62 持ちドラとの絆
見間違えたりはしない。あれはブラドだ。
前に見た時はドラゴンに乗っていなかったし、たぶん契約すらしていなかった。
ドラゴニュートには羽があるから羽で飛んで空中戦を繰り広げていた。
「んん? 小娘、お前見たことあるな。誰だったか」
不思議そうな顔をしてゴングが言う。
お、覚えられていない?
私は一時も忘れたことないのに?
悔しいけど、あの時の私はすぐ忘れられる程度の人間だったわけか。
「バニア、ケリオスさんと一緒にいたバニアだよ! まさかケリオスさんのことも忘れたわけじゃないよね!?」
「ケリオス? ああ、やたら強かったヒューマンの男か。一緒にいたってことは……思い出したぜ! お前、俺達が見逃してやった小娘か!」
ようやく思い出したか。
こんな所で会ったのは運命かもしれない。
運命が私にゴングを倒せって言っているんだ。
自然と手を握って力が入り震える。
腰に下げた短剣を鞘から抜き、いつでも攻撃出来るようにしておく。
「な、なあバニア、ブラドって言ったか? 本当なのか?」
ゴングのことだけじゃなくて、ブラドを発見出来たのも運命だと思う。
神様がいるかは知らないけど、もしいるなら私達が会うよう導いてくれたんだね。
「間違いない、あいつが乗っているのはブラドだよ。顔が個性強いから分かるもん」
「……そうなのか。分からん」
分からないのかあ。凛々しい顔をしているのに。
「おーいブラド、オレだあ! カオスだああ!」
反応がない。表情も変わらない。
おかしいな、ブラドがカオスを見て何も反応しないわけないのに。
「……やっぱ違うんじゃね?」
「絶対ブラドだよ! ゴング、そのドラゴンに何をしたの!」
「このブラッドドラゴンか? ザンカコウ付近の荒野にいたんで持ちドラにしたのさ。記憶を消した後でな。ほら、記憶消去はお前も見たことあるだろ?」
記憶を消す……そうだ、私は知っている。
まさか、まさかまたドラゴンの記憶を消したなんて。
以前ゴマが金色の宝玉を使ってドラゴンの記憶を消していた。
使うとドラゴンが銀色に光り出し、光が玉へ吸い込まれると記憶を失う。
たぶん銀色の光が記憶だったんだと思う。
前はクリスタが被害に遭ってケリオスさんの記憶を失った。
おそらくクリスタは今も思い出せていない。
「許さない。絶対許さないんだから!」
「怒りは分かるが落ち着け。ゴングだったか、質問する。なぜ我を攻撃した」
「俺はお前を持ちドラにでもしようかと思ってよ。とりあえず動けないようにしてから記憶を消すのさ。いやー、ずっと俺に相応しい持ちドラを捜していたんだ。ゴマ様も持っているから俺も欲しくてなあ」
「……本気で言っているのか? だいたい、貴様はそのブラッドドラゴンが持ちドラと言ったではないか」
「持ちドラは何体居てもいいじゃねーかよ」
基本的に持ちドラは1人1体。
例えるなら契約は結婚だ。
2体目と契約するってことは重婚みないなもの。
最初の持ちドラが良く思わなかったら2体目と契約しない方がいい。
持ちドラ同士が不仲になったり、人間を嫌ったりしちゃうから。
それにしてもゴングの価値観は軽蔑するものだ。
持ちドラにしたい相手を攻撃するうえ、記憶を消して自分に従うようにする。
こんな方法じゃ本当の信頼は生まれない。
ゴマの仲間だからリュウグウって国の住人なんだろうけど、リュウグウの住人ってみんなゴングみたいな考え方なの? それともゴングだけが歪んだ考え方なの? どちらにせよ、マグドラゴンを持ちドラにさせるわけにはいかないね。ブラドもカオスに返してもらわないと。
「記憶を消す、か。リュウグウが良い噂しかない理由が分かった気がするな」
「さあ、お前をリュウグウに連れて行くぜ! 俺の持ちドラとしてな! その前に邪魔な奴等を片付けてやるかな!」
「マズい、リエットさんは岩陰とかに隠れてて! カオス、マグドラゴンを守るよ!」
「当たり前だ。とりま、ブラドは俺が止めてやる!」
リエットさんは戦えないから隠れてもらう。
さて困った。相手はドラゴンに乗っているから私達も乗りたい所だけどね。さすがのクリスタも距離が離れすぎていて、呼んでも来てくれない可能性が高い。たとえ来ようとしてくれても数分は掛かる。
マグドラゴンには乗れない。
今もマグマに体を沈めている彼に乗ったら、高温すぎて触れただけで発火するでしょ。マグマの温度は信じられない程に高いって本で知っているんだから私。
さらに、持ちドラが不在なこと以外にもう1つ問題がある。
おそらくゴングは私より遥かに強い。
「〈アナライズ〉」
【名 前】 ゴング
【レベル】 75
【ジョブ】 グラディエーター
【熟練度】 ☆☆☆☆☆☆
【生命力】 695/695
【魔法力】 368/368
【攻撃力】 446
【守備力】 432
【聡明力】 221
【抵抗力】 328
【行動力】 419
【ラック】 210
【持ちドラ】ブラッドドラゴン
つ、強すぎるでしょ。私の何倍強いんだあいつ。
確か今の私のステータスは……。
【名 前】 バニア
【レベル】 20
【ジョブ】 ライダー・ガーディアン
【熟練度】 ☆
【生命力】 167
【魔法力】 62
【攻撃力】 78
【守備力】 111
【聡明力】 73
【抵抗力】 92
【行動力】 138
【ラック】 16
【持ちドラ】クリスタル(クリスタルドラゴン)
やっぱりだ、私なんかがまともに戦って勝てる相手じゃない。
能力値は私の約4倍。レベルも能力値も差がありすぎる。
許さないとは言ったけど武力で制裁するのはほぼ不可能。
いや、今はカオスもいる。勝ち目はあるはず。
カオスだって私より遥かに強いんだから。
「やれブラッドドラゴン! あの小娘共を殺せ!」
は、速い……! 一瞬で私達の傍に移動した!
ブラドが腕を振り上げて、長い爪で引っ掻く体勢になる。
あれ、カオスへと攻撃する体勢のまま止まった?
よく見るとブラドの腕が小刻みに震えている。
「どうした! 早く爪で引き裂け!」
ゴングの怒鳴り声に反応してブラドが爪を振り下ろす。――私に。
え、マズい、躱す余裕がない。
死ぬ。避けられない。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
「はあ!? なんで止めた!?」
鋭い爪が私の前で、正確には割り込んだカオスの前で止まった。
まただ、またブラドが震えている。
どうして? そんなの決まっている。
クリスタの時と同じだ。ブラドも憶えているんだ。
脳じゃない部分、心、魂、そんな部分がカオスを憶えているんだ。
大切な想いは消そうとしても消しきれない。
欠片程度かもしれないけど心の奥底に残り続ける。
特殊な道具を使っても、パートナーへの想いを消すことなんて出来やしない。
そんな強い想い、目に見えない繋がりを私達は絆と呼ぶ。




