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77 約束

2024/10/22 お金の計算ミス修正










 ウォータードラゴンのミズハと会った翌日。

 ショーを仕切っていたお兄さんの協力があって、プール施設のオーナーと会う許可が取れた。お兄さんからの知らせを聞いた私はチームの2人と一緒にプールへ向かう。


 プール施設の奥【関係者以外立ち入り禁止】と書かれた扉の向こうは会社に繋がっていた。今日のショーをお休みしてくれたお兄さんの案内で会社の応接間に行き、オーナーさんとやらと顔を合わせる。部屋には1人しかいない。金髪オールバックでサングラスを掛けた男の人がオーナーさんだろう。

 オーナーさん顔怖い。お兄さんが帰らなくて良かった。


「あの、初めましてバニアです。こちらはギルドで同じチームのタキガワさんとカオスです。本日はお忙しい中、時間を取ってくださってありがとうございます」


「ほうほう礼儀正しいなーお嬢ちゃん。わしゃーこの会社の社長やっとるシブキってもんや。ウチで雇っとるドラゴンの話やし聞かんわけにはいかんじゃろ? 意地悪したりせえへんから安心して話してくれや」


 よし、タキガワさんから教えてもらった挨拶は好印象か。

 オーナーさんに会うと決まってから、挨拶含めて礼儀正しくした方がいいって言われたからね。私とカオスは礼儀作法を練習したしバッチリだ。タキガワさんは大人だし、教える立場に回れるくらいしっかり身に付いていた。


「あの、オーナー、扉は閉めた方がよろしいのでは」


 お兄さんが指摘した通り応接間の扉が一箇所開いている。


「ええんやあれは。お、ほら、来たぞ」


 応接間の外から30センチメートルくらいのドラゴンが飛んで来た。短い両手で持っているのは金色のトレイで、上には水が入ったグラスが乗っている。飲み物を運んで来てくれたのか。


 あの金色のドラゴン、確かキンキラドラゴン。

 かなり希少なドラゴンだって図鑑に書いてあった。

 常に体から光の粒が出ているけど、あの光の粒の正体は垢だ。垢といってもキンキラドラゴンの皮膚は50パーセントが金だから貴重だ。まあ、とっても小さいから集めるのは苦労するだろうけど。

 

 飛んで来たキンキラドラゴンがトレイを机の上に置く。

 うわっ、シブキさんの頬がすっごい緩んでる。

 出て行こうとするキンキラドラゴンをシブキさんが抱きしめた。


「よく出来まちたキラリンちゃーん! 偉いぞお!」


 シブキさんが頬をキンキラドラゴンに擦り付ける。

 持ちドラ、なのかな? 顎髭が当たって迷惑そうだし、何とか逃げようと藻掻いているように見える。愛すのはいいけど相手の気持ちも考えなきゃなー。スキンシップは程々にしないと。まあ私もクリスタに頬擦る程度のスキンシップはするけど私の肌は滑らかだから大丈夫。シブキさんには髭があるからキンキラドラゴンも嫌がるんだと思う。

 20秒も頬を擦られたキンキラドラゴンはかなり急いで応接間の外へと逃げていった。


「さて、さっそく聞かせてもらおうかのう。ミズハが卵持ちになったこと、いじめられたこと、どんな根拠があってそう言えるのかを。部外者が詳しい情報持ってるちゅーのは気になるからのう」


 シブキさんの目はきっと笑っていない。サングラスで見えないけど分かる。

 根拠……か。うーん、話さなきゃダメなのかなやっぱり。でも気が進まない。だってアレだよ? 私自身にも分からない妙な能力のおかげでドラゴンの考えが分かりましたなんて……すっごい胡散臭い。私がシブキさんの立場だったら信じられない。


「待ってください」


 タキガワさん?


「今回話すべきはミズハが卵を体内で育てていること、無事卵を産ませて孵化させることの2点。根拠なんて関係ない、大事なのは事実のみです。私達を呼ぶ前に卵といじめの有無は調べたんじゃないですか? そして、事実だったから私達はここに呼ばれたんじゃないですか?」


 これは、根拠の話をしないようにしているんだ。

 妙な能力のことを話したら私達に何かしらの不都合があるから。


「アホ抜かせ。どうやって知ったかは大事じゃけえて。お嬢ちゃんの言う通り既に卵といじめについて調査しとる。いじめははっきりせえへんが、卵持ちなのは事実や。専門家が言ったんやから間違いありゃせん。ここで疑問が出る。専門家でもないお嬢ちゃん達がどうして卵のことを知っていたのかのう」


 いじめられていたかは分からないのか。

 ……うーん、仕方ないのかなあ。いじめの証拠を集めるのって大変そうだもん。あのウォータードラゴン達がバレないために大人しくしていたら証拠集めも難航するよね。確信したいなら実際にいじめられている光景を見るしかない。


 今はどうしようもないことより目の前の問題だ。

 卵のことを知った理由を話さないと妙な誤解をされかねない。

 ここは正直に話した方がいいかもしれない。その方が誠実だもん。


「実は、私にもよく分かっていないんですけど、ドラゴンの感情とか思考を感じられたんです。ミズハが何を思っているのか知りたいって思ったら本当に知れたんです」


「何言うとるんや? 正気か?」


 ですよねー。タキガワさんもカオスもやらかしたーって顔してる。


「あのな、わしゃーこう疑っとるんや。ミズハの交尾相手がお嬢ちゃんの持ちドラやないかってな。持ちドラじゃなくても交尾相手は知り合いじゃないんか? 交尾したのを知っていたから卵のことも分かっていた。違うんか?」


 全然違う。私達がスイリュウに初めて来たのは2日前だもん。

 確かに同種のドラゴン同士じゃなくても子孫は残せるけど、交尾後から卵が体内で作られるまでの期間は7日と決まっている。どんなドラゴンでもそこは変わらない。つまり私達の持ちドラがミズハの交尾相手なわけがないし、私達が関わっているなんてこともない。潔白なのは自分が1番分かっている。


「そんなわけないでしょう! そんなの勝手な憶測です!」


 タキガワさんが怒ってる。全く身に覚えのないことを疑われたんだから怒るよね。


「第3者が知ったらどっちが正しいと思うかのう。勝手に会社で雇用しとるドラゴンと交尾させて、身重にさせて、ショーに出せなくした。これは営業妨害じゃありゃせんかのう」


「営業妨害って……」


 犯罪ってこと、だよね。私達が犯罪者だってこと?

 酷い言いがかりにお兄さんも驚いた顔をしているけど、オーナー相手だと何も言えないみたいだ。逆らったらクビになっちゃうかもって思ってるのかな。実際その通りになっちゃうかもしれないしお兄さんには頼れない。


「罰金や罰金。出すもん出してすっきり解決しようや」


 まさか、最初からお金を払わせるつもりで私達を呼んだ?

 卵やいじめについて話す気なんて最初からなかった?


「金を払わんつもりなら営業妨害の件を公にさせてもらう」


「――うるせえええええええええええええ!」


 叫んだカオスの頭をタキガワさんが「アンタがうるさい!」と言いながら叩く。


「オレは頭良くねえからよ、難しい話は分かんねえよ。でも今大事なことが何なのかくらい分かってるつもりだぜ。ミズハが無事に産卵するにはどうすりゃいいか。それだけじゃねえのか? 卵は命。命を利用して金儲けなんざクズのすることだぜ」


 そうだ、カオスの言う通りだよ。大事なのは無事に新しい命を誕生させることなんだ。


「無事に産卵んん? あーまだ言うとらんかったな。卵は手術で摘出することにしたさかい。ミズハには早く本調子に戻ってもらわな困るからな」


 ……え……摘、出? どういう、こと?


「摘出したら……赤ちゃんは」


「普通ウォータードラゴンの赤ん坊は母体内の卵で成長するもんじゃけえ。栄養は常に母体から卵へと、卵から赤ん坊へと供給される。つまり摘出した卵の中の赤ん坊は死ぬ。高確率でな」


 私はドラゴンの産卵に詳しいわけじゃない。摘出しても生きられる希望はあるらしいけど、シブキさんの言い方だと極僅かな可能性に過ぎない。

 摘出されたら高確率で死ぬ。命が、奪われる。

 私はもう、自分や他の誰かが奪われるのを見たくない。

 卵の摘出なんて認めるわけにはいかない。

 気付けば体が勝手に動いていて、目の前の机をバンッと強く叩いていた。


「認められないです。ショーに出すためなんて人間の勝手な都合で赤ちゃんを殺すなんて。命を奪うなんて。そんな酷いこと絶対させません……!」


「バニアが言わなきゃオレが言ってたぜ。あのなあ、人間の話だけど、子供作る準備の月経だってくっそいってえんだぞ。出産はもっと痛いらしいじゃねーか。そんな痛いの我慢してでも産みてーんだから産ませてやれよ」


「知っとるかのう。ドラゴン殺すのは犯罪やけど、卵を摘出するのは犯罪じゃないんや。わしゃー悪いことなーんにもしてへんねん。悪者みたいに言わんでくれんかのう」


 な、なんて酷い人だ。この人、罪悪感を持ってない。

 確かに法律で決まってないことだ。でも、それでも、常識でやっちゃダメって分かるはずなのに、どうしてそんな酷いことをしようと思えるんだろう。人間で、種族も同じヒューマンで、どうしてこんなにも理解出来ない人が居るんだろう。


「悪者よアンタは。法律が許しても、人間がやっちゃダメな一線を越えてる」


「じゃったらどうする? 国に訴えても意味ないの分かるやろ」


 シブキさんは懐から煙草を取り出して一本吸う。

 卵の摘出は法律で禁じられていないから国に訴えても意味がない。じゃあどうする? 私に出来ることっていったら、もうギルドの知り合いや偉い人に相談してみるくらいだ。チーム『薔薇乙女』のみんなやミヤマさんならこの状況を変えられるのかな。いや、国が動かないんだから、ギルドの手を借りても意味がない。


 ケリオスさん、こういう時、あなたならどうしていたの?

 私が来たせいでお兄さんは苦しそうな顔をしてるし、私達は営業妨害で罰金を払わされそうになっている。私もう、どうすればいいのか分かんないよ。私なんかじゃもう、出来ることなんてないんだよ。


「1つだけ、ミズハの卵を守れる方法があるのう」


 え、何で急にそんなこと言うの?


「金や金。ミズハをわっしらから買い取れば事態は丸く収まる。そうさなー、まあ2000000ゴラド用意出来るっちゅーなら売ってもええで」


「用意します! それでミズハを解放してもらいます!」


「ほう、面白いこと言うなあ。卵の摘出は1週間待ってやるさかい。それまでに2000000ゴラド、用意出来るもんならしてみせい。もし本当に金を用意出来たらミズハを売ると約束してやる」


「約束ですからね! ミズハを手放す準備はしておいてくださいよ!」


 頭で考えることなく口が勝手に動いていた。

 もう言うべきことはない。部屋を出よう。

 一応「失礼します!」と挨拶してから応接間を出る。


 傍にチームメイト2人だけしか居ない状況になってようやく冷静になってきた。

 うわあああああああああああ! 何言っちゃったの私のバカああああああ! 考えもなく勢いだけでとんでもないこと口走っちゃったよ私! 2000000ゴラドだよ2000000ゴラド、払えるわけがないよそんな金額!


 まず現在の所持金が約30000ゴラド。目標まで1970000ゴラド。無理だ。

 スイリュウで達成した依頼の報酬は3つ合わせても8000ゴラド。絶対無理だ。


「いやあ、スカッとしたぜバニア。なんとか約束を取り付けたな。で? 用意するって言い切ったからには2000000の当てがあるんだろ? そんな大金、いったいどこにあるんだよ。宝の地図でも持ってんのか?」


 ないですごめんなさい。ああ、泣きそう。


「……い」


「え、何だって?」


「……ないの。当てなんて、なんにも」


「…………ええっと……マジ?」


 マジです。宝の地図なんて持ってません。


「ごめん、ごめんね2人共おお。あんな約束した私がバカだったよおおお」


「落ち着いてバニアちゃん。仕方ないよあの状況じゃ。ミズハを助ける方法はあれしかなかったんだから」


 お金を用意出来なかったら結局助けられないんだよおおお。


「……なあ、もしかしたらどうにかなるかもしれねえぜ。2000000」


 気のせいか、いや気のせいじゃない。カオスが今確かにどうにかなるって言った。


「ほ、本当!?」


「夢と金が集まる場所、カジノなら大金が手に入る。行こうぜ、黄金都市ゴールドス!」


 希望はまだあったんだ。絶望しちゃいけなかったんだ。

 カオスの言う通り行こう、カジノへ。……でもカジノって何?


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