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31 呼び方


 話してみればタキガワさんの説得は無事終わった。

 彼女と話をして色々と分かったのは大きな収穫だ。彼女もケリオスさんと同じくぷれいやーだったから、ぷれいやーって人達の事情を知れた。信じ難い話だったけど嘘は言っていないと思う。


 この世界が作り物で、そこに生きる私達も作り物。

 彼女の話ではそういうことになっている。だけどケリオスさんは私をえぬぴーしーじゃないと言っていた。


 たぶん彼女は誤解しているところがある。

 何を誤解しているのか詳細は分からないけど、私やこの世界ドラゴロアが作り物って点は違うと断言出来る。おそらく彼女の言うげえむとやらの世界に限りなく近い世界……それが私達のいる世界なんだと思う。


「ねえバニアちゃん」


 バニアちゃん……?

 急にちゃん付けしてどうしたんだろう。

 驚きで黙っていたらタキガワさんがオロオロし始めた。不安そうな表情で見つめてくる。


「あ、ご、ごめんね嫌だったよね。急にちゃん付けなんて馴れ馴れしいっていうか」


「いえ、距離が縮まったみたいで嬉しいです」


「ほんと? じゃあこれからバニアちゃんって呼ばせてもらうね。あと私には敬語遣わなくていいからね」


「いいんですか? 歳上の人には敬語を使うようにってママに教えられたんですけど」


「いいのいいの! 色々話したいこともあるし、敬語なんて面倒でしょ。……それに、私なんかよりバニアちゃんの方が大人っぽいし。歳下と話している感じが全くしないよ」


 大人っぽい……褒められた、嬉しいな。

 敬語を遣うのは別に面倒じゃないけどね。やっぱり普段通りの喋り方が個人的にしっくりくるしありがたいんだけども。


「あいつ、拓斗……じゃなくてケリオスの代わりに私がバニアちゃんの傍に居るよ。もちろん嫌なら遠くから見守るけどさ。友達……になってくれないかな」


「全然構いま……構わないよタキガワさん」


「さん付けはなくならないんだ……」


 呼び捨てはまだちょっと厳しいな。

 大きい人にはどうも敬語なしだと話しづらい。私の頭が彼女の肩付近だ、身長差がかなりある。彼女は年齢が私より上だろうし今は名前以外を通常に戻すだけで精一杯。


「でもタキガワさんはケリオスさんの代わりじゃないよ。人が誰かの代わりになることは出来ない。タキガワさんはタキガワさんとして傍に居てくださ……居て、ね」


「ごめん、私が悪かった。敬語に戻していいよ」


「まだ慣れていないだけです!」


 敬語がない方が親しそうだから好きだけどね、すぐになくそうとしてもうまくいかないんだよ。あと少しでスムーズに喋れそうだからこのまま敬語なしでいこう。


「……本当に一緒に居ていいの? 私、結構面倒臭いよ」


「いーいーの! 友達になれるならなろうよ!」


「バニアちゃん……」


 突然タキガワさんに抱きつかれた。ビックリしたなあもう。

 彼女の表情は一瞬しか見えなかった。涙を目に浮かべながら笑っていた気がする。友達になれたことが嬉しいのかもしれない。かなり酷い言葉を浴びせられたし、浴びせた側の彼女は不安でいっぱいだったんじゃないかな。


 友達になれなかったらどうしよう。

 嫌われていたらどうしよう。

 誰しもそんなことを1度は考えたことがあるはず。


「……ありがとう。私が立ち直れたの、バニアちゃんのおかげだよ。生きる希望を教えてくれてありがとう。本当の本当にありがとうね」


 黙って感謝を受け入れておく。

 困っている人がいるなら助けた方がいいんだし、お礼なんて言わなくてよかったのに。言われたら嬉しいけどさ。


 抱きつかれたままの体勢でいると「おーい」と声を掛けられた。

 腰まで伸びた銀髪。赤と青のオッドアイ。私と身長が同じくらいの背の低さ。つい今しがた宿屋から出て来たカオスだ。


「さっきはよくも無視してくれやがったなコノヤロー。そいつ結構元気っぽく見えるけど、説得とやらは終わったのかよバニア」


「む、さっきの……自殺しろとか言った奴!」


 タキガワさんが私から離れてカオスに目を向ける。


「アンタは嫌いだなあ。優しいバニアちゃんとは違って冷たいし。アンタ、バニアちゃんの何なの?」


「はっ、そりゃあパートナーってやつよ! なあバニア!」


「私のパートナーはクリスタだよ」


 なんたって持ちドラだし、日頃から一緒にいるしね。

 嬉しかったのかクリスタが近寄って顔を舐めてきた。

 うう、くすぐったい。顔が涎だらけになるう……。


「はっはっはっは! 違うってさ勘違いさん!?」

「うるっせえ! 友達ですらねえやつが調子乗んな!」

「ざんねーん。さっきお友達になりましたー」

「はあ!? 正気かバニア、こんな奴!」


「うん、もう決めたから。私はタキガワさんと友達になる……なれると思っているから。カオスは無理に仲良くしなくてもいいからね」


 無理強いはよくないしカオスは友達にならなくたっていいんだ。ちょっと相性悪そうに見えるし、喧嘩になっても困るもん。私個人としては仲良くしてほしいな。

 強制出来ないけど彼女は「まあ、いいけどよ」と納得してくれた。


「……ねえねえバニアちゃん。私が言うのもなんだけどさ、友達は選んだ方がいいと思うよ?」


 タキガワさんが私の耳に口を近付けて告げる。


「聞こえてんだよテメー」

「私はね、バニアちゃんみたいに可愛いのが好きなの。アンタは短気だし男勝りだし口悪いし、見た目が良くても中身が可愛くないわ」

「んだとお?」


 怒るカオスがタキガワさんへ飛び掛かろうとするのを、私が「落ち着いて落ち着いて!」と必死に止める。

 なんかこういうの良いかも。ミレイユとバンライさんみたいな関係っていうのかな。私達3人でチームを組めたら賑やかになりそう。……せめてカオスとタキガワさんが仲良くなってくれればなあ。


「ねえ、これからロックドラゴンに報告しに行こうよ」


 私の言葉にカオスの動きが止まる。


「あん? 何でだよ、もう全部終わったろ?」


「終わったからだよ。もう生贄は運ばれない、食べる必要はないんだよって教えてあげないと。ロックドラゴンだって迷惑していたんだしさ」


「それもそうか。よし、来い! ブラド!」


 カオスの声に反応したのか空から赤いドラゴンがやって来た。鱗も瞳も全てが真っ赤なドラゴン、カオスの持ちドラだ。

 登場の仕方がカッコいい……。


「ふーん、持ちドラはブラッドドラゴンか。でも何でわざわざ遠くから呼ぶのよ。外で待たせていればよかったじゃない。アンタの言う事聞いてくれないってわけじゃないんでしょう?」


 確かにそうだ。私がクリスタを外に待たせていたのはすぐ乗るためと、持ちドラなんだからなるべく近くに居たい気持ちがあるからだ。わざわざ遠くに行かせてから戻す意味が分からない。


 エルバニアと違ってイエ村にはドラゴン預かり所がない。

 どこかへ預けることが出来ない以上、建物の外で待ってもらうのが普通だと思う。だけど、持ちドラのストレスになっちゃうなら自由にさせるのもアリかもしれない。そういう意味なら納得出来るかな。


「理由か。それはな……カッコいいからに決まってんだろ」


「アンタバカじゃないの?」

「ンだとゴラア!」

「わ、私はカッコいいと思ったよ!」

「おお分かってくれるかバニア!」


 理由が斜め上だったけどカッコいいと思ったのは本心だしね。契約者の声が届いていれば飛んで来るのが持ちドラだけど、改めて考えるとカッコいいもんね。特に空から降りてくるのが最高だよ。


「タキガワさんも持ちドラを呼ぼうよ。山登りは徒歩だと時間が掛かるし、ドラゴンの背中に乗って頂上まで行こう」


「なるほど、呼んで楽にしようかな……とは言ったけど来てくれるかなあ。私、数日間会っていなかったし。今どこに居るのかも分からないし」


「カオスみたいに呼んでみればいいんじゃない?」


「……む。恥ずかしいけど、バニアちゃんが言うならやってみようか」


 タキガワさんは深く息を吸い込む。

 恥ずかしいのかあ……持ちドラを呼ぶために叫ぶの私はやったことあったっけ。あの時は戦闘中だったし、恥ずかしいと思うことはなかったな。


「来なさい! クィル!」


 大声が村中に響く。

 数秒後、空から紺色のドラゴンが物凄いスピードでやって来た。


「……本当に来ちゃった」


 体はクリスタよりも小さい小型。クリスタと違い、1人しか乗れなさそうな幅。頭に鋭い角が2本生えていて、尻尾含めて全体的に細くて尖っている。背中に少しだけ平らな部分があるしきっとそこに乗るんだ。


「ふーん、クイックドラゴンね。結構イカしてんじゃん」


「おっ、分かる? 少しは気が合うところもあるじゃない」


 段々仲良くなっていくのはきっとこんな感じ。

 タキガワさんのカオスに対する態度が僅かに軟化した。いい傾向だよこれは。2人にはこのまま仲良くなってほしい。


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