65 嬉しさと辛さ半分ずつ
ん、んん……瞼が重い。
目をしっかり開けると見覚えのある天井。
この和風な部屋、私が泊まっていた温泉旅館か。
布団から起き上がると傍には赤い長髪の女性、タキガワさんが眠っていた。
私が起きた振動のせいか、タキガワさんが「ううん」と呟いて起き上がる。
眠そうに目を擦る彼女は私を見て目を見開く。
「あ、ば、バニアちゃん!? 起きて大丈夫なの!?」
「え? う、うん、大丈夫」
大袈裟な心配だなあ。
私は寝ていただけ……じゃ、ないか。
思い出した、私はゴングを殺した後で気を失ったんだ。
あれからどれくらい時間が経ったんだろう。
時間だけじゃなくて今の状況も詳しく知りたい。
「バニアちゃん、何があったか憶えてる?」
「マグドラゴンを説得して、ゴングの命を奪ったところまでは憶えてるよ」
「良かった、記憶の欠落はないみたいね。今はバニアちゃんとカオスが火山に行ってから2日後よ。一昨日、リエットさんがね、気絶しているバニアちゃんを運んで来てくれたの」
リエットさんが……会ったらお礼言わないとな。
それにしても2日も寝ちゃってたのか。
2日も目覚めなかったらそりゃ心配するよね。
さっきのタキガワさんの反応も納得出来る。
「彼女が戻って来た時のナットウ君、すっごい嬉しそうだったよ。バニアちゃんにも見せたかったなあ彼の泣き笑い顔。スマホあれば写真撮っていたんだけどねー。まあ、背中で気絶しているバニアちゃん見て、泣き笑いもすぐに焦り顔へ変わったんだけど」
泣き笑いって、想像出来ない。
ふふ、嬉しくて泣いちゃったんだね。
ナットウ君の心が傷付かないで本当に良かった。
親子の生活を守れただけでも命を賭けた価値があったなあ。
リエットさんの家で私を休ませず、旅館まで連れて来た理由は何となく分かる。あの家は誰かを介抱するのに向いていない。こう言っちゃあ何だけど、家がボロボロすぎて怪我や病気が悪化しちゃうかもしれない。ま、私が気絶した理由は怪我でも病気でもないし、あの家で寝かせてもらっても問題なかったけどね。ただ、折角の親子水入らずの時間を邪魔したくないから、旅館の方が私の気分は楽でいられる。
「カオスはどうしたの?」
「町長さんの家でアイテム探し中。話は聞いたよ。録音アイテムさえ見つかれば事態は丸く収まるんでしょ」
「うん、そうらしいね」
町長のグロウさんは、マグドラゴンと仲良しだったフロウさんの子孫らしい。
カオスが語った通りなら400年前に残された道具を代々受け継いでいるはずだ。
「あいつ、一昨日は元気良く探しに行ったけど、今日は元気なかったなー。顔青くして『やべえやべえ』って言いながら出て行ったの」
……大丈夫かな。謝る心の準備はしておこう。
マグドラゴンが怒らないように謝れるかなあ。
「あいつ、殺されなきゃいいね」
「さすがに殺されはしない……と思う」
マグドラゴンは人間に対して抱くのは罪悪感。
怒ったからといって人間を殺そうとはしない、はずだ。
「あいつの話は置いとこう。あんな奴よりバニアちゃんのことよ。話せているし体や脳に異常はなさそうだね。でも突然気絶するって怖いし、違和感とかあったらすぐ言ってよね」
本当に心配してくれるな。出来ればカオスも心配してあげてほしい。
体に違和感はない、調子は普段通りだ。
突然の気絶の原因は分かっている。
隠し事はしたくないし話してみようか。
信じてくれるかは分からないけども。
「気絶の原因なら分かっているんだ」
「え、本当? 病気じゃないよね?」
「ゴングの命を奪った時、モンスターと同じで経験の塊を得た。その時、ゴングの今までの人生が頭に流れ込んで来たの。気絶したのは、入る情報量に頭が追いつかなかったせいだよ」
あの時の頭痛は流れ込んで来た記憶のせい。
この世に生を受けてから死の瞬間まで全てを見せられた。
他人には隠したがるようなことも、本当に全てを見てしまった。
ドラグロワという国でゴングは親に捨てられた。
捨てられた理由までは彼の記憶にないから分からない。
スラム街と思わしき場所で、彼はジミーと一緒にゴマから拾われる。
彼は育ててくれたゴマに恩義を感じ、ジミーと一緒に忠誠を誓う。
ゴマから与えられた仕事はするけど、自由な時間は随分と好き勝手に生きてきたらしい。風俗って店に定期的に通い、多くの女性に……エッチな……いやこれは思い出さなくていいや。
「人間を殺しても経験値を得られる、か。……何か、怖いね」
「うん、私もそう思う。もう人間の命は奪いたくない」
他人の人生を見られるなんて貴重な体験だとは思う。
でも、自分が殺した相手の人生を見ちゃったら、何か可哀想な記憶を見ちゃったら、憎い相手でも殺したのを後悔する。
ゴングから経験を得たことで強くはなったんだろう。
強くなったら嬉しい気持ちが半分、辛い気持ちが半分かな。
「〈ステータス〉」
【名 前】 バニア
【レベル】 46
【ジョブ】 ライダー・ガーディアン
【熟練度】 ☆☆
【生命力】 401/401
【魔法力】 166/166
【攻撃力】 208
【守備力】 313
【聡明力】 177
【抵抗力】 294
【行動力】 304
【ラック】 52
【持ちドラ】 クリスタ(クリスタルドラゴン)
……凄い、レベルも能力値も全部2倍以上になっている。
効果は知らないけど熟練度もワンランク上がっている。
地道にレベル上げをしていたら、ここまで上げるのにいったいどれだけの時間が掛かるかな。きっと何年も掛かるよね。
もしかしたら人間から経験を得た方が強くなれるかもしれない。
だけど、仮にそうだったとしても、人間としてやっちゃダメなんだと思う。
強くなるために殺すなんて人道に反する。
私は今まで通りモンスターを倒して強くなろう。
「どう? 強くなってた?」
「驚くくらいには。熟練度がワンランク上がったんだけど、何か変わったのかな?」
「バニアちゃんのジョブはライダーとガーディアンだったね。どっちの熟練度も上がったんなら、ライダーは行動力10上昇、ガーディアンは守備力と抵抗力20上昇ね。どのジョブの熟練度も、最初は能力値を成長させる効果よ」
「なるほど」
だからか、能力値の伸びが一部高いように感じるのは。
魔法耐性である抵抗力に関してはカオスを超えたな。
問題はレベルが上がれば上がる程、次のレベルアップに必要な経験の量が多くなることか。レベル99だったケリオスさんの凄さを今なら深く理解出来る。
色々と考え事をしていた時、部屋の木製ドアが勢いよく開かれた。
「――今帰ったぞおおってバニア!? もう平気なのか!?」
部屋に入って来たのは銀髪オッドアイの少女、カオス。
平然と体を動かす私に彼女は驚愕する。
「もう大丈夫。心配掛けてごめんね」
「無事ならいいって。嬉しいことは続くもんだなあ。録音アイテムを見つけた日にバニアが目覚めるなんて」
「見つかったの!?」
タキガワさんの言い方からして、今日まで見つからないどころか手掛かりすらなかったはずだ。すっごく頑張って探したんだな。
音声録音道具は見つけられたし、マグドラゴンには良い報告が出来る。
「良かったじゃん。朝まで死刑当日の囚人みたいな顔してたのが嘘みたいね」
「村長の家をもう1回隅から隅まで探したら、本棚の裏に隠し階段の入口を出す仕掛けがあってよ。地下の最奥に道具が保管されていたんだよ」
何それちょっと楽しそう。
隠し階段なんてテンション上がるね。
「バニア、マグドラゴンの所まで一緒に行くだろ?」
「もちろん行く! どんな結果であれ最後まで見届けたいから」
「よし、じゃあ今から行こう」
「行こう!」
「あ、私も行く」
気絶の原因が分からなかったら1日は様子見していたけど、原因は分かっているし火山でまた気絶することはない。
今の私は絶好調。ぐっすり眠ったんだし当然だよね。
待っていてねマグドラゴン、今から火山に向かうから。




