32 お久し振り
少し打ち解けた私達3人はイエ村近くの山へ向かう。
山頂まで登る……というより飛ぶ。1度目に訪れた時と同じだ。
私はクリスタルドラゴンのクリスタ、カオスはブラッドドラゴンのブラドに乗って飛んでいる。1度目と違うのはタキガワさんが居ることだね。
彼女が乗りこなしているのはクイックドラゴンのクィル。
クイックドラゴンはエルバニアの王都で何度か見たことがある。メジャーとまでは行かずとも、郵便屋さんが乗る姿は見た。とても速く飛べるらしい。今はスピードを私達に合わせてくれているのかな。
カオスの持ちドラ、ブラッドドラゴンは見たことがないかもなあ。クリスタルドラゴン同様、エルバニア領内には生息していないのかもしれない。どこで契約したんだろう。
「おい、3人で誰が1番早く山頂に着くか競争しようぜ!」
言い出したのは当然カオスだ。
こんな子供みたいな勝負をする言い出すのは彼女だけだし。ふふん、私は大人のレディーだし? そんな子供っぽいことしないけど? まあ、ちょっと楽しそうだから……いやいや、無視したらカオスが可哀想だしやってもいいけど。
「上等じゃない。私のクィルに勝てると思ってんのかしら」
意外と乗るんだねタキガワさん。
これはもうレースをやる空気だし私もやってあげよう。カオスのために付き合ってあげるよ……カオスのためにね! 私がやりたいわけじゃないんだからね!
「クリスタ! 1番目指して行っけえ!」
「あ、ずりぃなおい!」
「ちょっ、待ってバニアちゃん一緒に行こうよお!」
先手必勝。私から優勝は奪わせないよ。
ふっふっふーん、勝負の世界は非常なのだ。
山頂まで残り200メートル弱。2人が追いつかないまま私が1番でゴールしちゃえるよこれは。優勝だよ優勝。
「追いついたよバニアちゃん。一緒に飛ぼうね」
……あれ、いつの間にかタキガワさんが隣に居る。
クリスタのスピードに付いてきたっていうの!? クイックドラゴンのクィル、恐ろしい子……! スピードだけはクリスタよりも凄いって認めないとね。
カオスはどうかな……うん、彼女は離れたままだった。
よし、もうすぐ山頂。ラストスパートをかける。
クィルは引き離せないけど構わない。全力を出した結果なら私は受け入れる。山頂までほんの数メートル、飛ばして行くよクリスタ。
それから間もなく決着がついた。
「1番だあ! クリスタが1番だあ!」
嬉しくてつい両手を上げてしまった。
クリスタの背に生えている水晶から両手を離したことで、バランスが崩れて危うく落ちそうになる。咄嗟に水晶を掴み直したから助かったけど……。
「やったあ嬉しいねバニアちゃん!」
「……ちくしょう、勝てるはずだったのに」
どうしてタキガワさんが喜ぶのかは謎だ。
クィルが全力出していたら負けていたよ。さすがはクイックドラゴンだ、タキガワさんが真剣勝負をしていなくて良かったあ。……いや良くない。真剣にやってくれないと勝っても気分が良くない。嬉しさが嘘のように消えていく。
「……何をやっているんだ貴様等は」
山頂に居たロックドラゴンが呆れたように呟く。
本当に何をやっているんだろうね私は。もう子供じゃないのにさ。
「ひぇ、私、こんなのに食われようとしていたの……」
外見の迫力にタキガワさんが恐れをなしている。
そうだ、ここに来た目的はレースで1番になることじゃなかった。早くロックドラゴンにイエ村の状態を伝えてあげないと。
「あの、さっきイエ村の村長さんに話して、もう生贄を出さないようにしてもらいました。これであまり迷惑にならないと思います」
「そうか……だがすまないな。吾輩はこの場所を離れることにした。村の防衛は自分達でやれと伝えるがいい」
「えっ、ど、どうしてですか!?」
それはイエ村の人達が困る。自分達でモンスターから村を守れるなら、最初からロックドラゴンに頼っていないもん。今更自分達で守れなんて無理に決まっている。
「改めて考えると、わざわざ守る意味がないことに気付いたのだ。モンスターの処理も面倒なので吾輩は遠くへ引っ越す」
意味がない……。面倒……。
酷いとは言えないか。ロックドラゴンにとっては迷惑な話だったんだ。そりゃそうだよね、縁もゆかりも無い村だもんね。メリットだって何もない。人間があまり好きじゃないロックドラゴンが、今まで守ってくれていたのが奇跡だったのかな。
「……行き先は決まっているんですか?」
「ああ。先程話がついたところだ、吾輩はリュウグウへと向かう。エルバニアからは遥かに離れた国だ」
「――そう、私と一緒にね」
聞き覚えのある声が聞こえた。
ロックドラゴンの後ろから浮かんできた男の顔は忘れない。黒いローブを着ている痩せた彼の背には、黒い翼が2対生えている。彼はドラゴニュート。いつかまた会うとは思っていたけど、こんな場所で再開するなんて……。
「お久しぶりですねえ、バニア」
そうだよ、忘れもしない顔と声。
不気味に笑っている彼の名前は――ゴマ。




