54 家族に危害を加えられたら
約1ヶ月お待たせして申し訳ありません。
カオスが「ブラド!」と叫び、ブラッドドラゴンの尻尾を掴む。
びっくりして振り向いたブラッドドラゴンと――隣にいる男の子。
「おい何だ、誰だよお前等」
「何だ、テメエこそ誰だオラアア!」
……ふむ、これは、アレだね。
人違いならぬドラゴン違いってやつか。
「ブラドをどうするつもりだ! まさか売り飛ばすつもりじゃあねえだろうな! ブラドはオレの持ちドラだぞ、何かしたらぶっ飛ばす! 宇宙の果てまでぶっ飛ばして――」
勘違いしたままのカオスの頭をタキガワさんが叩く。
カオスは焦っているせいか気付いていないけど、目の前のブラッドドラゴンとブラドじゃ顔が違う。目前のドラゴンは若干細目だし鼻の位置もかなり口に近い。焦りがあるとはいえ、自分の持ちドラなんだし顔が違うことに気付いてほしかったな。
カオスは「何すんだよ」とタキガワさんに鋭い目を向ける。
「たぶん違う。このドラゴン、ブラドじゃないわよ」
「うんそうだよ、顔が全然違うもん」
「え?」
「え?」
「……え?」
何でそんな変な物を見るような目をするの。
うそ、タキガワさんも顔の違い分からないの? これ私がおかしいの?
人間だって顔はみんな違うし見れば分かるでしょ。ドラゴンの顔もみんな違うし見れば分かるでしょ。同じ顔のドラゴンなんて私今までに見たことないよ。
「……なあ、もう帰っていいか?」
茶髪の男の子が呆れた目で私達を見てきた。
完全に変人扱いだね。……カオスのせいかな。
「あー、ごめんねー。人違いならぬドラゴン違いだったみたいでさ」
「俺の持ちドラと間違えるってことはブラッドドラゴンか」
「そうそうブラッドドラゴン。こっちのバカの持ちドラを捜してんのよ。ちょっとしたすれ違いで逃げちゃってさ」
「ふーん、大変だな。それであんなに必死だったのか」
他人事だけど男の子は話を聞いてくれている。
良い子で良かった。外見から種族はヒューマン、年齢は10歳前後ってところかな。身長の低さだけで判断は出来ないけど子供っぽい顔だからそう思う。
「……悪かった。やっと見つかったと思って、感情的になっちまった」
「危害を加えられたわけじゃないし許す。気持ちは分かるしな。持ちドラも家族の一員だし、家族がいなくなったら寂しいし悲しいよな。もし家族に危害を加える奴がいたら怒って当たり前だろ」
何だか、彼の言葉には重みがある。
実際に経験したからかは分からないけど、家族に危害を加えられた苦しみを知らないと言葉に重みは乗らないはず。家族同然と思っていたケリオスさんを失った私だから分かる。この子、心の中では怒っている。カオスじゃない別の誰かにすっごく怒っている。
「あっちで馬が買い物してたわよ」
「マジかよハッハッハ、人間様の町で生意気だなあ」
「町長もあんな馬追い出せばいいのにねえ」
……通行人の声。馬、まさかケンタウロスの差別。
そういえばまだタキガワさんとカオスにはテリーヌさんの話を伝えていなかった。ケンタウロスが差別されていることは二人も知っているけど、歴史とか現状とか詳しく知らないはず。後で教えてあげよう。
今するべき行動は差別している人達を止めること!
私が駆け出した瞬間、一緒にいた男の子も走り出した。
「あ? 何でお前も走ってんだよ!?」
「気になるから! もしかしたら知り合いが酷いことされているかもしれないの! 君こそ何で必死に走ってるの?」
「お前には関係ねえ! お前等はブラッドドラゴン捜してろ!」
男の子が「ラディン!」と誰かの名前を呼ぶと、ブラッドドラゴンが彼のもとに走ってきた。ラディンってブラッドドラゴンの名前か。彼はラディンの背に乗って素早く商店街の方へ向かう。
ぬぬぬ、クリスタさえいれば私の方が速いのに。
朝慌てていたからクリスタは温泉宿に置き去り状態だ。
悔しがっていると私の真横に青いドラゴンが猛スピードで追いついてきた。
青くて全体的に尖った感じのドラゴン、クイックドラゴン。タキガワさんの持ちドラか!
「バニアちゃん乗って! あの子を追いかけるわよ!」
クイックドラゴンことクィルの背に乗っているタキガワさんが私に手を伸ばす。タキガワさんの手を取ると、一気に彼女とカオスに引っ張り上げられてクィルの背に乗れた。
ありがたい、クイックドラゴンの速度なら簡単に追いつける。
でも何でクィルがいるんだろ。クリスタと同じ温泉宿にいるはずなのに。
「名前を呼んだら来てくれて助かったわ。初めてバニアちゃんと会った時、名前呼んだらクィルが来てくれたでしょ。だからもしかしたら来るんじゃないかって思ったら案の定よ。……でも、呼ぶのを思い付いたのはカオスなんだけどね」
「カオスが?」
「まあ、ブラドは来てくれなかったけどな」
そうか。最初にブラドを呼んだカオスを見たから、タキガワさんも持ちドラを呼んだのか。本当はブラドも来てくれたら一番良かったけど……来なかったか。まあ、凹むのは後にして今は男の子を追おう。
タキガワさんの「見えた!」という声で前をよく見る。
いた、男の子とブラッドドラゴン。それと……知らない女性ケンタウロス。
大勢の町の人に囲まれて困っている。助けてあげなきゃ。
クィルがジャンプで町人達を跳び越えて、男の子の傍で立ち止まる。
町人達が「何だ? 誰だ?」と困惑しているなか、私だけクィルから降りて女性ケンタウロスを庇うように立つ。
「あの、何があったのか教えてもらえませんか」
「そこの馬がまーた人間の真似してるから忠告してあげたんだよ。もう牧場に帰った方がいい、草でも食べて馬らしく暮らせってね。金を持っているからってわざわざ馬に食料を与えるとか嫌だろう」
「そうよそうよ。私の子供が楽しみにしていたトウモロコシ、最後の1個を馬に買われたのよ?」
「昨日温泉にも馬が入ってたわ! 私も入りたかったのに気持ち悪くて入れなかったじゃない!」
トウモロコシって……そんな理由で騒いでいたの?
牧場で草でも食べてろとか、いつまで相手を馬として見ているの。下半身は馬だけど上半身は私達人間と同じ姿なんだよ。もう世界はケンタウロスを人間として扱うって決めたはずでしょ。馬馬馬って騒ぐなんてみっともないと思わないの。
「酷いよ、ケンタウロスも人間の仲間なんですよ! トウモロコシなんて明日買えばいいじゃないですか! 温泉だってケンタウロスと一緒に入っても問題ない! 病原菌じゃないんだから体に悪影響なんてありません!」
「よく見なよお嬢ちゃん。家畜と同じ下半身なんだぜ」
「今の子供には醜さが分からないのかしらね」
「人型なのが上半身だけの中途半端な生物なんて気持ち悪いよなあ」
……あ、分かった。この人達は否定したいだけなんだ。
ケンタウロスを罵倒出来る材料になるなら、トウモロコシだろうと温泉だろうと理由なんて何でもいいんだ。理由があるから罵倒するんじゃない。罵倒したいから理由を探している。これが差別……差別の深い根っこの部分。悪人と断言出来るゴマよりも怖い。
普通の町の人達を怖がっていると男の子に肩を掴まれる。
「おい、お前、今すぐどっか行け。庇い続ければお前も批判されんぞ」
「……大丈夫。君は逃げてて」
「あ、おいバカ、悪戯に相手を刺激すんな!」
相手を刺激しちゃいけないのは分かってる。
下手な言葉を掛ければ暴走しちゃうかもしれないんでしょ。分かってる。
分かっていても、今は我慢する時じゃない。
何も言わず逃げたって同じことの繰り返しだよ。
買い物しただけでこんな大事になるのはおかしい。
みんなの認識を変えなくちゃ、少しでも変えなくちゃ一生罵られる人生。もちろん私が差別をなくせるとは思わないけど、何の嘘もない私の言葉で僅かでも認識を変えたい。
勇気出せバニア。私自身の言葉で、言いたいことを言うだけだ。
「みんな聞いて! ケンタウロスは人間です!」
精一杯の大声を出すと町人達が静まる。
「上半身はヒューマンと同じ体。食べる物も飲む物も、心だって私達と同じ。虐められたら悲しくなるし、大切なものを傷付けられたら怒る。体を綺麗にするためにお風呂にだって入る。こんなこと、みんな分かっているはずでしょ!?」
「……でも下は馬だし」
「獣人には濃い体毛や尻尾が生えているじゃないですか。人間の種族は種族ごとに特徴が違う。ヒューマンは肌の色が明るい。吸血鬼は色白で牙から血を吸う。ドラゴニュートは鱗に覆われている。みんな、周りを見てください。自分と違う部分が一つ以上必ずあるはずです。下半身が馬なのだって、みなさんにもある種族特徴の一つと考えられませんか」
反論は出なくなったけど全員が私を見ている。
こ、怖いなあ。……でも、後少し言いたいことがある。
「人間って、人型だから人間ってわけじゃないと思うんです。私達と同じ心を持っていれば人間と言えませんか? 一緒に町で暮らしてもいいと思いませんか? 友達になってほしいわけじゃありません。ただ、悪口を言わず、町にいることを認めてほしいだけなんです。どうか、お願いします!」
緊張しつつ頭を下げる。
下を向いたからみんながどんな顔をしているのか分からない、想像もつかない。
場はまだ静まったままだ。10秒は経ったし顔を上げよう。
町の人達は誰も私の方を向いていなかった。
目を逸らし、暗い表情で若干俯いている。
私の演説、みんなの心に届かなかったのかな。
「おい一旦離れるぞ。どうせ時間が経ったらまた罵倒が始まる」
「……でも」
「バニア、そいつの言う通り離れた方がいい。人間の心の闇ってのは簡単に晴れねえよ」
「……うん。分かった」
私の想いは届いたかもしれないし、届かなかったのかもしれない。
結果が分かるのはもっと時間が経ってからだ。
「俺に付いてこい、事情は説明してやる」
男の子は「母さん乗って」と女性ケンタウロスに話し掛ける。
母さんって……まさかケンタウロスの息子? いやでも顔も体も似ていないし、血を引いているようには見えない。くっ、混乱してきた。……まあいいか、事情を説明してくれるっていうなら大人しく同行させてもらおう。




