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48 カミングアウト


 討伐依頼を終えた私達はザンカコウの町に戻って来た。

 仕事の後に行く場所といえば1つ、お風呂しかない。

 そしてこのザンカコウでお風呂といえば温泉だ。


 温泉には入ったことないから楽しみだなあ。

 どんな湯なんだろう。今回は旅館の温泉に入るんだけど、ザンカコウの旅館にはいくつもの種類の温泉があるらしい。滞在中に全種類制覇してみたいなあ。


 旅館で部屋を借りて目的地へ一直線!

 脱衣所で裸になるのは銭湯で慣れたもの。最初は人前で裸になるのが恥ずかしかったけど、同性だしみんな裸になるし、お風呂に入るためには脱ぐしかない。何回も銭湯に通っていると次第とそういうのに慣れるものだ。


 みんなで服を脱いでいるとタキガワさんが「ん?」と声を上げる。


「アンタ、やっぱり女湯に入るのよね。ま、当然か」


 そんなことをカオスに言うけど、女湯なの当たり前だよね。確か年齢の低い女性は男湯にも入れるらしいけどさ、どう考えてもカオスが男湯行くのは厳しいんじゃないかな。


「しょうがねえだろ。まさか男湯に行けってんじゃねえだろうな?」


「そこまで鬼畜じゃないわ。ま、大人の寛容さで許したげる。誰かの体触ったら殴るけどね。バニアちゃんの体触ったら殺す。指一本触るんじゃないわよ。じっくり見るのも禁止ね」


「どこが寛容なんだよ。仲間外れはよくないぞ! 女は風呂入っている時にくすぐったり、胸揉んだりするんだろ! 漫画に書いてあった!」


「漫画と現実は違うのよ阿呆」


 まんがは知らないけど、銭湯でミレイユをくすぐったことあるなー。脇腹が弱くていい反応だったから、ついついやりすぎて怒られたことがある。あわあわして止められずにいたバンライも怒られた。その後、怒ったミレイユがくすぐり返してきたっけ。


 胸を揉んだことはないな。ミレイユやバンライは胸小さいし、タキガワさんやマヤさんに「揉ませてください」なんて頼めない。大きな胸には憧れがあるから、他人の胸を揉んでみたい気持ちは少しあるんだよなー。


「バニアちゃん、後で体洗ってあげるね」


 鼻息を荒くしたタキガワさんがそう言った。

 彼女のこういう状態は慣れたけど若干怖い。


「自分で洗うから大丈夫だよ」


「遠慮しなくていいのに」


「ほらあ! ほらほらあ! 洗い合う約束してるうう!」


 声がでかいカオス。

 ていうか約束はしてない。私断ったもん。


「ねえタキガワさん、どうしてカオスにちょっと冷たいの? 変なことは言って……るけど、カオスが可哀想だよ。そうだ、仲良くなるために2人で体洗い合ったら?」


「「嫌」」


 こういう時は息が揃う不思議。

 喧嘩するほど仲がいいってことなのか。


「仕方ない。バニアちゃんには知っておいてもらいましょうか」


「……え、や、止めろテメエ!」


 カオスが慌てている。こんなに冷や汗掻いて慌てるくらい、重要な何かを隠しているのかな。まあ誰にだって他人に言いたくない秘密はあるだろうけどさ、チームのリーダーとしては知っておきたい。


 断じて軽い気持ちで聞きたいわけじゃない。

 話したくないなら無理に話さなくていいんだ。

 もっとも、秘密を知るタキガワさんが話す気満々らしいけどね。


「バニアちゃん、ちょっと離れた場所に行こうか。アンタも来なさいカオス。あ、『薔薇乙女』のみなさんはお先に温泉入って構いませんからね」


「込み入った事情がありそうだね。お言葉に甘えておくよ」


「バニア、湯に浸かって待っていますわ」


 チーム『薔薇乙女』の面々は先に浴場へと向かった。

 私達は話し合いだ。脱衣所の隅に3人で集まる。

 うーん、ずっと裸だから寒くなってきたや。


「さあカオス、言いなさい。アンタの秘密」


 密談だから他の客に聞かれないよう小声で話している。

 やはり言いたくないのかカオスは「いやー」とか「あのー」とか「そのー」とか言っていた。言いたくないのは分かる。だけど、事情は知らないけど、もう白状するしかない状況だと思う。


「アンタが言わないなら私が言うよ? この事実はいつまでも隠していいものじゃないからね。特にアンタの言動や性格の場合言った方がいい。後でバレるより今話した方が絶対いい」


「……で、でも、白状したらバニア達との関係が変わっちゃうわけで」


「バニアちゃん、こいつの中身は男なの」


「そうそう男……おいいいいい! 言うなってのお!」


 ……男? 誰が?

 私の聞き間違いかな。それとも冗談かな。

 カオスの焦り具合が演技とは思えないけど。


「今、カオスが男の人だって言ったの?」


「言ったわよ。本人も肯定した」


「またまたー」


 さすがに嘘でしょ。嘘だと、思う。

 場が静かだなー。ちょっと静かすぎないかなー。ドッキリ大成功みたいな流れを持っているんだけど、全然そんな雰囲気じゃない。2人共黙ってないで何か言ってよ。


 改めてカオスを見つめてみる。

 頭から足先まで見てもやっぱり女の子にしか見えない。

 あーいや、中身が男なわけで体は女なんだよね。じゃあ何も問題ないか。


 気になったから「えいっ」とカオスに手を伸ばす。

 成長途中っぽい小さな胸に触ると「ひゃわう!?」と彼女が悲鳴を上げる。そこから手を滑らせてお腹、さらに下の場所を撫でた。


「ば、ばばばばば!?」


「バニアちゃん何やってんの!? 手が穢れるわよ!」


「何でだよ! 穢れねえよ! めっちゃ綺麗だわ!」


 やっぱり女の子の体だ。

 実際に見たことはないけれど、男は股の間に棒が生えているってママが言っていた。触れば女との違いがすぐに分かるらしい。ママには気軽に触っちゃダメって言われているけど、今は許してほしい。


「生えてない」


「バニアちゃん、生えていたらカオスを男湯に行かせているからね。女湯いるのに生えていたら大問題だからね」


 おかしいな。体が男の子じゃない。

 ……いや、女の子の体でいいんだった。

 ついさっき同じことを考えた気がする。

 そろそろ混乱した頭が落ち着いてきたか。

 混乱していたせいか変なことしちゃったかもしれない。


「体は女の子、心は男の子ってことだよね?」


「ついにバレちまったあ。合法的に女湯へ入れる体になったのにい」


「と、まあこんな感じ。これを踏まえてバニアちゃんはカオスをどう思う? まだチームの仲間としてやっていけそう? 同じ温泉に入れそう? 私はこいつがいたままでも構わないけどバニアちゃんはどうかな」


「……うん。大丈夫」


「本当? 無理していない?」


「うん。無理なんてしない」


 例え心が男でもカオスがカオスであることに変わりない。

 強くて、自信家で、ちょっとエッチで、女好きなことは今まで関わってきた中で分かっている。今さら心が男だったと言われても、築いてきた関係は壊れない。そりゃあ驚いたけど驚いただけだ。カオスのことを蔑んだりはしない。


 心と体の性別が違う人間はトランスジェンダーと言う。

 今の時代でも珍しいけど他にいないわけでもない。エルバニアで生活していたら数人見たことがある。無精髭を生やした男の人がワンピースを着て歩いていたんだよねえ。その人が女湯に入ろうとして警備員に捕まるのを少し前に見た。……あれは本当にトランスジェンダーだったんだろうか。


 トランスジェンダーを差別する人間はいるだろうけど私はしないもんね。

 生前ママが『差別は悪いことだ』って言っていたから絶対しない。


「……マジで今まで通りに接してくれんのかよ。オレは、バニアが思っているほど善人じゃねえぞ。バニア達を性的に見ていたし、頭の中は欲望塗れのゲス野郎だ。正直クソガキって言われても言い返せねえよ。持ちドラには逃げられてチームに迷惑掛けるしな」


「うん、知ってる」


「……否定してくんねえのかよ」


「え? 本当のこと言っていたし否定するところなかったよ。それと、私はカオスが善人だと思ったからチームに誘ったんじゃないからね。一緒にいて楽しかったから誘ったし、今もチームを組んでいるの」


 カオスに悪い部分は多いけど、ちゃんと良いところもあると知っている。

 適切に表すなら小悪党……いや、それじゃ悪人だ。

 まあ、何ていうか、バカなんだよね。

 うんそうだ、適切に表すなら〈おバカさん〉だね。悪い人間じゃないよ。


「なあマジで? マジで否定してくんねえの? オレ自分で言ってて言いすぎたと思ったのに。せめてゲス野郎の部分は否定してほしかったんだけど。なあなあ、もう少し考えろよ。」


 必死なカオスを見てタキガワさんが笑う。

 カオスは「笑ってんじゃねええ!」と怒るけど、お腹を抱えて笑い続けている。笑い声を聞いていたら私も笑えてきた。


「あーもう、温泉行くぞ温泉!」


 はっはっはっはっはああ、あー待って待って!

 大きな歩幅でカオスが温泉へと向かうので、私とタキガワさんは追いかけた。



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