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58 火神楽祭り


 沢山の人間が行き交う町中で私を呼ぶ声が聞こえる。


「バニア、はぐれますわよ」

「ぼんやりしてちゃダメだよバニアちゃん」


 火神楽祭り当日。

 私は今ミレイユ、バンライ、カオス、タキガワさんの4人と一緒にいる。

 昨夜に旅館で祭りを一緒に回る約束をしたからだ。

 ……と言っても、用事があるから午前中だけだけど。


 ミレイユとバンライに手を引かれて人混みの中を進む。

 確かに気を抜いたらはぐれちゃいそうだな。


 いけないな。今は楽しまなきゃいけないのに、午後からのことを考えると緊張しちゃう。午後からの作戦。自分だけじゃなくてリエットさんの命も懸かっている。絶対に失敗出来ない。


「ちくしょおおお! あともうちょいなのにいい!」


 射的屋台の前でカオスが騒いでいる。

 楽しんでるなー。よく楽しめるなー。

 彼女の傍にはタキガワさんもいて2人共楽しそう。


「どこがもうちょいなのよ。弾当たってないじゃない」


「あともうちょいで当たるだろ! 当たりそうなんだよ!」


「当てても倒さないと景品貰えないの分かってる?」


 何を狙っていたのかな……って、可愛い人形じゃん。

 に、似合わない。いやカオスの容姿的には似合うけど性格的には似合わない。

 心が男の子でも可愛い人形は欲しいのかな。

 それとも男の子だから欲しいのかな。


「あら、あのお人形さんマブいですわね。ズキューンとシビレましたわ。私も挑戦しようかしら」


 何言ってんだ?


「人形よりもミレイユの方が綺麗だぜ」


「あらあら、チョベリグな褒め言葉ですが何も出ませんわよ。まあ、嬉しかったですし、あなたの代わりにお人形をゲッツしてあげますわ」


「えー、出来んのか?」


「余裕のよっちゃんですわ」


 ……何言ってんだ?

 なんだろ、今日はいつもよりミレイユの言動がおかしい。

 テンション上がっているからかな。

 よく意味が分からない言葉を多用している。

 よっちゃんって誰か訊いた方がいいのか悩む。


 悩んでいるうちにミレイユが銃を取り、人形目掛けて撃つ。

 余裕のよっちゃんという宣言通り1発で落とした。

 銃は遠距離攻撃武器だし魔法と狙い方が似てるのかも。


「なっ、マジでゲットしやがった。……ミレイユ、恐ろしい子」

「すごーい。さすがミレイユちゃん」

「やるわね」


「偶然取れたので差し上げます」


「ありがたく頂戴するぜ。名前は何にしようかなー」


 ……名前付けるんだ。いや、全然良いと思うけど。

 カオスが小声でぶつぶつ言って名前を考えている。

 ビューティフォー。ビューティー。ビューティフル。

 考えるのはいいけどそれほとんど同じ意味じゃないの。


「バニアちゃん」


 タキガワさんが耳打ちしてくる。


「私これからリエットさんの所に行くね。作戦Aが本当に実行出来るか確認してくる」


「うん、お願い。もし出来なさそうだったら作戦Bだね」


 いきなり本番だと失敗する可能性があるし、出来そうか事前確認するのは必須。

 作戦BよりAの方が隠密行動しやすいから成功してほしい。


「ごめんミレイユ、バンライ、用事の時間だから私離れるね」


「ええ。昨日言った通り、用事を優先して構いませんわ」

「また一緒にお祭り行ってくれると嬉しいです」


 タキガワさんは昨日の時点でミレイユ達に途中離脱する旨を伝えている。当然理由は伏せている。ミレイユ達、というか『薔薇乙女』メンバーには何も知らせていない。


 友達だから隠し事はしたくないけど仕方ない。

 教えたら協力してくれるのは分かる。

 でも、友達って理由だけでリエットさんの問題は教えられない。


「さあ、あげぽよなうちに次の店に行きますわよ!」


 あげぽよって何さあ?

 しかし、私ってばダメだな。

 みんな楽しんでいる。

 私だけだ、笑えていないの。


 事情を知らないミレイユ達に合わせて、目一杯楽しまなきゃいけないのに。

 私、今日1回も笑ってないや。

 カオスもタキガワさんもどうして笑えるんだろう。


「ねえカオス、1つ訊いてもいい?」


 人形の名前考案を中断した彼女は「なんだ?」と振り向く。


「どうしてカオスは楽しめるの? 午後からは私達、命懸けの交渉に行くのに」


「え? どうしてって……えー、理由なんているのか。楽しもうとするんじゃなくて、遊んでいるから楽しいんじゃねえの」


「遊んでいるから、楽しい。そっか、そりゃそうだ」


 根本的な部分がズレていたんだ私。

 無理する必要はない。自然に楽しくならなかったら私の感情は嘘になる。

 それじゃ心から楽しんでいるミレイユ達に申し訳ないや。


「オレはさ、誰かと一緒に祭り回れただけで十分楽しいよ。前の世界じゃいつも1人だったから。この世界来てからすっげえ楽しい」


「1人? 親は……いや、ごめん。訊くべきじゃないよね」


 バカ、想像出来るでしょ私。

 自分も似た立場だったはずでしょ。

 親はいつまでも傍に居てくれる存在じゃない。

 子供が1人になる時は必ず訪れる。


「いいよ訊いても。育児放棄されていただけだし」


 育児放棄……ネグレクトってやつか。

 想像していたのとは違うけどそれも辛いよね。

 されていただけって言えるなら、本人は吹っ切れているっぽいけどさ。


「幼稚園通っていた頃は普通の家庭だったけど、小学生になって少し経ってからおかしくなってな。親が不倫とか離婚とか色々あったんだ。まあ、だからオレは今が幸せなんだ。……ブラドが戻って来たら最高に幸せなんだけどな」


「……戻って来るよ、きっと」


 カオスは酷い家庭環境だったんだな。だからあんな女好きな性格……いや、よく考えたら家庭環境と女好きな性格は関係ないな。


 うん、決めた。作戦のことを今は忘れよう。

 カオスのためにも、ミレイユ達のためにも……私のためにも今日は心から楽しみたい。午前中だけ全て心の奥にしまって祭りに参加しよう。


「ねえカオス、たこ焼き食べに行かない? 楽しみにしていたでしょ?」


「お、いいねえ。ひっさしぶりのたこ焼きー」


 本当に楽しみにしていたんだなあ。お、なんか笑えてきた。

 そういえば私ってたこ焼きを食べたことないんだ。

 本で見て知っているだけで、実物を見たこともないんだよなあ。

 どんな味なのか楽しみだ。


「あら、たこ焼きを食べますの? なら近くにありますわね。バンライ」


「うん。おじさーん、たこ焼き4つくださーい」


 近くのたこ焼き屋に寄ってバンライが全員分注文する。

 店主のおじさんは「あいよ」と言い、手際よくたこ焼きを作る。


「ほらよ、たこ焼き4つ」


「ありがとうございます!」


 礼を言って私達はたこ焼きを受け取る。

 これがたこ焼きかあ……本で見た通りの見た目だ。

 新鮮な小さめのタコを丸ごと焼く料理、だからたこ焼き。


 早速一口味見。

 うん美味しい、掛かっている塩も良いね。塩加減絶妙。

 コリコリしてる食感のところもあって歯応えも良い。

 へえ、タレ味もあるのか。お店の人に言えば特製タレを塗って焼いてくれる。想像しただけで涎出そう。


「やはりお祭りといえばたこ焼きは定番ですわよね」


「だねえミレイユちゃん。次はタレ味でも買おうか」


「どうしたのカオス。食べないの?」


 カオスはたこ焼きを受け取ってから一口も食べていない。

 おかしいな、あれだけ楽しみにしていたのに食べていないなんて。

 まさか目にしただけで満足しちゃったなんてないよね。


「……想像とちげえ」


 落ち込むカオスに理由を説明してもらう。

 なるほど、前の世界と味も形も違うのか。

 望んでいた物を実際に見ると違うと思うことはあるよね。

 しっかし、前の世界では足の先端が1本しか入っていなかったって、それたこ焼きって言えるのかな。正確に言うなら『たこの足焼き』じゃない?


「まあまあ、食べてみなよ。美味しいから」


「ま、そうだな。食べるか」


 カオスは一口だけタコを齧り「うまっ」と感想を零す。

 ほらね、やっぱり美味しい。期待していた味でも見た目でもなかったのは残念だけど、美味しければすべて良し。


 たこ焼きを食べてからも私達は祭りを楽しんだ。

 時間が経ち、正午まで残すところあと30分を切る。

 祭りを楽しむのはいいけどそろそろ……時間だ。


 遊びモードから真面目モードにチェンジ。

 ミレイユとバンライには楽しかった気持ちを告げて別れる。

 待っていてねリエットさん、ナットウ君。今行くから。


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