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66 マグドラゴンとフロウ


 マグドラゴンの棲む火山に到着。

 今回私達は持ちドラに乗っているから山頂までひとっ飛び。

 地獄の徒歩を味わうことなく、楽にマグドラゴンの所まで行けた。


 録音道具が見つかったとマグドラゴンに報告すると、無言だけど表情に怯えが交じる。フロウさんの声を久し振りに聞きたい気持ち、恨むの言葉を聞きたくない気持ち、正反対な2つの気持ちが心を苦しめている。


 録音の内容、そもそも本当に声が入っているのかすら私には分からない。

 だけどもし言葉が遺されていたなら、きっと誰かへの恨み言なんかじゃないと思う。


「んじゃ、再生するぜ」


 カオスが持っている物こそ録音道具、らしい。

 私の目には黄色のメガホンにしか見えないんだけど、それ本当に録音出来る道具なんだよね? 横に【再生】と【録音】って書いてある2種類のボタンがあるけど、それ玩具じゃないんだよね? あまりにもデザインが雑な気がする。

 録音道具の横にある青の【再生】ボタンをカオスが押す。


『まず初めに、これを誰かが聞いている時、もう私はこの世界にいないと思います。町の窮地である今、死ぬかもしれない時だからこそ、私の正直な気持ちを、ボム火山のマグドラゴンに届けたくて録音しています。これを聞いている誰か、出来ることなら彼に私の想いを届けてください』


 マグドラゴンが「……フロウの声」と呟く。

 おお、カオスの言った通り本当に録音されていたのか。


 町の窮地ってことは、ザンカコウがモンスターに襲われた日のことかな。

 すぐ逃げていれば助かったかもしれないのに、どうして逃げなかったんだろう。


『18歳の頃、初めてボム火山でマグドラゴン、あなたと出会ったね。あの頃は持ちドラを捜している途中、出会いは偶然なのに運命のような気がした。長くあなたと接していたらいつの間にか、渇望した持ちドラ獲得という願いは消えたなあ。契約なんてしなくても、このまま友達として過ごせればいいじゃないかと思ってね』


 フロウさんの気持ち、私には分かる。

 私もクリスタとずっと友達でいられれば良いなって思う。

 元はケリオスさんの持ちドラだし、今の関係に罪悪感や抵抗感は少しあるけど、このまま死ぬまで仲良く生きたい。


『持ちドラが欲しかった理由なんて、みんなが持ちドラと一緒にいるからってだけ。みんなに合わせようとしたから、仲間外れに感じたから欲しかっただけ。……でも、みんなはそんな軽い気持ちで持ちドラを得たわけじゃない。あなたと共に過ごして、みんな一緒にいたいから一緒にいるなんて当たり前なことに気付いたの』


 タキガワさんがクィルを、カオスがブラドを見つめる。

 私も一緒にいたい相手を見ると同じタイミングでクリスタも私を見た。

 少し恥ずかしいな。目背けよう。


『大切な友達を自慢したくて夫にはあなたと会ってもらったわ。産まれた子供にもあなたとの思い出を多く聞かせた。今までを振り返ってみれば……まるで、あなたとも家族のように接していたかな』


 契約していないだけで持ちドラみたいな関係になれている。

 いいや、違う。

 フロウさんとマグドラゴンの関係はきっと、友達や持ちドラ以上に深いものだ。


『……あなたと会って20年。私達家族があなたと会っているのは町に知れ渡っていた。最近、町にモンスターが接近していたから、あなたに守ってもらおうと町の人達は考えた。あなたの気持ちも、私達の関係も深く理解せず、町の人達は私を対価として選んだの。……バカな話よね。結局対価なんて必要なかったし』


 時系列が段々と運命の日に近付いていく。


『今、ザンカコウはモンスターに襲われている。家の外では何人も死んだし、建物だって破壊された。まだあなたは来ないけど、あなたは約束を破るドラゴンじゃない。きっと来られない事情があるのよね。……でもね、私、あなたは来なくていいと思うの』


 マグドラゴンの目が見開かれた。

 え、何で……助けに来てくれなかったら死んじゃうのに。

 最期までマグドラゴンを待ったんじゃなくて、初めから待っていなかった?

 私達の想像とは真逆?

 フロウさんがそんなことを言う理由……考えても、分からない。


『守ってほしいなんて、あなたをよく知らない人間が勝手に言ったことだもの。私は最初から乗り気じゃなかった。私や私の家族を守ろうと思ったから引き受けたんでしょうけど、あの約束はあなたを苦しめると思う。あなたが来なくても大丈夫。自分の身や自分が住む町くらい、ザンカコウの人間が自分で守るべきだから』


 ああ、そうか。そういうことか。

 来なくていいってフロウさんが思ったのは全部マグドラゴンの為だったのか。

 自分が居なくなった後も長寿種族なドラゴンが生きるから、未来のことを考えていたんだ。


 時が経てばやがてフロウさんも血縁となる子孫も死んでいく。彼女に関わる人達を守りたいから町を守ると決めたのに、肝心の相手がいつか町から居なくなるかもしれない。引っ越しとか、病気で短命だったとか、子孫を残せなかったとか、守る対象が存在しなくなる理由は様々。今は子孫のグロウさんが居るから良いけど遠い未来でどうなるかなんて誰にも分からない。


 遠い未来、約束に縛られたマグドラゴンは守りたい対象が居ないのに町を守る。

 やりたくもないことを一生やらされる可能性を彼女は考えていたんだ。


『最後に伝えます。あなたと過ごした時間は私にとって、大切な宝物でした。この戦いが終わったら、また家族とあなたのもとまで会いに行きます。また会う日まで……お元気で』


 メガホンもどきからの声の再生は止まった。

 この後、フロウさんと夫さんはモンスターに殺される。

 残された子供はマグドラゴンを非難して、傷心したマグドラゴンは火山に戻る。


 今回、フロウさんの言葉を聞いてはっきりした。

 彼女は最初から最期まで恨みなんて持っていない。


「……これが、本音だと言うのか。我はずっと……フロウのことを……理解した気でいただけだったのか。汝は我を我以上に深く理解していたというのに」


「マグドラゴン……これから、どうするの?」


 フロウさんとの約束があったからこそ町を守ってきた。でも今、彼女が本当は望んでいなかったと分かった。町を守る義理なんてもうマグドラゴンにはない。

 マグドラゴンは数秒黙ってから口を開く。


「町の守護は続けようと思う。フロウは死んだが、彼女の子孫は生きている。また彼女のような死に方をしないよう守りたいのだ。それに彼女が生涯を終えた町を守っていきたい気持ちもある」


「じゃあ生贄は……」


「心配するな。まだ火山で生きている者は町へと返そう。汝等のおかげで心の整理が出来た。生贄なんてものを受け入れた心の弱さは既にない。フロウの子孫には守護の対価は不要だと伝えておこう」


 良かった。これでもう、誰も悲しむことはないんだ。

 マグドラゴンも苦しまず、ザンカコウの人も巫女役に怯えなくなる。


「それにしても妙だよなー。あんな大事に思っているんなら、もっと分かりやすい場所に置いときゃ良いのに。わざわざ隠すように地下室に置きやがってよー。探すの苦労したんだぜ」


「隠すように、か。……もしかすると、本当に隠していたのかもしれんな」


 フロウさんは録音後に死んでいる。

 あのメガホンもどきを隠せるのは彼女の子供くらいなものか。

 彼女はマグドラゴンを恨んでいなかったけど、子供の方は恨んでいたのかもしれない。もし恨みを持っていたとしたら、録音された内容を良く思わなかったのかも。そしてマグドラゴンには聞かせたくなかったから隠したのかも。

 ……なんて、私の妄想だけど。


「ふっ、汝等には礼を言わねばなるまい。バニア、カオス……その仲間」


「タキガワです」


「汝等のおかげで我の心は軽くなった気がする。晴れやかな気分だ。もし汝等が困った時があれば、我が駆けつけて助力となろう」


「ありがとうマグドラゴン。そっちこそ、困ったら呼んでね」


 マグドラゴンに笑みを見せた後、私達は持ちドラに乗って飛び立つ。

 名残惜しいけど手を振りながら遠ざかる。

 会えなくなるわけじゃない。

 またいつか会える日がきっと来るよね。


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