75 卵
「ちょっと話してみよう」
草原の小川近くに降りた私達はウォータードラゴンに近付く。
「ねえ、何してるの?」
「ウウウウウウウウウ」
睨んできた。威嚇している。
あれ、このウォータードラゴンの顔見たことがあるような。遠くで見たから自信ないけど、もしかしたらウォーターショーに出ていたウォータードラゴンかも。……だとしたらおかしいな。
近付いただけで敵意を持って睨むなんて、人間に慣れたドラゴンの行動じゃない。
これじゃあ自分以外を敵として見ているみたいだ。
ショーに出ていた時とは別ドラゴンかとすら思える。
「言葉は話せないみたいね。会話は無理よバニアちゃん」
「こっちの言葉は通じると思うし、コミュニケーションは取れるよ。ごめん。このウォータードラゴン気になるから、もう少しだけここに居てもいいかな」
「急いでるわけじゃねえしいいんじゃね」
「私もカオスと同意見」
「ありがとう」
ばちゃん、と水が跳ねる。
3人で話していると、ウォータードラゴンがいきなり川に頭を突っ込ませた。すぐに頭を上げると口に魚を咥えていた。ドラゴンらしく牙で魚を貫き、骨ごと食べる。
さっきの威嚇は魚を盗られたくなかったからか。
「魚を食べたかったってわけね。何も問題はないみたいよ? ウォータードラゴンって魚が好物だしさ、野生なら当然の行動よ」
「だな。バニアは何がそんなに気になるんだよ」
「野生ならおかしくないけど、このウォータードラゴンってプールのショーに出ていたドラゴンだと思う。顔が一緒だし」
「「……また顔で見分けてる」」
普通のことでしょ顔を見るのは。何がおかしいのさ。
顔が同じドラゴンなんていないんだから見分けられない方がおかしい。
「もしバニアちゃんの言う通りだとしたら妙ねー。あのウォータードラゴン達って施設内で暮らしているんじゃないの? 餌だって用意してくれるはずでしょ。こんな所まで魚を食べに来るのはおかしいわ」
「おいおい、脱走してきたんじゃねえだろうな」
「追い出された可能性もあるんじゃない? 昨日のショーでミスしてたし」
そんなわけない……って言えないんだよなー。
ミスに関しては他のウォータードラゴンが故意に起こしたものだけど、気付かなかった人はタキガワさんみたいに普通のミスと勘違いする。
ショーの運営側がそう判断してしまったらこの子への評価は悪くなる。
悪評が積み重なって追い出された可能性は否定出来ない。
脱走よりも追い出された説の方が現実的だ。
「ねえウォータードラゴン、どうしてここに居るのか理由を教えてくれないかな」
人間の言葉を喋ることが出来なくても、心から向き合えばきっと……。
「……バニアちゃん?」
何だろう。何か、感じる。
心が2つになったみたい。
私とは別の感情を胸の中で感じる。
守りたいって気持ち。
これ、まさか目の前のウォータードラゴンの気持ち?
守りたい、何を?
お腹の辺りを気にしている?
魚の食べすぎ……じゃない。
他の可能性があるとしたらウォータードラゴンは……。
「カオス、カオスって周囲の命を把握するスキルを使えるんだよね」
「ん? ああ、ゴッドハンドが覚えるスキルだからな」
昨夜スキルについて話した時にカオスとタキガワさんのスキルを聞かせてもらった。
何が使えるのかは全部頭に入っている。今必要なスキルをカオスは使える。
「今使ってくれない?」
「今?」
「今」
「ここで?」
「ここで」
「……ま、いいけど意味あんのかね。〈生命感知〉っと」
私からは何もせずに立っているだけに見えるけど、補助系のスキルなんてそんなものだ。攻撃力や守備力が上昇しても見た目じゃ分からない。スキルを使った、もしくは受けた人じゃないと効果を実感出来ない。
「あれ、妙だな。ウォータードラゴンがいる場所に2つ反応が」
「やっぱり!」
「どういうことなのバニアちゃん。何か分かったの?」
「おいおいお前は分かんねえのかよ。同じ場所に生命反応が2つ、答えは1つ」
観察したところこのウォータードラゴンは雌。
性別が雌の生物から2つの生命反応があると知れば誰でも分かる。おそらくカオスはウォータードラゴンのお腹辺りからもう1つの生命反応を感じているはず。つまりこのドラゴンは……。
「幽霊に憑かれてんだ」
違う。ていうか幽霊って生命反応あるの?
「卵が体内にあるんだよ。このドラゴン」
「「卵!?」」
ドラゴンの子供がどうやって産まれるかは常識として知っている。
雄と雌が交尾したら卵が雌の体内で形成されていく。交尾っていうのは最近まで具体的な内容を知らなかったけど今なら分かる、タキガワさんに教えてもらったし。分かるけど怖いからあんまり想像したくない。
卵は始めに子供の細胞が生まれて、次に細胞を保護する白い膜がいくつも重なって繭のようになる。最後に中身を保護する殻が形成されて私のよく知る卵になるんだ。白い膜は細胞の保護の役割の他に、子供の栄養になる役割もある。だから卵からドラゴンが生まれる時、その個体以外には何も入っていない。
ドラゴンの産卵は2種類に分けられる。
卵の殻が作られたらすぐ体外へ排出するか、十分に子供が卵内で育ってから排出するかだ。目の前に居るウォータードラゴンは後者。子供が無事に卵から出られるくらいに育つまで体内に置いておくタイプ。今、ウォータードラゴンの体内にある卵の中では子供が栄養を吸収しているはずだ。
「……卵……焼き」
えっ、カオス何考えてるの。
「食欲を出すなバカオス! 赤ちゃんが中に居るのよ!?」
「じょ、冗談だよ冗談! ちょーっと味が気になっただけだ!」
それ冗談になってるのかな。
「味が気になっている時点でアウトだっての。アンタ、リアルでひよこ食べたりした?」
「食うわけねえだろ怒るぞオレ! 食べる気ねえから安心しろっての!」
だよね、いくらカオスでもドラゴンの卵食べたりしないよね。
ドラゴロアのどの国でもドラゴンの卵を食べるのは罪に問われるけど、カオスはそんなことしないから今は教えなくてもいいよね。厳しい国だと死刑になるらしいけど関係ないもんね。信じているよ私。
「あ、おい、あれもウォータードラゴンじゃね?」
空を見上げたカオスの視線を追うと確かにウォータードラゴンが飛んで来る。
1、2、3……4体。もしかしてプール施設でショーをやっていたドラゴン達?




