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55 やっと見つけた


 男の子と女性ケンタウロスが乗るブラッドドラゴンに付いて行くと、ザンカコウの端にある民家に到着した。


 周囲に他の建物はない荒れ地。

 ひっそりと建つ家は窓ガラスが割れているし、木製の壁は数カ所の穴が空いている。廃墟にも思えるそこに女性ケンタウロスは入り、男の子が「入れよ」と言ったので入らせてもらう。

 うーん、秘密基地ってわけじゃなさそうだなあ。まさか自宅とか?


「おいおい、廃墟で密談か?」


 入って早々カオスが口を開く。


「違う。ここは俺と母さんの家だ」


「こんなボロ家に住んでんのか!? ……いや、悪かった。ボロ家なんて心で思っても口に出すべきじゃねえよな」


「母さん、こいつ以外にお茶入れてやってくれ」


 今のはカオスが悪い。

 確かにお世辞にも良い家とは言えない外観だし、家具もボロボロで廃墟感を増幅させているけど、私は絶対口に出さない。思うだけに留める。住んでいる人の気持ちを考えたら言えないでしょ。


 女性ケンタウロス以外が着席後、カオス以外にお茶が行き渡る。

 何も飲まないのは喉が乾くよね。私の分のお茶を半分あげよう。


「みなさん」


 女性ケンタウロスが綺麗な声を出して頭を下げる。


「先程は、私を庇っていただきありがとうございます」


「俺からも礼を言わせてくれ。母さんを庇ってくれてありがとう」


 次に男の子が頭を下げて礼を言う。

 いやー、えっへへへ、お礼を言われると嬉しくなるな。


 感謝されるために庇ったわけじゃないんだけど、感謝されると自分の行動に自信を持てる。私みたいな子供……あーいや、子供に見えちゃう大人が意見しても解決はしない。でも、意味ある行動だったんだと思える。


「私は見ての通りケンタウロス。大抵の人が『馬』と呼び差別する人種です。差別されるのは当たり前だと受け入れていましたが、あなたの言葉には感動しました。やはり差別されるのは嫌な思いをしますから」


 そりゃそうだよ。誰だって他人から差別されるのは嫌だもん。

 特に人種差別なんて私は嫌い。やる人の気が知れない。

 生まれ持ったもの、種族とか病気とかで差別するなんて理不尽だもん。

 被害者は批難されるために生まれてきたみたいで身体が気持ち悪くなる。


「俺と母さんは1か月前にザンカコウに来たんだ。不動産屋で家を買おうとしたら家を売れないって言われてさ。信じられるか? 金払うつってんのに『馬』に家は売りたくないだと。……ま、町長がこの家に案内してくれたから良かったけどよ」


「想像以上に酷いわね」


「ああ、胸糞悪い話だぜ。差別の話ってのはよ」


「……辛かったよね」


 誰にも受け入れて貰えないのは本当に辛いはずだ。

 辛い思いをしてもザンカコウに留まるのは理由があるのかな。

 何も理由がないなら出て行けばいいのに。


 きっとケンタウロスを受け入れてくれる人達はどこかにいる。

 もっと良い家で誰とも争うことなく暮らせる町はどこかにある。


 私も、タキガワさんも、カオスも、ミレイユも、バンライも、マヤさんもケンタウロスを差別したりしない。私達みたいな人間がいるんだから他にもいる。どこかに、きっとどこかに、心が綺麗な人間だけが住む平和な町があるよね。


 ああそうだ、そういえば1つ疑問があった。

 まだ名前も知らない男の子と女性ケンタウロスはどう見ても親子じゃない。

 男の子はヒューマンで母親はケンタウロス。同じ種族同士じゃないと子供を作れないからハーフって線はありえないんだよね。小説では偶に見る設定だけどあれは創作だ。現実でハーフが生まれたなんてニュースは聞いたことがない。


「あの、1つ気になるんだけど母さんって……」


「お察しの通り血は繋がってない。俺は……捨て子だからな」


 ……捨て子。……捨て子かあ。

 聞いたことはある。実際に見たのは初めて。

 過保護なほどママに愛された私としては、自分の子供を捨てる人がいるなんて信じたくないんだよなあ。親にとって子供って宝物じゃないのかな。ママは私のこと大切な宝物だって言っていたけど。


「哀れむような目をするなよ。俺に両親の記憶なんてほとんどない。母親は顔も知らないし、父親に会ったのも2回くらいだ。今の母さんの方がよっぽど親らしい。本当に母さんが親だったらと何度思ったことか」


「ナットウ、そんなこと言わないで。あなたの親がまだ生きているならきっとあなたを捜しているわ」


「まだ会いに来ないのが答えだろ」


 ……ナットウ? 

 ナットナトナナットットトナウナナットトウ……ナットウ。

 それは誰? 男の子の名前? でもその名前はケリオスさんの……。


 私が混乱している内に男の子が家を出て行こうとしている。

 ダメだ、考えを整理する時間が欲しいけど引き留めないと。


「あっ、ちょっと待って!」


「行っちまったな」


「ナットウって名前……もしかしてバニアちゃんが捜していた子?」


 タキガワさんの問いかけに「たぶん」と答えておく。

 珍しい名前だもん、同名の別人の可能性はあるけど少ないはずだ。

 何にせよ本人に話を聞けば全てはっきりするはず。

 お母さんの方でも情報を持っていれば確信に繋がる。


「あの子をご存知なんですか?」


「同名の別人かもだけど……あの、彼の父親の名前って知っていますか?」


「確か……ケリオス、だったかしら」


「やっぱり!」


 つい大声を出しちゃったけどしょうがないよね。

 やっと、やっと見つけたんだ。確かに存在したケリオスさんの息子。


 これで私の中の大きな目標の一つが達成出来る。まさかザンカコウで息子さんに会えるなんて思いもしなかった。いや、ちょっぴり期待はしていたけどさ。新情報あればいいなー、あわよくば会えればいいなーくらいの気持ちでいた。


「実は……」


 とりあえずお母さんに事情を軽く話しておこう。

 ナットウ君を狙う変質者とか思われないようにね。


「……そうですか。ナットウの父親が既に亡くなっていたとは残念です。あの子は悲しむでしょうね」


「悲しむ? 親のこと嫌ってそうだったぜ?」


「ふふ、誰かの前では嫌悪感を出しますがね。誰もいないところでは素直なんですよあの子。夜に『父さん』と呟いて涙を流したのを偶然見たのです。まだ12歳ですし寂しさのあまり泣いてしまうのは当然かもしれません」


 それを聞いて安心した。

 不安だったんだ。ナットウ君がケリオスさんを嫌っていたらどうしようって。


 親子とはいえ会ったこともあまりないし、確か血も繋がっていない。そう考えると彼の実親はどこにいるのか気になるけど今は考えないようにしよう。重要なのは、関わりの少ない中でナットウ君がケリオスさんを嫌っていなかったことだ。


 仮に嫌っていたら死亡の報告をしても『あっそう』で終わりそうだもん。

 興味なさそうにされたら私も、死んだケリオスさんも悲しむ。

 ケリオスさんは親としては最低の部類だと思うけど仕方ない事情がある。

 それに、この世界に来てからナットウ君を心配していた。

 せめてケリオスさんがあなたを気にしていたんだよってことだけは伝えたい。


「――おいリエットいるか! 話があるんだが!」


 声でかっ、誰!?

 外からでっかい声が聞こえた。

 この家穴だらけだから音がよく聞こえるんだな。


「この大声、グロウさんね。入ってどうぞ!」


「うむ入るぞ! 入ったぞ!」


 褐色肌のマッチョなおじさんが入って来た。

 白のタンクトップと短パンだけの姿はなんか少年って感じ。


「む、客がいたか。悪いがリエットと2人で話したいことがあってな! 出て行って貰えないだろうか!」


「なんだあオッサン、後から来た奴が偉そうにしやがって! 出て行かねえぞ!」


「カオス、行こう。ナットウ君を追わないと」


「つう訳だオレは出て行く! じゃあな!」


 あのグロウって人の話は気になるけど今はナットウ君の方が重要だ。

 ……ていうか、お母さんの名前はリエットって言うんだね。今知ったよ。


「バニアさん。ナットウのことをよろしくね」


 元気よく「はい!」と返事して家を出て行く。

 心なしかリエットさんが寂しそうな顔をしたような……気のせいかな。


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