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59 子供のためなら


 正午。とうとうリエットさんが火山へ向かう時が来た。

 リエットさんはウェディングドレスのような白いドレスを着ていて、ゆっくりと道の中央を歩き出す。町長は火山山頂まで巫女役に付き添う予定だ。護衛もいるからモンスターの襲撃にはちゃんと備えている。


 ん、何だ、聞こえるのは声かな。

 巫女役が行進する時、事情を知る人達の小さな呟きらしきものが聞こえてくる。


「可哀想だな」

「あれが今年の……」

「馬で良かったわね」

「馬が一丁前に着飾りやがって」

「おい、そんな言い方ないだろ」

「昨日の子供の話聞いてないのか?」


 憐れむ声、蔑む声、悲しむ声、安堵の声、怒りの声。

 誰かの声を聞いているだけで込められた感情が伝わる。


 まだ差別している人もいれば、私の想いが届いて考え直している人もいるみたい。すぐに変わるものじゃないと思ったけど、影響を受けた人が居てくれて嬉しい。


「なあバニア、マジでこのまま付いて行くのか?」


 私の後ろにいるカオスが不安そうな声を出す。


「うん、これなら誰にも見つからないからね」


「……腕疲れてきたんだけど」


 今、私達はリエットさんの下にいる。

 下を移動しているわけじゃない。リエットさんの下半身を両手両足で掴み、しがみついている状態だ。私達の姿は白いドレスで隠れて誰からも見えない。


 リエットさんがケンタウロスだから出来る方法だ。

 下半身も人型だったらさすがにバレるからね。下半身が馬の物だからこそ、ドレスがゆったりとした作りだからこそ中に隠れられる。


 下をこそこそ歩くことは出来ない。

 ドレスの裾は地面に付かないようになっている。もし足を地面に付けたら、僅かな隙間から私達が見つかっちゃうかもしれない。


「腕も足も疲れたー」


「頑張って。まだ先は長いよ」


 カオスは「チクショー」と辛そうな声を出す。

 気持ちは分かる。私もあと1分もすれば腕がぷるぷる震えてきそう。

 自分で考えておいてなんだけどちょっと無茶な作戦だったかな。

 火山に着くまでしがみついた状態ってのは厳しいや。


 うーん、ザンカコウを出たら隙ありそうだし歩こうかな。

 傍にいるのが町長だけなら気付かれにくいだろうし、まさかドレスの中に人間がいるとは思わないでしょ。


「わあ、ねえ見て見てミレイユちゃん。結婚式みたいだね」

「あら本当。……でも、あまり嬉しそうではありませんわね」


 バンライ、ミレイユ、そりゃ2人も見るよね。

 巫女役の行進は火神楽祭りのイベントの1つとして行われる。何も知らない余所からの参加者から見れば、神聖で特別なイベントに見えるんだろうなあ。


「そろそろ町を出るかな」

「やっとか。ナットウは大人しくしてんのかね」


 お祭り参加者のヒソヒソ声が遠ざかっていく。

 ナットウ君か……来ないってことは家で待っているのかな。

 気持ちが昂って止めに来ないよう、彼の傍にはタキガワさんに居てもらっている。

 たぶん誰よりも彼が辛いから。


「リエット、少し話しても構わないか!」


 声でかっ。グロウさん声でかっ。

 そんな大声出さなくても。町からは出たっぽいから周り静かなのに。


「……何か?」


「いや、すまなかったと思ってな。俺にも子供がいるからリエットの気持ちは分かる。今更謝っても無意味だろうが謝らせてくれ。ナットウ君のことは俺が責任持って引き取ろう」


「ええ、知っています。娘さんを助けるために身代わりを捜していたんでしょう? 褒められることではないですが、同じ立場なら私も同じことをしたかもしれません。だから私はあなたを責めない。私が死んだらナットウのことはお願いします」


 死んだら、ね。

 あくまで『死んだら』だ。

 生きて帰れれば明日からも普段通りの生活を送れる。


 それにしてもグロウさんは娘さんがいるのか。

 自分の娘を生贄にしないよう身代わりを捜す。

 最低な行為だと思うけど、子供のためなら外道にも堕ちられるのが親なんだ。

 それだけ子供への愛があるってことだね。


「任された。さあ、マグドラゴンのいる火山に行こう」


 グロウさんが口笛を吹く。

 これはアレだ。カオスがブラドを呼ぶ時のように持ちドラを呼ぶ合図。


 どんなドラゴンを呼んだのか気になる。

 くっ、ドレスの中にいたら見えない。

 こっそりドレスの裾を持ち上げて顔を出させてもらおう。


「おいバカ何やってんだバニア……!」


 あ、あれは、あのドラゴンは!

 頭に生えた大きな剣。鱗はなく、頑丈そうな黄緑の皮に覆われた体。刃物のように鋭い羽。細い目。貫禄のある顔。

 図鑑で目にしたブレイドドラゴンそのもの!

 うわー、私すっごい会いたかったんだよね。かっこいいし。


「バレちまうぞ……! おい、ドレスの裾上げるな……!」


 あの頭に生えた剣、確か骨で形成されるんだよね。

 赤ちゃんの頃はまだ生えなくて、成長するにつれて生えて大きくなっていく。

 まさにブレイドドラゴンの生きた証。


「おい聞けよ!」


「ん、今誰かの声が聞こえたぞ!?」


 うわ声でかっ、グロウさんか……って見つかる一歩手前!?

 カオスが大声出すから見つかりそうになっちゃってる。


「すみません大きな声を出して。私の声です」


 リエットさんナイスフォローだけど無理がある。


「幼子の声に聞こえたが」


「風邪を引いているもので」


 フォローありがたいけど無理がある!


「だからか!」


 ……それで納得するのか。

 風邪引いたら声が低くなるイメージだけど。


「で、何を聞けと言うのだ!」


「息子の好き嫌いを話しておきたくて」


 グロウさんが「なるほど!」と叫ぶ。

 リエットさん、リエットさんは演技の才能あるよ。役者とか天職だと思う。


 それにしても、リエットさんが誤魔化してくれたから良いものの、運が悪ければ見つかって町に帰されたかもしれない。その時は作戦B、持ちドラに乗って遠くからの尾行作戦に切り替えるけどね。


「んもーう、カオス、大声出しちゃダメだよ」


「誰のせいだよ……! まあいい、仮に声が聞こえても風邪で誤魔化せんだろ」


 何度も誤魔化せるかは分からないけどね。

 さて、火山までは居場所がバレないよう気を付けないと。


 ブレイドドラゴンの背に乗って先へ進む。

 クリスタや他のドラゴンより乗り心地いいなあ。クリスタみたいにツルツルしていないし、他のドラゴンと違って鱗が生えていないからね。乗りやすさで言えばトップクラスだと思う。


 ドラゴンの飛行速度なら目的地に着くのは早い。

 今のうちに心の準備をしておこう。




 * * *




 家の中で俯きながら座り、母さんの帰りを待つ。

 今頃、作戦頑張っているんだろうなバニア達。

 辛い役回りになるだろうけど、俺には安全な場所から無事を祈るくらいしか出来ない。母さんがどうしても俺に同行してほしくないらしいからな。


「ナットウ君、本当に見送り行かなくて良かったの?」


 俺の家で一緒に待つタキガワが訊いてくる。

 同行は拒否されたけど見送りは俺の判断に任された。


「良いんだよ、これで」


 もしも、本当にもしもだが、生贄で母さんが死んだ時の話。

 最後に見た姿が死にに行く後ろ姿なんてトラウマになる。


「俺は家で待ちたい。辛い後ろ姿なんかより、嬉しそうな顔を正面から見たいんだよ。……だから、いつまでもこの家で待つ」


 素直な気持ちを伝えるとタキガワが「かっけー」と呟く。

 おい止めろよそういうこと言うの。結構恥ずかしい。

 ……ったく、母さんが帰って来た時に話すネタにしよう。

 何を話すかは考えておくから全員無事で帰って来てくれよ。



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