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60 マグドラゴン


 気温が高くなってきた。熱気が体に伝わる。

 ブレイドドラゴンの背に乗った私達は、ザンカコウ最寄りの火山に到着した。

 山頂にマグドラゴンがいるらしいから私達は山を登っていく。


 リエットさんの白いドレスの中に隠れていることは未だ気付かれていない。

 グロウさんが帰ってくれればドレスから出られるんだけどな。

 まあ、地面に足を付けてもバレていないから、しがみついていた時より楽だけど。


「……もうすぐか。リエット、分かっていると思うが」


「今更逃げませんよ。逃げるわけにもいきませんから」


 リエットさんが止まった。

 山頂まで登りきったのか。

 随分登ったから疲れたな、足が震えている。


「偉大なるマグドラゴン様! 今年の巫女を連れて参りました!」


 やっぱり登りきったんだ。

 マグドラゴンに話し掛けたのがその証拠。


「来たか、フロウの子孫。待っていたぞ」


 喋った!? この声、おそらくマグドラゴン!

 ロックドラゴンと会った以降喋るドラゴンに会っていないから、ロックドラゴンだけが特別なのかと思っていた。けど違ったしこれではっきりした。

 ドラゴンはその気になれば人間の言語を話せるようになる。


「はっ、偉大なるマグドラゴン様に会えて恐悦至極! マグドラゴン様! 隣にいるのはリエット、今年我が町から選出された巫女でございます! どうかお納めください!」


「くっくっく。フロウの子孫、随分思い切ったものだな。まさかそのような、馬と人間が融合した奇妙な生物を連れて来るとは」


 フロウ……誰だろう。グロウさんの先祖かな。


「お、お気に召しませんでしたか」


 恐怖で声が震えている。

 そりゃそうだ、怒らせたくないもんね。

 大丈夫、マグドラゴンの声音からしておそらく怒っていない。

 寧ろ、楽しんでいるような気がする。


「いいや構わん。近年見ない、何かを企む顔をしておる女。面白そうだ」


「いいえ、私は何も企んでおりません」


「くっくっく。企み無き者なら下に隠す必要はあるまい」


 下に隠す? 下!? 隠れているのは私達しかいない、バレている!?

 不味い。グロウさんは分かっていないみたいだけど、マグドラゴンには確実に居場所がバレている。怒りを買っていないのがせめてもの救いか。


「面白そうだ。おいフロウの子孫よ、もう帰ってよいぞ。ご苦労だったな」


「はっ、では帰らせていただきます!」


 足音が聞こえて遠ざかっていく。

 グロウさんが帰ったんだ。

 これで隠れる必要はない。


「おい、そこのケンタウロスの下にいる2人。もう出て来てもよいのではないか?」


 人数までバレている。何で分かったんだろ、匂いかな。

 ドラゴンの種類によっては人間より五感が優れているらしいし。

 はあ、ご指名されたし、グロウさんはいないしドレスから出るか。


「ヒューマンに……ほう吸血鬼か。火山に来るとは珍しい」


 種族までバレた。凄いなマグドラゴン。

 凄いのは今居る場所もだ。暑さから想像していたけれど、まさか、まさかマグマが目の前にあるなんて。あと10歩も進めばマグマに落ちる距離だ。火山に入ってからクールドリンクを飲んでおいて正解だった。


 マグドラゴンはマグマの中に居る。

 ブラドよりも明るい赤の体。目は炭のように黒い。鱗は半分溶けた感じで固まっていて、他のドラゴンにない形をしている。翼や角の形は他と同じだな。


「で、何をしに来た? 我を討ちにでも来たか?」


「そんなことしない! 私達はただ、もう人間を生贄として差し出す決まりを無くしたいの。どうして人間を欲するのか理由を教えてほしい。私達は犠牲なく共存出来るはずだよ」


「……笑えることを言う。人間がこのルールを作り、従ったのが我だ。今更この関係は変わらんよ」


 笑えない、全然笑えないよ。

 話してみてはっきり分かったことが1つ。

 マグドラゴンの言葉を信じるなら、今回はロックドラゴンの時みたいな誤解がない。最初からどちら側も了承している。


 誤解があると思っていた。

 違う。そう信じたかったんだ。


 ドラゴンが本気で人間を食い殺すなんて、私が昔から夢見ていた世界と掛け離れたものだから。そんな世界を見たくないから。


 ……私が何も知らなかっただけなのかな。

 いや、弱気になっちゃダメだ。知らないなら知ればいい。

 マグドラゴンみたいなドラゴンの気持ちを知らなきゃいけない。


「おい1つ訊いていいか。ここに来た人間はどうなるんだ? やっぱりお前が食うのか?」


 そうだ、まだ殺されるとは限らないんだ。

 今のカオスの質問は私がもっとも気にすべきことだった。


「……死んだらな。生きているうちは我の世話をしてもらう。体を拭いたり話し相手になったりな。今も生きている人間は火山に住んでいるぞ」


「だってよリエット、バニア。最悪のケースは免れたな」


「ありがとうカオス。重要な質問してくれて」


 すぐ殺されないのは良かった……けど、リエットさんには帰ってほしい。帰ってナットウ君と過ごしてほしい。


 待って、どうしてすぐ食べないの?

 さっきマグドラゴンは生贄ルールを作ったのが人間側と言った。

 もしかしてマグドラゴンは、私が思っていた通り食人に乗り気じゃないんじゃないかな。


 すぐ食べない理由なんてそれくらいしかないように思える。

 牛や豚を人間が食べる時、わざわざ老いた個体を食べようとは思わない。

 詳しくは知らないけど若い方が美味しいはずだ。

 想像は付かないけど人間にも同じことが言えるはず。


「ねえマグドラゴン。もしかして、あなたは人間を食べたくないんじゃない? だからすぐに食べないんじゃないの?」


「……そうだな。我は食人に消極的と言える。我の好物は溶岩だからな」


「なのに食べるの?」


「ルールだからな」


 分からないな。確か現状はザンカコウを守る代わりに、人間を巫女役として差し出している。ルールを提案したのは人間側。人間を食べたくないならマグドラゴンは要求を突っぱねることも出来たはずだ。

 どうして生贄ありの契約を結んだんだろう。


「そのルール、従う必要あんのか? お前は守る側で人間は守られる側。ちょいとルール変更するくらい許されるんじゃねえのか」


「……400年前の約束だ。破るわけにはいかん」


「んだよ堅物!」


 カオスとマグドラゴンが睨み合う。

 400年前か。巫女役選出は10年に1人だから、今までに40人がこの火山に来たってことか。

 長い年月でそれだけの人間が家族と離れ離れになったんだ。

 やっぱりこんなルールは間違っている。

 早く止めないと。もし他のドラゴンまで真似したら大変だ。


 止めるにはどうしたらいい。

 止めるならそれ相応の理由が必要。

 理由を思い付くためには原点を知らないといけないか。


「ねえ、その400年前の約束って? 何があったの?」


「……語る必要はないだろうが、語ってやろう。我の時間は有り余っている。昔話をすれば暇を潰せるかもしれん」


 暇なんだ……いやそこはどうでもいい。

 聞いてみよう。ザンカコウの人間とマグドラゴンの関係を。

 知ってみよう。マグドラゴンが取引を受けた理由を。



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