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50 なかよし温泉


 少し間抜けなカオスは放っておいて、私達は『なかよし温泉』に向かう。

 ミレイユ達が待っていてくれるかもしれない。なるべく急ごう。


 目的地の『なかよし温泉』だけじゃなく、他にも様々な温泉が通路で繋がっている。今の浴場から別の浴場へ自由に移動出来るわけだ。


 えっと、確か地図があったな。

 壁に貼ってある地図を見て『なかよし温泉』の場所を確認確認。えーっと、通路をまず左に曲がってから真っ直ぐか。複雑な道のりでもないしすぐ到着しそうだ。


「そういえば、クィルとクリスタはちゃんと『なかよし温泉』に行けたかな。道に迷ったり道草食ったりしてなきゃいいけど」


「大丈夫だよ。クリスタ達は賢いし」


 これから行く『なかよし温泉』は持ちドラと一緒に入れるけど、そこ以外は入れない。一緒に入るためにはまず受付で入浴申請書に記入。申請が受理されたら、持ちドラをドラゴン専用通路で浴場に向かわせる。


 一緒の通路で行けないから、タキガワさんが不安になるのも分かる。分かるけど、他の温泉にはドラゴンが入れないんだから仕方ないことだ。私は心配していないけどね。


 そもそも他の場所でドラゴンが人間と入浴出来ないのは、ドラゴンによって浸かれる湯と浸かれない湯があるからだ。テリーヌさんの持ちドラ、コールドドラゴンなんてただのお湯さえ体に悪影響を及ぼす。


 体調悪化や病気などを防止するために、ドラゴンは専用の薬液で体を洗うのが常識。もちろん野生のドラゴン達は自分で何とかする。どう体を清潔に保つか本能で理解している。


 薬液なんて使うのは人間のパートナー、持ちドラのみだ。

 仮に放っておいても自分で体を清めてくれるだろうけど、薬液は悪い菌を全て洗い流してくれる。どんな場所で、どんな方法で体を洗おうと、薬液で洗う以上に綺麗になることはない。


「そろそろ着くんじゃねえか?」


「そうだね。よーし、早く行こう!」


「あー待って待って! 走ると危ないわよ!」


 通路を抜けて『なかよし温泉』に到着。

 うわあああああ、ドラゴンが沢山いる……!


 普段は人間と同じ浴場に入れないドラゴン達が、ここではパートナーと一緒に湯に浸かっている。人間もドラゴンもみんな楽しそう。


 見た限りだと『なかよし温泉』は露天風呂になっている。

 受付の説明では確か、湯が特別だから持ちドラと入れるんだっけ。

 どんなドラゴンにも悪影響を及ぼさず、快適に入浴出来るんだったかな。


「あ、バニア! やっと来ましたわね!」


 長い金髪の女の子が手を振って大声を出している。

 入浴中のミレイユだ。傍には彼女の持ちドラ、ウィンドドラゴンのウィンがいる。緑色で細身の長い体をしているウィンが気持ち良さそうに目を閉じている。


「あれ? バンライは?」


「バンライは部屋に戻りましたわ。あの子、のぼせてしまったようだから、旅館の仲居さんが連れて行ってくださったの。まったくあの子ったら、のぼせるなんて未熟ですわ」


 ありゃりゃ、効能が良くても入浴しすぎはダメなのにね。


「バニア、タキガワさん、持ちドラを見つけに行った方がいいですわ。迷子になっているかもしれましんし、寂しく思っているかもしれません」


 そうだそうだ、クリスタ達と合流しないと。

 受付の人によると専用通路を通ったドラゴン達は、専用通路の出口付近で待っているらしい。そこにもいなかったら浴場内をくまなく捜すしかない。


 タキガワさんとカオスの2人と一緒に専用通路の出口に向かう。ドラゴンも入れる浴場だけあって広いから、目的地までは少し遠かった。


 専用通路の出口付近によく知るドラゴンの姿を発見する。

 透き通る水晶が背中に生えていて、丸みを帯びた青白い体のドラゴン。クリスタだ。傍には全体的に細く尖っている紺色のドラゴン、クィルも座っている。


 行儀良く待っていてくれたんだ。

 迷子になる可能性があるからか、私達が迎えに来ると分かっていたか。広い浴場だから毎日迷子になるドラゴンがいるらしいのに、クリスタ達は賢いな。


「クリスタ! 私はここだよ!」

「クィル! こっちこっち!」


 手を振りながら名前を呼ぶと、クリスタ達がキョロキョロと辺りを見渡す。

 付近を歩く人間やドラゴンが邪魔なのか、クリスタ達は私達を見つけるのに時間がかかっているみたい。あ、見つけてくれた。


 私達を認識したから歩いて近寄って来た。

 走らずにちゃんと歩くの偉いね。浴場の石床は滑りやすいから走ると危ないし、ルールで禁止されている。一旦別れる前に『走るのはダメだよ』って言ったから、理解して守ってくれているんだ。


 持ちドラと合流したしミレイユのところに戻ろう。

 あれ、カオスがいつもと違う顔をしている。

 寂しそうな、悲しそうな、そんな顔。


「どうしたのカオス、元気なさそう」


「……いやあ、ブラドがいたらオレももっと楽しめたかなって。……あー悪い、別に今楽しくねえわけじゃねえんだぜ。ただ、何か足りない気がしちまってよ」


「そっか、今はいないもんね」


 カオスの気持ちは察せる。

 持ちドラと混浴出来る温泉なのに、肝心の持ちドラが不在なんだもん。そりゃ何か足りないって感じちゃうよ。


 必要なものが足りないのを例えるなら、翼が生えていないドラゴンかな。翼のないドラゴンなんて蜥蜴みたいなものだしね。我ながら良い例えだ。


「ならさ、ブラドが見つかったらまた一緒に来ようよ」


「……だな」


「なーにらしくない辛気臭い顔してんのよ。軽い家出みたいなもんだと思うし、すぐ見つけられるって。もしかしたら帰って来るかもしれないしさ。アンタはブラドと再会した後のことでも考えておきなさい」


「そ、そうか、そうだよな! すぐ見つかるよな!」


 うん、きっと見つかるよ。

 別れてからこんなに悲しそうなんだもん。こんなに心配しているんだもん。神様なんて存在がいるならきっとまた会わせてくれる。


 普段の様子からは想像付かないだろうけど、ブラド、あなたのパートナーはあなたのこと大好きだよ。喧嘩別れなら謝るしさ、戻って来たらまた楽しく毎日を過ごせるはずだよ。ねえブラド、どこにいるのさ。


 カオスの「戻ろうぜ」という発言でミレイユのところに戻る。

 戻ってみてびっくり。ミレイユがぐったりしていた。

 全身が赤みを帯びていて、緩い表情になっている。


「……う、ああああ」


「のぼせてる!? 仲居さん早く来てええ!」


 叫びに反応した仲居さんがミレイユを連れて行く。

 抱えられて運ばれる彼女にウィンも付いていこうとしたけど、持ちドラのウィンは人間専用通路を進めない。広さが足りないわけじゃない。単純にそういうルールなのだ。


 ミレイユは心配だけど仲居さんが部屋に送ったはず。部屋はチームごとに分けているから、後で『薔薇乙女』が泊まる部屋に行こう。私が行く頃には回復していると思うけどね。


 それにしても、のぼせたバンライを未熟と評したのはどこの誰だっけ。まったく、他人のこと言えないね。その点私は絶対のぼせないから心配はかけない。


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