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57 幸せ


 急ぐため私とナットウ君はクリスタに、タキガワさんとカオスはクィルに乗って飛ぶ。

 リエットさんの家なら一直線に進めば1分もかからずに着ける。

 家の前に着くなりナットウ君が扉を思いっきり開けた。


「母さん!」


 突然の大声にリエットさんが振り返り、優しく笑う。

 キッチン前にいるのを見るに料理中だったのかな。


「あらナットウ、お帰りなさい」


「なあ母さん、勝手にどっか行ったりしないよな? 父さんみたいにいなくならないよな?」


「どうしたの急に」


 詰め寄るナットウ君にリエットさんは困惑している。

 ナットウ君は一刻も早く真実を知りたいんだ。

 母親と慕う人が死ぬかもしれないんだし焦るのも仕方ない。


「言っていたんだよ町長が。今年の火神楽(ひかぐら)祭りの巫女役は母さんだって。違うよな? あいつが勝手に言っているだけだよな?」


 リエットさんの表情が変わる。

 戸惑いの顔から悲しそうな顔になった。


「……そう、知ってしまったのね。グロウさん、黙っていてと言ったのに」


「本当、なのか? 本当に巫女役を引き受けたのか。何で!?」


 やっぱり引き受けたんだ、リエットさん。

 あの町長は悪い人に見えなかったし、勝手に巫女役に決めるなんて真似はしないと思っていた。リエットさんの同意を得ているのは何となく分かっていた。

 ……だけど、なんで巫女役なんて引き受けたのかが分からない。


「ザンカコウに住む代価として、火神楽祭りの巫女役を引き受ける。そういう約束をしたの。この家に住めて、町に滞在出来ているのは約束のおかげなのよ」


「……は、何だよそれ。……何でそんな約束、したんだよ」


 言葉が出て来ない。

 町に滞在するために、命を差し出すなんて。

 家に住むだけでそんな条件を出すのもおかしいでしょ。


「そうか町長が騙したんだな。あの野郎、火神楽祭りも巫女役も知らない母さんに、そんなふざけた約束を取り付けたんだ!」


「違うのナットウ。私は、全て知ったうえで約束したの」


「……じゃあ……何で、何でそんな約束したんだよ!? 意味分からねえ、死にてえのか!? 自殺願望でもなきゃ引き受けねえだろ!」


「私なりにあなたのことを考えたの。やっぱり、差別の酷いケンタウロスの私と生活するのは、あなたの幸せが遠のいていくんじゃないかって。だから、私は失踪したということにして、あなたをグロウさんに託すつもりだった」


 自分がいると不幸にしちゃうから死ぬつもりってこと?

 町長さんに後は任せて、自分はさようならってこと?


 本当にそれがナットウ君のためになるのかな。

 リエットさんが居なくなったら、ナットウ君は寂しいし悲しくなるはずだ。

 いつか悲しみを乗り越えられるとしても心の傷は一生残る。私がそうだから。


 仮に私とママが2人と同じ立場だったらどうだろう。

 ママが何を言っても私は離れたくない。

 好きな人に死んでほしくないのは当然だもん。

 実際にママを亡くした私だからよく分かる。

 大好きな家族とのお別れは……すごく辛い。


「でもそれじゃお前が幸せになれないじゃねーか」


「そうですよ、リエットさんの幸せはどこにあるんですか?」


 カオスとタキガワさんの言う通りだよ。

 ナットウ君の幸せを考えるのは良いけど、自分の幸せを諦めるのは良くない。

 せっかく持って生まれた命を自分から捨てるなんて良くないんだよ。


「私の幸せなんてもうないの。いえ、初めからなかったの。ケンタウロスという種族は生まれる時代が早かった。もっと時間が経てば、バニアさんやナットウのような考えの持ち主が増えて、種族差別のない世界で生きられたかもしれない。……今の時代、今の人間に関わることに私は疲れたわ。そろそろ人生を終わらせたいの」


 知らなかった。

 いや、理解が足りなかった。


 ケンタウロス差別の酷さは知っていても、被害者の心は想像以上に傷付いている。

 人生を終わらせたいとまで言われたら……私、何も言えなくなっちゃう。


 私がどんな言葉を掛けてもたぶん届かない。

 今日会った人間の言葉なんてリエットさんの心に響かない。

 リエットさんの心に届く言葉を掛けられるのは……。


「どうでもいいんだよそんなの! あ、いやどうでもよくはねえけど、俺には関係ねえんだよ! 母さんには幸せになってほしい。死にたいと思う心までは否定しねえ。……けど、けどな! 俺の幸せには母さんが必要なんだよ! 差別なんて気にしていなかった。俺も石投げられたり、露骨に嫌な顔されたり、暴言吐かれたり、他にも色々されたけど気にしちゃいねえんだよ! 俺は……もう、誰にも置いていかれたくねえんだよ」


「……ナットウ」


 これがナットウ君の本音か。

 そうだよね、優しいママには傍に居てほしいよね。

 愛する家族と一緒に居られるだけで幸せなんだよね。

 私も同じだ。もう、誰にも置いていかれたくない。 


「……ごめん、ごめんねえ。そっかあ……理解したつもりでいたのに、出来ていなくてごめんねえ。……もう、遅いけど……私も、あなたといられて楽しかった。幸せにしてあげられなくてごめんねえ。約束は、守らなきゃいけないから」


 リエットさんが泣きながら謝る。

 巫女役を選ぶ判断が自分勝手とは言えない。

 育った環境とか、交友関係とか、今までの人生がリエットさんの考えを決めたんだ。


 ……でも、今ならまだ間に合う。

 2人の幸せはまだ終わっていない。終わらせない。


「まだ諦めるのは早いよ」


 希望はきっとあるから。

 諦めた先は絶望しかないから。


「2人が一緒にいられる未来は私が掴み取ってみせる。マグドラゴンを説得して、身を捧げる必要をなくしてみせる。だから諦めないで」


「説得……? バニアさんが……?」


「はい。そのために、火神楽祭りについて詳しく教えてください」


「え、ええ」


 火神楽祭りについて知ることをリエットさんが話してくれた。

 要点だけ纏めよう。


 火神楽祭りは明日、朝から夜まで開催される。

 巫女役が火山に向かうのは正午からであり、夕方に到着。

 白いドレスを着た巫女役は町長と一緒に山頂へ向かう。

 今までの巫女役は生死不明。姿は確認出来ない。


 なるほどね。作戦は今思い付いた。

 上手く成功すれば私も火山に同行出来る。

 全員助かるか全員死ぬか、そんな未来だけど賭ける価値はある。

 明日の昼、作戦を実行しよう。


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