61 イベントストーリー
マグドラゴンの語りは終わった。
フロウさんの、大切な人の死が呪いのようにマグドラゴンの心を蝕んでいる。
聞いているだけで悲しくなるドラゴンと人間の話だった。
事情は分かったけど1つ疑問がある。
ザンカコウを守ろうとしているのに、なんで生贄みたいな制度を受け入れているんだろう。殺されないとはいえ、家族と離れ離れにされるのはザンカコウの人も嫌なはず。守るのとは真逆だと思うけどな。
「考えていることは分かるぞ。なぜ生贄を受け入れたか分からない、だろう?」
私は頷いて肯定する。
考えてもこればっかりは分からない。
「ザンカコウの人間と関わり続けるのは戒めのようなものだ。あの日のことを忘れないように。誓いを今度こそ守るために」
「それなら町に行くだけでも良いんじゃない?」
「……我は、火山で暮らしたいのだ」
あ、分かった。
答える前、マグドラゴンは適当な理由を考えた。
町に行くだけでも戒められるって分かっちゃったんだ。
でも、町に行きたくないから理由を考えた。
行きたくないと思う理由は1つだけ。
「怖いんだよね」
マグドラゴンの顔が強張る。
「また、失うかもしれないから」
1番大切な人を失った、守れなかった場所だもん。
トラウマになってもおかしくない。
町に近寄らなくても、町に来そうなモンスターを狩って守ることは出来る。
きっと今までそうして誓いを守ってきたんだ。
「……勝手な想像だ。我は何も恐れない」
「怖いものがない生き物なんていないよ」
しばらく私とマグドラゴンが見つめ合う。
やがてマグドラゴンが目を背け、空を見上げる。
「…………ああ。認めよう。我は恐れている。ザンカコウに行った時、フロウのように人間が死んでいるのではと。また恨まれるのではとな」
やっぱりそうだったんだ。怖いんだ。
うん、トラウマなら仕方ないのかもしれない。
町に近付けないのは仕方ない。
だけど、生贄制度は仕方ないじゃ済まされないよ。
マグドラゴンの気持ちは分かるけど、ザンカコウの住民の気持ちを考えたら絶対止めないといけない。
リエットさんだけ帰してもらうのはダメだ。
もうリエットさんみたいな人を出さないようにしないと。
「――思い出した!」
なんかカオスが急に叫んだ。
そういえばマグドラゴンの話の途中からずっと考え事をしていたっけ。
珍しく頭を悩ませていたけど何を思い出したんだろう。
さすがに今の状況に関係あることなんだよね?
「イベントストーリーだよイベントストーリー。ドラゴロアでもあった、ザンカコウが舞台のマグドラゴンと人間の話!」
イベントは祭りとか特別な催し。
ストーリーが後ろに付くとなると特別な話、かな。
ドラゴロアはこの世界だけど、多分カオスが言っているのは〈げえむ〉のことだろうな。
「ねえカオス、今その話はいいよ。後で聞くから」
「いいや今聞いとけ! マグドラゴンの話、どっかで聞いたことあると思ったらゲームと同じなんだ。全て同じってわけじゃないが、フロウって人が死ぬのもマグドラゴンが悩むのも同じ展開。もしゲームのイベントストーリーと同じなら、フロウって人が残した音声録音道具があるはず! 恨みを抱いて死んだわけじゃないことは分かるはずだ!」
「……本当?」
「本当! マジマジ!」
カオスの言うことが事実なら、フロウさんの遺言を聞いて恨んでいなかったと分かるなら、マグドラゴンの心が少し軽くなるかもしれない。
死んだ現実は変わらない。でも、遺言があるなら聞きたいんじゃないかな。
ただし、本当に音声録音道具なんてものがあればの話だけど。
今までに〈げえむ〉とこの世界の違いを多く知ってきた。
カオスも知ってきたことだし、この世界に絶対がないことを私達は分かっている。
だけど、絶対じゃなくても、可能性があるなら信じよう。
真実なら嬉しいからまずは信じることから始めよう。
「……よく分からんが、フロウの遺言があると言うのか?」
「100パーセントとは言えねえけどな」
「もしあったら聞くよね、遺言」
「聞くとも。どんな怨嗟の声だろうと、フロウの遺した言葉なら」
あくまでも恨まれているの前提か。
まあ今はいい。カオスの言う通りに録音道具があるならそれを聞けば全て分かるもんね。姿も声も性格も知らないけれどフロウさん、私はあなたのことを信じているよ。死ぬのはモンスターのせいなのに友達を恨む筋違いな人じゃないって信じているから。
「道具とやらはどこにある?」
「ゲーム通りなら町長の家にあるぜ」
「私達が探してくるよ。見つからなかったら謝る、カオスが」
はいカオス『えっ』て顔しないでね。
希望を持たせたのは自分なんだから、やっぱりありませんでしたは酷すぎる。
ごめんなさいって謝らないとダメでしょ。
私の期待も奪うんだから私にも謝ってもらおう。
「頼んだぞ……むう!?」
――マグドラゴンに赤黒い光線が飛んで来た。
え、何あれ。マグドラゴンに直撃した。
苦しい表情になる彼は呼吸困難になったように見える。
赤黒い光線を見てカオスは「あれはまさか」と呟く。
「何か知って……」
目を丸くするカオスに聞くのは止めた。
よく思い返すと私も今の光線を見たことがある。
「ぐうっ、何者だ!」
大量の血を吐いたマグドラゴンが睨むのは私達の後方。
力強いドラゴンのはばたきの音が聞こえる。
私達が振り返ると、火山に向かって来た男とドラゴンの姿が視界に入った。
自分の目を疑いたくなる。男のこともドラゴンのことも私は知っている。
男は赤紫の肌のドラゴニュート。
いっぱい棘が付いた鎧を着ていて、身長と同じくらいの大きい剣を持っている。そして何よりも特徴的なのが男の鼻。太くて、穴が正面にある変わった形の鼻。
「ゴング……!」
人質で動けないケリオスさんを斬った、ゴマの仲間。
胸が熱い。焼けるように苦しい。
これは怒り、煮えるように熱い怒りだ。
ケリオスさんを殺したのはゴマだけど、痛めつけたゴングとジミーにも怒っている。さらに、あいつが我が物顔で乗っているドラゴンを見れば限界のない怒りがどんどん膨れ上がる。
「なんでお前が、ブラドに乗っているんだ!」




