンライと一緒にエルバニアまで来て、子供でも働けるギルドに辿り着いたっていうのが聞いた話の全てかな。


「借金して失踪したのは、私や家を守るために何かしら動いた結果だと信じていたのです。でも違いましたわ。信じられないことにお父様は、お母様を蘇生させる手段を見つけようと旅に出たのです。借金はその旅費です。……本当に愚かな人。お母様が、生物が生き返ることなんてありはしないのに」


 そうか、盗賊に殺されたママにもう1度会いたかったってことか。

 確かに愚かだ。死んだ人間は生き返らない、常識だ。

 そんな方法があるんなら私が知りたい。

 私だってママやケリオスさんにもう1度会えるなら会いたいんだから。


 1番酷いのは借金についてだね。

 自分で返済するつもりならともかく娘に押し付けるなんて最低すぎる。


「死者の蘇生なんて諦めて私と共に暮らし、家を建て直しましょうと提案はしました。ですがお母様が居なければ意味がないと言われました。私に苦労を押し付けたことを反省せず、残されたものに目も向けない。あんなお父様とお話したくありませんでしたわ。もう、見たくもありません。お父様が過去に囚われたまま生きるなら、私だって思い出に浸って生きますわ。私のお父様はもはや過去にしか居ないのです」


 辛そうな顔を見れば分かる。不本意なんだよね、本当は。

 死んだママだけじゃなくて自分も見てもらいたいんだよね。

 失望したっていうのは本音なんだろうけどさ。やっぱり、寂しいもんね。


「ミレイユのパパってまだこの町に居るの?」


「ええ。上の階、305号室に宿泊しています」


「ミレイユのパパとも話をしてみる。このままじゃ、悲しすぎるよ」


「止めてくださいまし。私の問題ですわ」


「止めない。友達の問題だもん」


 私は諦めたりしないよ。希望を捨てたりしない。

 未練があるのバレバレなんだよミレイユ。

 仲直りを諦めたなら帰ればいいのにさ。

 まだこの町に残っているってことは諦めきれないんでしょ。

 仲直りしたいって思っているんでしょ。

 だったらさ、友達のために私が動くに決まってるじゃん。


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