39 メタルバードの雛
うーん、どうしてそんな表情するのか分かんないな。
可愛いって言われたら嬉しいよね。
私、変なことを言ったつもりないんだけど。
「ん?」
カオスが急に目を丸くして遠くを見始めた。
「おい、あの木の下に何かいねえか?」
私は「木の下?」と呟いて、カオスが指す方向にある木を眺める。
ここからは300メートルくらい離れているしよく見えないなあ。米粒程度の大きさの物体が動いているような……動いていないような。
「何かって何よ」
「遠くて分かんねえんだよ」
「近くに行ってみよう。何か分かるかも」
草原に生えた大きな木の1本へ私達は近付いていく。
王都エルバニアから若干離れたこの小さな孤島は、見た限り大きな木がほとんど生えていない。誰も手入れしていないと思うんだけど意外と切り株は多いんだよね。誰かが住んでいるような建物はないのに不思議だ。
木の近くには小さなメタルバードがいた。
元から小鳥サイズなのにもっと小さい。これは赤ちゃんかも。
私は以前住んでいた森で動物と仲良くしていて、出産や子育てを見たことがある。このメタルバードを見たらその時に見た動物の赤ちゃんを思い出した。
モンスターも赤ちゃんを生むなんて知らなかったな。メタルバードが元から可愛いっていうのもあるけど赤ちゃんは特に可愛い。連れて帰りたい。クリスタから降りて間近で見てみると可愛さ倍増。
「わあ可愛い~」
「本当に可愛いわねえ。メタルバードの雛かしら」
「ふーん。ぶっ殺そうぜ」
カオスの頭頂部をタキガワさんが叩く。
「人の心がないのかアンタは! 可哀想でしょうが!」
「ンだよー、散々ぶっ殺そうとしていたくせに。こんな雛でも経験値多いかもしんねえだろー」
確かに私達はメタルバードの命を奪おうとしていた。いや、実際レベルアップのために2体殺している。こんな雛でも経験値は多いんだろうね。だからってさすがに雛を殺すのは良くない気がする。
……うん、良くない。
まだ雛だからじゃなくて、レベルアップのためだけにモンスターを殺すのは良くないよね。人に害を与えているモンスターならともかく、メタルバードはこの孤島で静かに暮らしているだけだ。むやみに殺しちゃダメだと思う。
大量の経験値が貰えるからという理由だけで追いかけて、嬉々として殺した過去は消せない。今考えるとさっきまでの私はどうかしていた。ゴマを倒すために強くなりたい気持ちがあったとはいえ、欲に支配されすぎていた。
「見逃そうよカオス。レベル上げはもういいよ」
「えー、まだ上げた方がいいぜ。この雛なら飛べねえみてえだし倒しやすいだろ。やろうぜレベル上げ。さっさとやらねえとメタル系は逃げちまうしよ」
「いーいーの! もう終わり!」
私は間違っていた。
レベルは、強くなるための経験は一気に取得するものじゃない。強くなりたいなら地道にコツコツと努力した方がいい。ステータスの数値だけ高くても戦闘技術が足りないなら意味ないからね。
「この雛、どうして1体なのかしら」
「そうだね。どうしてだろう?」
メタルバードは基本的に群れで動く。
集団で飛ぶ様は一種の芸術のように見えるんだよね。途轍もない速さで飛んでいるから衝突事故とか起こさないか心配になってくる。もちろん追いかけ回していた時は心配なんてしていなかったけど。
辺りを見回してみたけど近辺にメタルバードはいない。
雛だから1体ってわけじゃないはず。まだ飛べもしない赤ちゃんメタルバードを1体残したら、私達みたいに討伐目的の人間が来た時に危なすぎる。
この子を置いて親がどこかへ行ったにしても、子供の安全を確保できたと思ったからじゃないかな。草原だから草が生えているとはいえ身を隠すには草が短い。子供に身を隠させるならもっと安全なところでしょ。
森で仲良くしていた鳥は木の上に巣を作っていたな。
……木の上に巣……巣、巣か。
メタルバードは見た目が鳥だし巣を作ったのかもしれない。
木の上なら葉に覆われているおかげで見えづらい。モンスターだから巣なんて作らないと思い込んでいたけど、ありえそうだ。
木を見上げてみると――枝の上に巣があった。
紛うことなき鳥の巣。小枝を組んで作られたそれからは、3体のメタルバードの雛が顔を出している。どうやら地面にいた子は巣から落ちちゃったみたいだね。
「木に巣が作られているみたい。戻してあげようよ」
「あら本当。この雛は巣から落ちたわけか」
「ならオレが戻しといてやるよ」
「ダメよ。アンタに任せたら経験値にされかねないわ」
タキガワさんの言う通りカオスに任せるのは怖い。
「私が届けるね。大丈夫、殺したりしないから」
高い場所にある巣だから私1人じゃ届かないな。
木登りは……やったことないから危なそう。数年前に木登りしようと思った時、ママが危ないって言ったから結局やらなかったんだよねえ。
メタルバードの雛を優しく持ち上げてから、頼りになる相棒に助けを求めることにした。
「クリスター、乗せてー」
呼び掛けに応じてクリスタが座り込んでくれたので、まずは背中に飛び乗る。レベルとステータスが上がったおかげで楽に乗れるようになったな。
背中に乗った後、体に生えている水晶を掴んでバランスを取りながら頭部に移動。うん、肌が滑らかだから気を付けないと落ちそう。凄く危ない。
「気を付けてねバニアちゃん。もし落ちたら私が受け止めてあげるから。……むしろ1回は落ちてください合法的に美少女と触れ合えるチャンスなんです」
なんかタキガワさんがぶつぶつ言っているような。
え、何、呪文? 幸運でも祈ってくれているとか?
「わざわざ頭に乗らなくても飛べばいいだろ」
「バカね。小型ならともかく中型以上のドラゴンが飛ぼうとしたら、翼の風圧で巣も吹き飛んじゃうかもしれないでしょうが。さすがバニアちゃんは賢いわ」
……そこまで考えていなかった。買い被りだ。
私、単純にクリスタの頭に乗ったら届きそうだなとしか思っていなかった。でも思い付かなくてよかったな。
クリスタに頭を上げてもらって、メタルバードの雛を巣に近付ける。意外に大人しかった雛は自分で歩いて戻ってくれた。巣で合流した4体は身を寄せ合って喜び合っている。
ふふふ、可愛いなあ。
ごめんね。あなた達の仲間の命を奪っちゃって。
「――ぎょえええええええええええ!?」
何今の声!? タキガワさんの声だよね!?
うわっ、驚いてバランス崩れる!
いったたた……地面に落ちちゃった。
骨が曲がったわけでも折れたわけでもないから軽傷かな。
それよりもさっきのタキガワさんの声だよ。
女の子が出していい声じゃないっていうか、人間が出せる声じゃなかった気がする。まるでドラゴンの咆哮だったよ。いったい何が……。
「え、ど、ドラゴン?」
起き上がって前を見てみると1体のドラゴンが目前にいた。
銀色のキラキラした体で、棘のような銀の鱗が生えている。初めて見るドラゴンだ。




