ナットウ視点 ありがとう
騒がしい町中で石柱に寄り掛かって休憩する。
母さんから親の話題を振られてつい逃げちまったな。
父さんと最後に会ったのがいつだったか。
何日とか、何月とか、何年とか、季節すら詳しくは思い出せない。
それでも俺は確かに父さんと会った。
そんな記憶だけが心に刻み込まれている。
俺は……捨て子だ。
実際の両親なんて顔も名前も知らない。
俺にとっての母さんはリエットさんで、父さんはケリオスさん。
今、2人が揃っていてくれたらどんなに幸せだっただろう。
貧乏でも構わない。母さんと父さんさえいてくれれば俺は幸せだ。
そんな並の幸せすら叶わないのは薄々気付いている。
父さんと初めて会ったのは俺を引き取ってくれた日。
施設にいた俺をどこで知ったのか、突然引き取りを提案してきたらしい。全く面識がない男に引き取られるなんて少し怖かったが、恐怖は家で過ごすうちに消えていった。
初対面の俺の頭を撫でてくれた。
美味しいご飯をくれた。
色々話を聞いてくれた。
たったの2日しか会わなかったけど、施設での暮らしに比べれば遥かに良い。
あの施設は食事も不味いし職員の態度も悪くて息が詰まりそうな場所だからな。
1人でいた時間も、今も、俺はケリオスさんを待っている。
長い間姿を見ていないのはきっと……。
いや、生きている。きっと俺と接するのに飽きただけなんだ。
待っていればいつか俺の前に現れてくれる。
また俺の頭を撫でてくれる。
また美味しいご飯をくれる。
また色々話を聞いてくれる。
そう信じている。どうか無事でいてくれ。
「――いた! ナットウ君!」
近寄ってくる女が3人。ドラゴンが2体。
バニア、タキガワ、あと……カ……名前何だっけ。
チッ、居場所がバレたか。
まあドラゴンに乗って空から捜したみたいだし見つかっちまうか。
俺を捜していたのは母さんに言われたからか、それとも何か目的があるのかね。
「連れ戻しに来たのか?」
ぼんやりと、慌ただしく動く人々を眺めながら問う。
「違うよ。……ちょっと、話したいことがあって」
何だ、やけに真剣な表情じゃねえか。
真剣な話なら聞いてやらねえこともねえ。
出会って半日も経っていねえが、バニアのことは気に入っている。
母さんを庇ってくれたし良い奴だ。最初は変な奴と思ったけど……いや、今も変な奴だと思っているか。同種のドラゴンを顔で見分けられるなんて変だろ。あと、何も関わりがねえ相手を助けようとするのも変だよな。
関わりが少ねえからタキガワはよく分からねえ。
カ……なんとかは嫌いだ。絶対性格とか合わねえ。
「何だよ。話したいことって」
「あの、ナットウ君のお父さん、ケリオスさんのこと」
話ってのはそれか。何を話すってんだよ。
母さんめ、父さんのことを教えたな。
別に知られても不都合はないけどさ。
知ってどうすんだ。関係ない他人の義父だぞ。
「実は私、ケリオスさんと会ったことがあるの」
「……は?」
何だ、こいつ、今なんて言った。
会ったことがある? ケリオスさん、父さんに?
「本当に会ったのか!? あの人は、生きてんだな!?」
思わずバニアの肩を掴んで揺さぶる。
バニアが「ほんとほんと!」と叫んだから、正気に戻って肩から手を離す。
思いっきり揺さぶっちまったし「わりぃ」と謝っておく。
「どうしたんだよ」
こいつ、なんつー暗い顔してんだよ。
待て待て嫌な予感がする。予感というより予想か。
頭の中を過ったのは過去に想像した最悪の展開。
「何があった?」
訊くな。
「実は」
言うな。
「ケリオスさんは」
聞くな。
「――亡くなったんだよ」
心臓が跳ねた気がした。
ドクドクうるせえ、止まれよ心臓。
こいつの言っていることは……嘘じゃない。
不思議と信じられる。信じちまえる。
嘘を吐かれないのはいいことのはずなのに、今のは嘘であってほしいと思っちまう。
……いや、何か違うな。
すんなり受け入れられたのは、薄々そうなんじゃないかと思っていたからだ。
あの人が会いに来ないのは死んだからかもと考えたことがある。父さんに会ったと聞かされた時に取り乱したのは、父さんの死を予想していたからに違いない。
考えを纏めたからか冷静になってきた。
もう、両親と一緒に過ごすなんて夢は叶わないんだな。
「私とケリオスさんは1人の敵に会ったの。ケリオスさんは私を助けようとしてくれたけど、私を守るために死んじゃったんだ。遺体も残らない最期だったよ。このクリスタは元々ケリオスさんの持ちドラでね、色々あって今は私の持ちドラなの」
「……そうか。お前を助けるために……死んだのか」
情報多いっての。色々知れたけど混乱してくる。
それでも1つ分かった。
父さんは立派に戦い、目の前のこいつを最期まで守り通したんだ。
死んだのは残念だけどバニアの命は助けた。
自分を犠牲にすんのは褒められることじゃねえ。でも……良いことしたんだよな。
「ごめん。私がもっともーっと強ければ、誰も死なずに済んだのに」
そうさバニア、お前のせいだ……なんて言えるか。
誰のせいでもない。強いて言うなら敵とやらにだ。
「……ちげーだろ。お前のせいじゃねえ、謝んな。お前だけでも生きられて良かったじゃねえか」
結論は出た。俺は父さんの意思を尊重する。
父さんはバニアを生かして死んだんだ。
今、五体満足で生きているなら喜ぶだろうさ。
死んだ理由をバニアにして傷付けたら俺が怒られちまう。
「……だからさ……お前の命はもうお前だけのもんじゃない。軽々しく扱うことだけは許さねえぞ」
「私、奪われるの嫌いなんだ。所持品も、仕事も……命も、ぜーんぶ奪われるのが嫌いなの。大丈夫、何があっても自分の命は粗末にしない。誰にも奪わせないから」
「ああ、頼む。父さんの持ちドラのことも守ってやってくれ」
「あー、守りたいけどまだ私が守られる側だからなあ」
命を粗末にしないなんて普通のことだ。
誰にも奪われたくないなんて当たり前だ。
……でも、そうやって普通に生きてくれるだけでいい。
「1つ礼を言わせてくれ。父さんの生死を知らせるために俺を捜してくれて、見つけて、知らせてくれてありがとう。悲しいけどさ、何も知らねえで生きるなんて哀れだろ。本当にありがとう」
死んだんじゃないかと疑った時があった。
想像してからはずっと心にこびり付いていた疑惑。
何度も何度も想像しては否定しての繰り返し。
解放された今なら分かる。
あのままだといつか、心が壊れていた。
やっぱり何事も真実を知るべきだよ。
辛いことでも、前に進むためには知らないと。
父さんが死んだ真実を知った今、俺は変わる。
もう待つのは終わりだ。死んだ人間は2度と目の前に現れない。
父さんが来るかもなんて期待も希望も今日で捨てる。
その代わり、あの世で父さんが俺を見守っていると思うくらいはいいよな。




