マグドラゴン視点 天罰
ボム火山で我は日常を送っていた。
マグドラゴンらしく好物のマグマや溶岩を食べ、退屈を紛らわすように寝る。
偶に飛行して運動不足を解消するだけの暇な毎日を過ごす。
そんな退屈な日々を変えたのは1人の人間だった。
「おっ、いたいた! あなたはマグドラゴンだね!」
声が大きく活発そうな女。
髪の色は我の体と同じ赤。
人間の町を遠目に見たことはあるが、特に人間に興味が湧くことはない。
関わりたいとも思わない。……だが、妙にこの女には惹かれる所がある。
同じ赤を持つ者だからかは分からんな。
わざわざこんな火山の頂に来て何の用があるやら。
人間には火山の、それもマグマの近くなど暑くて耐えられんだろうに。
現に多くの汗を掻いているではないか。
「ねえねえ、ちょっとお話しようよ! 私はフロウ! 今は持ちドラとなってくれるドラゴンを捜している途中!」
話……此奴、ドラゴンと会話する気でいるのか。
信じられない阿呆だ。言語が違うことくらい知らんのか。
確かに話せれば暇潰しになるだろうが我は人間の言語など操れん。
聞き取るだけならともかく、我が喋ることは出来ん。
残念だが会話は諦めてもらうしかないな。
それにしても……持ちドラか。
番のように、人間と仲良くなったドラゴンのことだったか?
いや、確か魂同士の繋がりを高める契約も必要だったな。
魂だの契約だの言葉を並べると難しそうに聞こえるが特別なことは何もない。
どんな形であれ契約を持ち掛け、相手が受け入れれば契約は結ばれる。
おそらくは我々よりもさらに上位の存在によって。
人間などと仲良くなって、一緒に生活して何が楽しいやら。
我には理解出来んな。人間自体に興味が湧かぬ。
「おーい、おーはーなーしーしーよーうーよー」
「グオオオオオウ」
早く帰れと告げてみた。
意地悪ではない。人間は暑さに弱いから忠告だ。
体調不良で倒れたり熱で死んだりしたら対応に困る。
「お、話す気になった!?」
ダメだ、ドラゴンの言語では人間に意思が伝わらん。
もう1度言ってみるか。雰囲気で伝わるかもしれん。
「グオオオオオウ」
「はっはっは! 何言ってんのか全然分からねー」
何だ此奴は、何がしたいんだ。意味が分からぬ。
言葉が通じないと分かっているなら話す必要がないだろうに。
「そうだ、人間の言葉を勉強してみなよ! 私が教えるぜー」
なぜ我が人間の言葉を学ばねばいかんのだ。
まあ、言葉が通じれば便利にはなるが……勉強は面倒臭い。
貴様がドラゴンの言語を学べと言いたいが無理なのは分かる。
我等の意思疎通は声に含まれる特殊な音が必須。ドラゴンなら赤子の頃から備わっている機能なんだがな、人間には体の構造からして不可能だ。
「ほれ、あーあーあー、復唱してみ!」
「グ、オ、オーオー」
「全っ然違う! ウケるね!」
本当に何なんだ此奴は。少しウザいぞ。
人間の言葉は発音が難しいんだからしょうがないだろう。
ただ声を出せばいいドラゴンとは根本的な部分が違う。
「あいうえお、はい!」
「グオオオウ」
先は長そうだ。話せる気がしない。
人間語の練習を始めてから大した進歩もなく2時間が過ぎた。
やはり2時間程度では話せるようになる片鱗すら見えぬ。
2時間と少しが経つとフロウは帰っていった。
ずっとこんな暑い場所にいたら倒れてしまうし良い判断だ。
正確な気温は分からんが現在マグマの外は50度近くか。
人間が長時間いるには厳しい気温だろう。
2時間以上も居たのは褒めても良いかもしれぬ。
この日から3日ごとにフロウは我のもとを訪れた。
会う度に人間語の練習をしたり、彼女が一方的に雑談してきた。
ただ人間が1人、3日に1度会いに来るだけなのに、いつの間にか我の中の退屈は消えていた。彼女が来ない日も自主的に人間語の練習に取り組み、会話出来る日を待ち望む。たったそれだけで暇な時間が楽しい時間へと変わる。
同じような日々を過ごして10年が経つと変化に気付く。
毎日の練習で、僅かながら人間語を話せるようになった。待ち望んだ言語での意思疎通が可能となった。初めて人間語の発音が出来た時は嬉しくて、火山周囲を全速力で飛び回ったものである。
丁度その年、なんとフロウは番を連れて来た。
夫だと紹介してくれたのは弱そうな男だった。気に入らん。まあ、今までフロウを火山へ運んでいたのがその男の持ちドラだと知り、多少は感謝の念を覚えたがな。
3日ごとにボム火山へ来るのは大変だと思っていたが、他人の持ちドラに乗っていたのなら問題ない。疲れないし、町との往復も楽だろう。ずっと疑問だった火山通いの方法を知ることが出来てすっきりした。
番を紹介された日からは夫婦で訪れるようになった。
最初は鬱陶しく思っていたが、会話を重ねていけば穏やかな心と優しさが伝わる。
毎度持って来る酒は旨いし、いつの間にか奴を気に入っていたのには驚く。
夫婦との時間を過ごす内に色々思い知る。
人間の脆弱さ、好きな物に苦手な物、愛情の深さ。
特に知って驚いたのは成長速度か。
出会った時は幼さが顔に出ていたフロウも、今では大人っぽい顔付きだし番もいる。
結婚して3年で子供の命も授かり、産まれた赤子は2年も経てば歩いていた。
寿命が短いからか人間の成長はとても早い。
フロウと出会ってから20年。
顔にシワが作られ始めた彼女が初めて頼み事をしてくる。
「ねえマグ、お願いがあるの。私が暮らす町を守ってくれない? 私を食べてもいいからモンスターから守ってほしいの」
「バカなことを言うなフロウ。代価など要らぬ。貴様の家族を守るついでに町も守ってやろう」
食べる代わりに願いを聞くとかいつの時代だ。
話を聞いてみれば人間達の間では、ドラゴンに願いを聞いてもらうには代価が必要、生命の報酬が必須と噂になっているらしい。
遥か昔、まだ人間とドラゴンの仲が良くなかった時代、確かに生贄制度が使われた歴史がある。しかし本当に昔、古の時代の話だ。今自分から生贄を差し出せと言うドラゴンはいないだろう。……まあ、他のドラゴンと関わりが少ないから確証はないが。
「しかし守れとは。何があった?」
「凶暴なモンスターの集団が町の傍に出現したの。戦える人が討伐に動いたけど返り討ち。今は襲って来ないけどいつ襲われるか分からないんだ。町の住民達は不安がっている」
「ほう、モンスターか」
あれらはどこから生まれたのか分からない。
いつも気付けば存在していて、殺しても殺してもキリがない。
放置すれば世に溢れ返るかもしれん。
種によっては凶暴な個体もいるし放ってはおけんな。
「安心せよ。町が危機に陥った際は必ず助けると誓おう」
今やフロウもその家族も我にとって大切な存在。
まさかこんなにも人間が好きになるとは、あの頃の我に言っても信じないだろう。
初めて守りたいと願う相手が、あれ程興味がなかった人間になるとはな。
不思議なものだ。長いドラゴン生、何が起こるか分からんものよ。
――そう、未来に何が起こるかは分からない。
「マグドラゴン様、少しお話を致しましょう」
フロウの頼みを聞いてから3日後。
凶暴なモンスターが町に向かうのを発見した我はザンカコウに向かっていた。
ドラゴンの飛翔速度ならあっという間だ。人間に被害が出る前に間に合う。
――間に合うはずだった。邪魔さえなければ。
空を飛んでいた我の前へと唐突に女が現れた。
薄紫色の肌に紫の鱗。ドラゴニュートか。
なぜドラゴニュートがこんな時に我の前に現れる。
今はザンカコウの人間がモンスターに襲撃されそうになっている。
止まっている場合ではない。このまま進んで突っ切らせてもらおう。
紫のドラゴニュートを避けてすれ違った瞬間、尻尾を掴まれた。
速い……力も強い……!
全力で進もうとしているのに少しも進めん。
「焦らないでいただきたい。妾は汝の敵ではない。話をしたいだけなのです」
「話なら後で聞いてやる! 今は通せ!」
「残念ですがそれは不可能。こんな状況だからこそ有意義な話が出来るのです」
何を言っているんだ此奴は。
状況は理解しているらしいが、我の気持ちは理解出来ていないな。
それとも理解して尚、邪魔者のような真似をするというのか。
「妾はリュウグウという国の女王、アメジスト。妾は現在の人間とドラゴンの関係に疑問を持っております。ドラゴンには相応しき立場がある。マグドラゴン様、あなたは人間と深く関わりすぎておる。契約もしない人間になぜ尽くすのか、理由を教えていただきたい」
リュウグウ、か。噂は聞いたことがある。
主な国民がドラゴニュートで、ドラゴンを神のように神聖視している国。
堅苦しいのは嫌いだから行ったことはないが他のドラゴンはよく話題にあげている。
なんでも、欲望のままに生きられるとか、ドラゴンにとって最高の環境だとか。
情報操作されていると思うくらい良い噂しか聞かない。
「なぜ、か。それを疑問に思う時点で貴様には理解出来まい」
我は知った。人間も我等ドラゴンと同じく1つの生命。
優れた点も劣る点も持ち合わせ、善人も悪人も存在する。
人間とドラゴンの心は同じなのだ。友になれるのだ。
以前の我と同じように、此奴は知らぬのだろう。
ドラゴニュートという人間の種族でありながら、人間の素晴らしさを知らぬ悲しき者よ。此奴の過去に興味はないが、以前の我を見ているようで放っておきたくないな。
しかし、今は状況が状況。
物事には優先順位というものがある。
我はザンカコウの人間達を、フロウ達を助けに行かねばならん。
「ドラゴンとは人間より完全な上位の種族。力に溢れ、自由に空を舞い、強固な肉体を持ち、長く生きられる。人間はドラゴンを崇めなければなりません」
「違う! 人間とドラゴンは対等な存在だ! 確かに貴様が言った優劣は事実、肉体はドラゴンの方が優れている。しかし心は、精神は対等だ!」
邪魔だ。手を放せ。
「……今、ザンカコウはモンスターに襲われていますね。弱き人間は汝に助けを求めた。奴等は一生汝に守ってもらうつもりでいます」
「ああそうだ、そして我はそれを了承した!」
助けねば。早く行かねば。
「汝の守りたい人間はザンカコウの人間全員なのでしょうか。守る価値なき人間もいるでしょう。汝はそんな人間も含め、深く関わった人間の死後も町を守るのですか?」
フロウとその家族だけでも助けねば!
はっ……今、我は何を考えたのだ。
フロウの家族以外は死んでも構わないと、心の奥底で考えてしまったのではないか。
バカな、フロウとした約束を破るつもりか我は。
しかし死後……フロウの死後、我はザンカコウを守る必要があるのか?
あやつの子孫と関われば守りたいと思うだろうが、それならボム火山に住んでもらえばいつでも守れるのに。
「どうしましたか。力が入っていませんよ」
はっ……まただ、我はまた町人を見捨てようとした。
今日の我はおかしい。
そう、今だけだこんな気持ちは。
「手を放せ! 約束を破るわけにはいかぬのだ! 未来のことなど今はどうでもいい。大事なのは今だ! 我の体を放せえええええ!」
「……気が向けばリュウグウへお越しください。妾は待っております」
体を引っ張られる感覚が消えた。ようやく放したか。
マズい、かなり時間を取られてしまった。
町の人間がまだ無事ならいいんだが。
よし、もう1分もかからずザンカコウに着く。
全速力で飛ばして少し疲れたが体力は残してある。
モンスターめ、視界に入った途端ブレスで消し飛ばしてやる。
町に着いた。さあどこだモンスター共。
「……おお、マグドラゴンだ」
「本当だ、フロウの言った通り来てくれた」
「……助かるのね私達」
余程の危機的状況だったらしいな。
町が荒れている。崩壊した建物があるし、人間達は絶望の表情を浮かべる者が多くいた。我の登場で希望を見つけたような顔になる者も多くいるが、モンスターに怯えきったままの者も少なくない。
「マグドラゴン様! 私はザンカコウの町長、カルコスと申します! どうか我々の町をモンスター共からお救いください! モンスター共は今、町の南側で暴れています!」
「分かっている、そのつもりで来た。駆除が終わるまで避難しておけ」
「ありがとうございますマグドラゴン様」
南側……おそらくあっちだな。
低空飛行で行くと道中に人間の死体がいくつもあった。
惨いな。体が食い散らされている。
まともな状態で頭部や手足が残っている死体は1つもない。
「グギャアアアアアアア!」
見つけた。あれが噂に聞くモンスターか。
1つしかない目、角の生えた頭部、家並みに大きな巨躯。
間違いない、モンスターの種類に詳しいわけではないがあれは分かる。
ギガントオーガ、しかもまだ子供の集団だ。
20体はおるし人間達には厳しい相手だろう。
戦おうとしたのか現に奴等の傍に死体が転がっている。人間だけではなく、持ちドラとなったドラゴンの死体も一緒だ。
1番目立つのは赤い髪の女だな。肌の色も我と同じ部分が……同じ……赤……。血だ、血で赤く染まっている。あの微塵も動かない女は……。
「……フロウ、なのか」
一瞬その死体がフロウだと気付けなかった。
傍には彼女の夫である男も倒れている。おそらく彼も死んでいる。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
許さん、許さんぞ貴様等! 皆殺しだ!
ブレスだ。我の〈マグマブレス〉で溶かしてやる。
灼熱の液体を吐いてみれば、これだけの惨劇を生んだ奴等と思えないくらい呆気なく死んだ。ギガントオーガの集団は骨すら残らず溶けて消えた。町も少し建物や地面が溶けたが……終わったな。呆気なく終わった。
しかし、復讐しても心は未だ晴れない。
「……ママ……パパ」
子供……フロウの子供か。
性別は男だが顔はフロウに似ている。
今は7歳だったな、自力では歩けなかった赤子が今では走れる体か。
「マグドラゴン……どうじで、ママとパパ、たずげでぐれながっだの?」
泣いて問う子供の顔がフロウの顔と重なって見えた。
違う。我は助けようとして……いや、違わない。結局助けられなかったのだ。
モンスターの居なくなった町は騒がしさが消え、子供の泣き声がよく聞こえる。
聞いているだけで悲痛な気持ちになる子供が泣き喚く声。
町に転がる死体の数々。崩壊した建物。
これが……我が間に合わなかったせいで、我のせいで生まれた結果か。
『ねえマグ、お願いがあるの。私が暮らす町を守ってくれない?』
『安心せよ。町が危機に陥った際は必ず助けると誓おう』
『どうじで、ママとパパ、たずげでぐれながっだの?』
この世に神なんて者がいるのなら、我らより上位の存在がいるのなら、きっとこれはそんな存在からの天罰なのだろう。フロウ達家族以外を助けるのに必死になれず、立てた誓いも守れなかった我への罰だ。一番大事なものを失うという罰なのだ。
『信じていたのに……裏切り者。あなたのせいで死んじゃったよ』
気のせいか、フロウと彼女の夫が我を睨んでいる気がした。
いいや睨んでいる。恨みと憎しみと怒りを抱き、裏切り者と叫んでいる。
すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。
1度守れなかった誓いだが、今度こそ守るために誓い直す。
我が生涯をかけてこのザンカコウの町を守ってみせる。
必ず、必ずだ。




