43 暑い日は熱中症に気を付けよう
気温は高く、乾いた空気が熱い。
どこからか硫黄の匂いが漂う。
「ザっンカっコウウウウ!」
ついに来ましたザンカコウ。バニア、初めてのザンカコウ。
ただでさえ大きな山に距離が近いからもっと大きく見える。付近にある山は全て火山らしい。噴火でもしたら町も国も焼き尽くされるよね。私は住みたくないな。
暑さに強いわけじゃないけど私は元気だ。カオスは「あちー」と言いながらふらふら揺れて、今にも倒れそうになっている。全員大量に汗を掻いているけど彼女の汗は私の2倍以上。水分補給しないと本当に倒れるかも。
「あちー、あちー、誰だよこんな暑い所に行こうって言ったのは」
「アンタでしょうが中学生」
「気温何度だよチクショウ……」
「さあねえ、40度は超えているんじゃないの」
空気が熱いし確かにそれくらいあるかも。
火山の近くだから暑いの当たり前なんだけど、天気が快晴だからさらに暑い。こんなに暑いのにタキガワさんは全然平気そうだ。
……そういえばあの日、タキガワさんとカオスは何を話したんだろう。
大浴場でミレイユ達に相談した日。二人は真面目な顔でサウナ部屋に入っていったから、おそらく話というのはその時にしているはず。他に怪しい時間はないしまず間違いない。問題は内容だ。
サウナ部屋に隠れる所はないから入ったら即バレて、二人がしたい話を止めちゃうと考えた。扉に耳を付けてみたけど話し声は微かなもので単語一つ聞き取れない。諦めた私は、近くで売っていた牛乳を飲みながら待った。
その後、何を話したのか訊いても二人は一切答えてくれない。
話をしてからタキガワさんのカオスに対する態度が悪くなった気がするし……むむむ、気になる。今更だけどすっごく気になる。今考えるべき内容じゃないのに、暑さのせいか思考がおかしい。
「お前、何で平気なんだよ。暑くねえのかよ」
「ふっふっふ。忘れたの? 私のジョブはマジックナイト、魔法も使える剣士。魔法ってのは便利よねえ、自分がエアコンになった気分だわ。それっ〈フリーズ〉!」
タキガワさんがカオスの首目掛けて氷魔法を放つ。
冷気をぶつけられたカオスは「ひょわう!?」と飛び跳ねた。
普段より高い声を出した彼女は、着地すると身を震わせる。
「いきなり何すんだよ冷てえな! でもありがとう!」
「それっ、バニアちゃんにも〈フリーズ〉!」
冷気が当てられて「ひゃっ!」という声が思わず出る。
首にくらった結果、やっぱり威力は調整していると分かった。
いくら初級の氷魔法といっても攻撃魔法。加減しなかったら首が凍っちゃう。
「と、まあ、私はこんな感じで快適に過ごせるわけ」
「ずりぃなマジックナイト。あーあ、こんなことになるならオレも魔法使えるジョブにすりゃよかったぜ。……いや魔法なんて使いこなせねえか。やっぱり戦闘はシンプルに殴る1択だ」
カオスのジョブはゴッドハンド。
物理攻撃しか出来ないけど攻撃力はとても強い。討伐依頼をやっている際に見たけど、スキル〈ゴッドハンド〉は恐ろしい威力だった。体が岩のライトゴーレムがペラッペラの紙みたいに潰れちゃったんだから。
「まあタキガワが冷やしてくれんならザンカコウもへっちゃらだな」
おー確かにそうだ。涼めるならありがたい。
「え、嫌だけど。全員にずっとやっていたら魔法力が保たないし」
「テメエまさか1人で快適に過ごすつもりか!?」
「まさか。バニアちゃんを熱中症で倒れさせるわけにいかないじゃない。私とバニアちゃんは〈フリーズ〉で涼ませてもらうわ」
「このやろ! ざけんな!」
……ごめんねカオス。私だけ涼んで。
そっちが倒れそうなら代わってあげるから許してね。タキガワさんと話していたら元気になってるし、吸血鬼でも意外と暑いの大丈夫なんだね。さっきまで辛そうだったのが嘘みたいだよ。
「オレだけ除け者にしやがっ……ああ暑いいいいい」
急に戻った。
さっきまで普段通りだったのに、叫ぶ途中でゾンビみたいになった。
さすがにこの状態を放置するわけにはいかない。
「タキガワさん、私はいいからカオスに氷魔法を使ってあげてよ。このままじゃ干からびちゃう。干からびたカオスなんて私見たくないよ」
「ゾンビみたいね。ま、バニアちゃんがいいなら使ってあげようかな。でもバニアちゃんが辛そうだったら〈フリーズ〉かけてあげるからね。いざとなれば私に使う予定の魔力を使うからさ」
「大丈夫大丈夫、私は元気だもん」
うーん、でもカオスがこの有様じゃ不安だな。
これから『薔薇乙女』と合流して依頼を手伝う予定だったけど、彼女が不調じゃ戦力ダウンだし足手纏いになりかねない。受けるのはBランクの依頼だから私は実力不足。元々『薔薇乙女』だけで達成出来ると踏んだ依頼、私達が足を引っ張って失敗させるわけにはいかない。
「ん、何か聞こえねえか?」
カオスの言う通り遠くから何か聞こえる。
これは声だ。知っている声、ミレイユの声。
「バニアあああああああ!」
ミレイユ達がドラゴンに乗って飛んで来た。
バンライと『薔薇乙女』リーダーのマヤさんも一緒だ。あ、知らない人もいる。そうだ確か『薔薇乙女』は4人チームだったはず、私が会ったことない人がいるんだもんね。
ドラゴン4体が着地して女性4人が颯爽と降りる。
集合時間ぴったりだね。少し早めに来れて良かった。
「時間より早く到着したのですね。待たせましたか」
ミレイユとバンライがすぐに私のところに来る。
「待ってないよ。今着いたところだから」
「そうですか、では丁度良かったようですわね。……カオスは大丈夫なのですか? その、かなりバテバテのようですが」
大丈夫じゃないよ。バッテバテなんだから。
カオスはゆらゆら体を揺らしながら、女の子にしては低音で「うヴァああ」と呟いている。もはやゾンビの呻き声だ。
「あらら、暑さでやられちゃったかな?」
新たに1人、私の前に歩いて来る。
猫耳と尻尾が生えていて、細い髭が頬から3対6本伸びている女の人。猫タイプの獣人にして『薔薇乙女』リーダーのマヤさんだ。
「えーゴホン、もう顔見知りだけど一応リーダーとして挨拶を。チーム『薔薇乙女』リーダー、マヤだよ。今日は依頼を手伝ってくれることに感謝します。よろしくね、チーム『のんぷれいやー』の皆さん」
「あ、えと、チーム『のんぷれいやー』リーダーのバニアです! こちらこそ今日はよろしくお願いします!」
手を差し出されたからマヤさんの手を握る。
リーダー、リーダーかあ。良い響きだなあ。前は自分でやりたかったわけじゃないのに、いつの間にかリーダーであることを誇りに思っている。
「――へえ、その子が例の子?」
また新たに人が……というか『薔薇乙女』全員が私の前に来ちゃったよ。横1列に並んじゃってるよ。
今日初めて顔を合わせる人が1人。
茶髪ポニーテールの女性で、下半身は――馬。
人間と馬の体を併せ持つ種族、ケンタウロス。
世界全体で見ても100人かそこらしかいないとされている。非常に珍しい種族だから見たのは初めてだ。上半身だけとはいえ人型と呼べなくもないし、区別するほどの数もいないからどこの国でも人間扱いが義務付けられている。
下半身の馬の部分だけで私より身長高いな。上半身を合わせたら私の3倍くらいか。顔を見ようとすると私が見上げなきゃいけない。傍で見上げたら大きな胸で顔が見えなくなりそう。
ミレイユやバンライから名前や活躍は聞いている。確か、名前はテリーヌさんだっけ。
弓と矢筒を背負っているから弓使いだね。
弓については練習中だから技術を見て盗ませてもらおう。
「ウチのミレイユとバンライが世話になったようだね。アタシはテリーヌ、種族は見ての通りケンタウロス。武器は弓を使う。よろしく頼むよバニア……と、カオスにタキガワ」
「今日はよろしくお願いしますテリーヌさん!」
「よろしくお願いします。ほら、カオスアンタも――」
「美しいお姉さん方、今日はあなた達との出会いに感謝を。デートというには物足りないですが共にモンスターを倒しましょう」
「アンタ実は暑いの大丈夫なんでしょ! そうなんでしょ!?」
うん、私もそんな気がしてきた。
本当に辛い時っていうのはどう頑張っても辛いまま。カオスが度々「あちー」と言うのは彼女の根性が足りないからだ。実際は耐えられる暑さなのに心が屈している状態。きっと彼女が女好きだからこそ新たな女性を目にして心も元気になったんだと思う。
……バカみたいな元気の出方だなあ。




