67 さよならザンカコウ
いよいよザンカコウから帰る日がやって来た。
町の入口には私達『のんぷれいやー』の3人と、リエットさんにナットウ君が居る。当然私達とナットウ君の持ちドラも傍に居る。
昨日のマグドラゴンとの話から色々あったなあ。
マグドラゴンの宣言通り、火神楽祭りの巫女役、つまり生贄の人は町に帰って来た。無事な人全員をマグドラゴンが自分で運んで来てくれた。
もう生贄は必要ないと知った町の人達はとても喜んだ。
全員が喜んだわけじゃない。
既に火山で死んだ人の遺族は複雑な表情をする。
未来の犠牲はなくなっても、過去の犠牲はなくならないから。
私達3人はといえば、観光をした後に温泉旅館でもう1泊。
ゆっくりと温泉に浸かって疲れを癒せたと思う。
「帰るなんて残念だ。もっと泊まって……引っ越してくればいいのによ」
本当に残念そうにナットウ君が言う。
別れに不満がある彼の頭をリエットさんが撫でる。
「ナットウ、無茶言わないの。バニアさん達はやることがあるんだから」
「……分かってるよ。ただの我儘ってことくらい」
「ごめんねナットウ君。ナットウ君にとってのザンカコウは、私にとってのエルバニアだから、帰らないと。私達は帰っちゃうけどさ、今度はナットウ君がエルバニアに遊びに来てよ! 観光の案内するし、歓迎するから!」
私はこの数日、ザンカコウの町を随分と楽しんだ。
ナットウ君がエルバニアに来てくれた時、私と同等かそれ以上に楽しんでほしい。
エルバニアの初代国王の誕生祭、フラエル祭に招待するのもいいな。
「遊びに来て、か。それも良いかもな。分かった、いつか行くよ」
「本当!? 絶対だよ?」
「絶対行ってやるって」
「そん時はオレのブラドとお前のラディン、どっちが格好良いか勝負しようぜ」
「勝負するまでもねーよ。ラディンの圧勝」
「何だとお!?」
「はいはい喧嘩しない」
ナットウ君との距離を詰めて睨むカオスを、タキガワさんが掴んで引き離す。
ああ、こうしてずっと立ち止まって話していたい。
叶わない願いだよね。私には帰るべき町がある。
もう出発しよう。いつまでも居ると別れが辛くなるから。
「……そろそろ出発するね」
「ああ、分かった」
「元気でねバニアさん。色々とありがとう」
「お2人もお元気で。タキガワさん、カオス、行こう」
さ、クリスタ、帰ろうか。
本当は別れたくないから飛んでほしくない。
そんな心の奥底に秘めた想いなんて伝わらず、クリスタが飛び立つ。
……いや、伝わらない方がいい。
クリスタが飛ばなかったら困るのは私だしね。
「バニアあああ! 俺もエルバニアに行くから、お前もまたザンカコウに来いよおおお!」
「絶対行くねえええええええええええ!」
大声で返事してすぐ、ナットウ君やリエットさんの姿は見えなくなった。
ドラゴンの飛行速度は本当に速い。
ほんの僅かな時間でもうザンカコウも見えなくなった。
後はエルバニアに帰るだけか。
私達より先に帰ったミレイユ達に会ったら、今回のことを話してみようかな。
一応丸く収まった話なんだし、巻き込む心配もないから話してもいいでしょ。
「ね、ねえバニアちゃん。そ、そんなにザンカコウにまた来たいの? もしかして好きなの? あの、ナット――」
「好きだよ」
温泉がね。クリスタとも一緒に入れるし。
あれ、なんでショック受けてんだろうタキガワさん。
「タキガワさんだって好きでしょ?」
「嫌い! バニアちゃんの心を奪った奴なんて顔も見たくない!」
「……顔?」
町の顔って何さ。町長のことかな。
「ああっ! 忘れてた!」
急にカオスが大声を出す。
「何を?」
「ブラドと仲直りするためにさ、ブラッドドラゴンが好きな食べ物を買ったんだよ。ザンカコウに行く前、エルバニアでそれを探したんだぜ」
「そうだったの? 全然知らなかったや」
「へえー、アンタも仲直りの方法を考えてはいたのね」
好きな食べ物をプレゼントするってのは良い考えだ。
ドラゴンの好物専門店がエルバニアにはあるんだよね。
カオスが行ったのはたぶんその店だ。
私もクリスタの好物、煌めく水晶を定期的に買いに行っている。
「血抜きされていない生肉! アイテムボックスに10000個入れてあるぜ!」
「「10000個!?」」
いやいや買いすぎでしょそれは。
中身の時間が止まるアイテムボックスがあるから問題はない。
うん、カオスは問題ないけど店側の人はとても困ったと思う。
商品10000個も用意する店員さんの気持ちも考えてあげなよ。
「あ、アンタ、それ買ったお金はどこから出したのよ」
「オレの装備品を売った。暑さと寒さ無効にする腕輪、結構高値で売れたぞ」
あー、そんなのもあったな。
ロックドラゴンへと会いに行く途中で自慢していた気がする。
……勿体ない、貴重な道具を売っていたとはね。
道理でザンカコウに来てから暑い暑い言っていたわけだ。
あれを装備していれば暑いなんて言わないもんね。
「ほれブラド、食え。お腹空いたろ」
ブラドの頭に移動したカオスが生肉を差し出す。
カットされているけどドラゴン用だから大きいな。
好物の生肉を目の前に出されたブラドは、少し間を置いてから噛みつく。
生肉を咀嚼する彼の表情は微かに嬉しそうだった。
食事する彼を見て、カオスは優しい笑みを浮かべる。
この調子ならきっと、また彼が逃げ出す心配はしなくていいよね。
人間と持ちドラの関係はやっぱりこうでなくちゃ。
血抜きされていない生肉……なんの生物のどんな部位か分からない謎の生肉。これを目の前に出されたブラッドドラゴンの口からは涎が滴り、生肉からは血が滴る。他の生物からすれば想像を絶する不味さなので要注意。
これにてザンカコウ編、完!
次章も見てくれると嬉しいです。




