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33 命拾い


「ゴマ……」


 ケリオスさんを私の目の前で殺してみせた憎い相手。

 忘れたことなんて1度もない。記憶にはっきりと、ついさっき起きたかのように焼きついている。


 ロックドラゴンの傍に居るゴマを見てから胸が熱い。

 恋を自覚した時よりも遥かに、煮え滾るように熱い。


「ほっほっほ、私のことを憶えていますか?」


「……忘れないよ。たぶん一生」


「ほう、ならば死ぬまで憶えていてくださいね。あなたは私の大事な役者なのだから」


 役者、か。前に言っていたろーるぷれいってやつかな。本気でそう思っているのならムカつく。私自身の意思を無視して、自分に都合のいい存在だと思う傲慢な思考に苛つく。

 私はゴマの玩具じゃない。私は役者なんかじゃない。


「バニアちゃん、あの趣味悪そうな奴とは知り合い?」


 ゴマを睨んでいるとタキガワさんに質問された。

 そうだ、タキガワさんも無関係じゃない。カオスは接点がないだろうけど、タキガワさんはケリオスさんの友達。彼を殺した相手くらい教えておくべきか……。


「知り合いだよ。ケリオスさんを、殺した相手」


「……あいつを? そう、つまり、仇ってわけね」


「つまりすごく悪い奴ってことだな!」


 平常運転のカオスと違ってタキガワさんの雰囲気が怖くなる。当たり前だよね、友達を殺されたら誰だって怒るもん。


「ロックドラゴン! そのドラゴニュートは悪い人なの、付いて行くのは止めて!」


「止めんぞ。リュウグウ王国には吾輩と同じようにもう人間と関わりたくない、愛想を尽かしたドラゴンが集まるらしい。吾輩にとって、この山よりも居心地が良いだろう」


 ダメか。本当に悪い人なのかロックドラゴンに証明出来ないし、この山を出て行く意思は固いみたいだし。


「〈アナライズ〉。はっ? 何よアレ……」


 何かのスキルを使ったタキガワさんの目が丸くなる。


「面倒だ、あいつをぶっ飛ばせば解決だろ! 行けブラド!」

「ちょっと待ちなさい! 無暗に突っ込んでも勝機ゼロよ! アレは化け物、アンタ死んじゃうって聞けや人の話いいいい!」


 カオスがゴマへ一直線に向かって行く。

 タキガワさんの忠告でも止まらない。ブラッドドラゴンのブラドが全速力で突進していく。


 ――地面が爆発した。


 何も見えなかった。2人の距離が近付いたと思ったら、いきなり私の10メートルくらい横が爆ぜた。思わず目を瞑った私が真横を見ると土煙が広がっていた。

 土煙が晴れるとようやく何が起こったのか理解する。


 大きなクレーターの中心で倒れているカオスとブラド。そして、カオスのお腹には風穴が空いていて、今にも下半身が千切れそうだと思えるくらいの大怪我を負っている。


「カオス!」

「ああもうだから言ったのに! てかグロ!?」


 これじゃあケリオスさんの時と同じになっちゃう。

 死んじゃう、カオスが死んじゃうよ……。


 私は彼女との付き合いが短い。今日会ったばっかりだけど、それでも死んでほしくない。もう友達をゴマに奪われたくないのに私は何も出来ない。


 私、まだ無力なままだ……。

 ギルドメンバーになって、1人でモンスターを倒してちょっとは成長した気でいたけどまだまだだ。今の私じゃ何も守ることが出来ていないじゃん。


「ここまでグロいと現実味なくて助かるわ。全く世話が焼ける。〈ステータス〉、〈アイテムボックス〉、そんで使うわよ〈エリクサー〉! アンタこれ使って治らなかったら蹴っ飛ばすかんね!」


 カオスに駆け寄ったタキガワさんが空中に何かを出現させた。

 赤い液体の入った小瓶だ。血みたいに赤いけど鮮やかで、キラキラ輝いている綺麗な液体。どこか神聖さを感じられる。


 見たことない液体が入った小瓶をタキガワさんが「治りなさい!」と叫びながら投げて、割れた小瓶から赤い液体がカオスの傷口に広がっていく。


 ――奇跡が展開された。


 お腹に空いている風穴がみるみる塞がっていく。

 凄い……瀕死の大怪我が完全に消えた。数秒で完治した。


「さ、サンキュー、死ぬかと思った……」


 カオスが普通に喋っている。良かった、また奪われずに済んだ。これは全部タキガワさんのおかげだよ。

 ありがとうタキガワさん、本当にありがとう。

 助かったのが嬉しかった私は、泣きながらカオスの名前を呼んで抱きつく。


「何だあバニア……オレが恋しくなっちまったのか……」


「死んじゃうかと思った! 死んじゃうかと思ったの!」


「まったく、1個しか持っていない〈エリクサー〉を使った私に感謝しなさいよ。再生能力がある自分の種族と、傷が塞がった幸運にもね」


 初めて会った時にロックドラゴンが、カオスのことを吸血鬼だって言っていたっけ。本人から聞いていないけど間違いない。彼女は吸血鬼だ。


 個体差はあるが吸血鬼には再生能力がある。多少の怪我ならすぐに治るって本で読んだことがある。さっきの大怪我は絶対に治らないと思っていたけれど……どういうものか知らないけど〈エリクサー〉ってアイテムは凄いや。


 ……はっ! カオスも大事だけど今はゴマに集中しないと!


「……まさか〈エリクサー〉を持っていたとはね。それに〈アイテムボックス〉とは……あなたもプレイヤーというわけですか」


「アンタもプレイヤー……?」


「残念ですよ。バニアも、あなたも、退場するには早いのに殺さなくてはならないのですから」


 カオスが完治しても絶望的な状況は変わらない。

 たぶん私より強い彼女が一瞬でやられたんだ、今の私達じゃ絶対に勝てない。人間の命や持ちドラとの繋がりを奪おうとするゴマは許せないけど、今は逃げることを考えないといけないのかな。


「〈マグマボール〉」


 ゴマが魔法の名前を呟いたのが聞こえた。

 本当に残念に思っているのか目が悲しそうに見える。そんな顔、ケリオスさんを殺した時は見せなかったくせに……どうして私なんかを特別視するの。


 そんな顔をするくらいならやめてよ。

 もう……私から何も奪わないでよ。


「――ゴマとか言ったな。まあ待て、その娘共を殺すな」


 絶体絶命の状況のなかロックドラゴンの声がした。

 命令のような言葉にゴマが〈マグマボール〉を小さくさせて、最終的には大きかった火球が消滅する。


「庇うのですか? 人間などどうでもよいのでしょう?」


「バニアと言ったか……その娘は吾輩を心から気にかけてくれた。自分に利がないのに生贄問題を解決した。今時珍しい人間だ、殺すのは止めろ」


「……ほう。彼女のことが気に入ったようですね。……ならばよいでしょう。命拾いしましたねバニア。その幸運、どこまで続くか見物ですねえ。クリスタルドラゴンと共に精々長生きすることです。……いつか私に殺されるその日まで、ね」


 そう告げたゴマは去っていき、ロックドラゴンも付いて行く。

 別れの挨拶とかもなかったな。助けてくれたことを感謝したかったのに、あっという間に見えなくなっちゃったから言えなかった。


 早めに依頼達成するつもりで受けたのに大変な1日だったな……。新しい友達は出来たけど、ロックドラゴンとは友達になれなかったか。

 とにかく今日は休んで、明日バンライさんのお見舞いへ行こう。


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