76 私達が助けてみせる
ウォータードラゴン4体が私達の前に降りて来た。
よく見るとその内の1体にはショーの指示役のお兄さんが乗っている。
お兄さんは産卵前のウォータードラゴンを1回見てから私達に視線を送る。
「こんにちは。えっと君達、この子は会社が管理しているドラゴンでね。すまないけど連れ帰らせてもらうよ」
「あ、はい。どうぞ」
一緒に居たから持ちドラにしようとしてると思われたのかな。
会社っていうのはプール施設を運営する側か。そこが管理しているってことは、このウォータードラゴン達は誰かの持ちドラってわけじゃないんだ。あくまでも野生のウォータードラゴンに任意で協力してもらうわけか。安定した食事が報酬なんだろうな。
「さあ帰るぞミズハ。みんな心配するんだからもう抜け出すなよ」
お兄さんが手を差し伸べるが産卵前のウォータードラゴン、ミズハは応じない。
帰ろうとするどころかお兄さんの横を通り過ぎて距離を取った。
警戒している顔。ミズハは帰りたくなさそうだ。
「あの、嫌がっているように見えるんですけど……」
「おかしいな、嫌われる扱いはしていないつもりなんだけど。ほらミズハ、家に戻ろう。戻ってくれないと僕も会社も困るんだよ。ショーでのミスは気にしなくていいさ。調子が悪い時は誰にでもあるんだから」
「ショーってことは、やっぱりプール施設でショーやってたドラゴンなのか?」
「そうだよ。よく分かったね」
「バニアがドラゴンの顔で推測したから分かったんだぜ」
お兄さんは「……顔で?」と不思議そうにしている。
いやいやお兄さんだってミズハをちゃんと認識していたじゃん。不思議に思う理由ないでしょ。私がおかしいみたいな流れは不満だよ。
「お兄さんも顔で見分けられるんでしょ?」
「顔じゃ出来ないかな。ミズハは尻尾が丸みを帯びているから分かりやすいんだ」
もういいよ私がおかしいってことで。
おかしいといえばさっきの、ミズハの想いが流れ込んできたのは何だったんだろう。パートナーと心を通わせるなんて言葉があるけど、どれだけ絆があったとしても出来ないと思う。あんな現象聞いたことがない。クリスタ、他のドラゴンとも出来るのかな。
……一先ず、ミズハの体内に卵があることお兄さんに教えた方がいいよね。
「あの、実はミズハ――」
ドゴッと大きな音が鳴った。
他のウォータードラゴンの内の1体がミズハに接近して尻尾で脇腹を殴ったらしい。
ミズハは大きくよろめき、倒れそうになるのを寸前で堪える。
今の攻撃、最初からお腹を狙っていた。
もしかしてウォータードラゴン達はミズハが体内で卵を育てているのを知っている? 人間だって妊婦を見れば一目で分かるんだし、同族が卵を育てているのに気付いていてもおかしくない。仮に知っていたんだとしたら、今のは故意に妊婦のお腹を殴ったようなもの。そんなの……酷い。
お兄さんは驚いて「ミズキ止めろ!」と制止した。
さすがに無視出来ないのかウォータードラゴンは大人しくなる。でもミズキってドラゴン以外の3体がミズハを尻尾で叩き出す。お兄さんは慌ててるだけで何もしない。
こんなの黙って見ていられるわけないでしょ。
「お、おい、お前達」
「止めてええええ!」
クリスタから降りた私は走って小川を飛び越えてミズハの前に立つ。
ウォータードラゴン達の尻尾攻撃はよく見える。
1番最初にミズハへ届く尻尾は右から来るな。
遅いしたぶん対処出来る。よしっ、掴めた。
次は左から来る。手、は別の尻尾掴んでるから足! 左足で蹴って尻尾を弾く!
今度は正面。ちょっと怖いけど、頭で受け止める!
いてっ。想像より重い尻尾だから首が曲がった。
さあて、こんなとこするのは人間でもドラゴンでも許せない。
手で掴んでいた尻尾を横に引っ張ると、右にいるウォータードラゴンが隣のウォータードラゴンに衝突した。さっき尻尾を蹴ってやった左のウォータードラゴンは尻尾に息を吹きかけている。痛いはずだ、今の私の力は本気ならドラゴンも吹っ飛ばせるんだから。
怯えた様子のウォータードラゴン3体は、いやミズキも含めて4体が数歩下がる。
ミズキには攻撃してないんだけど……まあ、私の強さを理解してくれたんだしいいか。
「お兄さん、ミズハは体内に卵があるの! ちゃんと止めてよ!」
「え、何、卵? ほ、本当なのか?」
「本当だよ! だからお願い、ショーを休ませてあげて! それと他のウォータードラゴンとは別の部屋に居させてあげて! ミズハはいじめられているから!」
卵を育てるなら母体として安静にしていなきゃダメだ。ミズハは卵のせいで動きづらいはず。昨日みたいにショーへ出るのは卵の中の子供に負担が掛かっちゃう。それに加えてさっきみたいないじめの暴力。他のドラゴンからお腹に攻撃されたら最悪体内で卵が割れちゃう。
お兄さんは「うーん」と呟きつつ悩んでいる。
悩むのも仕方ないよね。卵とかいじめとか私が言っても説得力ないのは分かってる。
初対面の相手にこんなこと言われたら私だって疑う。
それでも、ミズハの今後のためにも信じてもらうしかない。
「……申し訳ないけれどさ、僕はただの従業員だから決定権がないんだ。ショーを休むとか、卵を産ませるとか、いじめだとか、そういうのはオーナーに話を通さないと」
「じゃあ私を連れていってください! 私がオーナーさんと話します!」
「ぶ、部外者をいきなりオーナーに会わせるなんて無理……」
喋っている途中、お兄さんはミズハの方に目を向けた。
ミズハは不安そうな顔でお兄さんをジッと見ている。
「……一応、オーナーに話してみるよ。オーナーの気分次第で面会が許可されるかもしれないし。ミズハのこと、僕も放ってはおけないしね」
「ありがとうございます!」
お兄さんもミズハが心配なんだ。
持ちドラの契約をしていなくても一緒に働くパートナーだもんね。
大丈夫、私が、いや私達がミズハを助けてみせる。




