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タキガワ視点 生きる目的


 私はバニアへ全てを話した。

 ここはゲームの世界、娯楽のために生み出された場所。プレイヤーだけが世界を自由に冒険出来る。


 NPCはこの世界と一緒に作られた存在。殆んどがプレイヤーを補助するためだけの存在。生きてなんかいない、ただのシステム。


 そしてこの世界で私は1人取り残された。これでおしまい。


 彼女が分かりやすいよう工夫することなく、専門用語を容赦なく使って説明した。半ば八つ当たりのように話しちゃったかもしれない。


 全て聞き終わった彼女が狼狽えることはなかった。理解出来ていないからってわけじゃなく、その顔は納得の色が浮かんでいる。

 どうして全て知ったうえでそんな顔が出来んのよアンタは……。

 本当に理解しているなら発狂もんでしょうが。


「……そっか、ようやく分かった。分からないことも増えたけど色々分かった。タキガワさん、教えてくれてありがとうございます」


「何よ、分かったんならもっと動揺しなさいよ。本当に分かったの? ねえ、ちゃんと理解してんの!? アンタは人間じゃない、生きてすらいないってことを!」


「そこらへんはあんまり実感ないですけど……でも、これでケリオスさんやあなたの抱えていた事情を詳しく知れた。私はそれだけで嬉しいんです」


「ケリオス? 今、ケリオスって言った?」


 ……知っている名前が出て少し驚いた。

 ドラゴロアオンラインを勧めてくれた男友達、寒沢拓斗のプレイヤー名がケリオスだったはず。もし、本当に私の知っている彼がバニアと会っているとしたら……私は、私はまだ、1人じゃないのかもしれない。


「ねえ、それってどんな人? 容姿は?」


「ええっと、金髪で青い目のカッコいい男の人でした。とっても強くて……あ! 外に居るんですけどクリスタルドラゴンと契約していました!」


「……見せてくれるかな。クリスタルドラゴン」


 あいつも確かクリスタルドラゴンを持ちドラにしていた。名前も外見も持ちドラも同じなんて偶然なわけがない。嘘じゃないとは思うけど私自身の目で確かめないと。


 バニアに頼むと外へ連れて行ってくれた。

 道中でカオスとかいう煩いのも居たけど今はどうでもいい。口頭で言っていただけだけど本当にクリスタルドラゴンならあいつがいた証拠になる。


 宿屋の外で待っていた青白いドラゴンを見て、嬉しさとか楽しさとか、そういう死んでいた感情が脈動する。


 拓斗が持ちドラとしていたクリスタルドラゴン。

 2人乗りした時、背中に生えた水晶に掴まっていたのは今でも憶えている。

 懐かしいなあ、たまに一緒にプレイして世界を旅していたっけ。


「うん、間違いない。アンタと私が知っているのは同一人物よ。ねえ、ケリオスは今どこに居るの?」


 プレイヤーが他に居ると分かったからかちょっと元気出てきた。自殺する気も今はない。やっぱり同じ境遇の人がいれば心が軽くなる。


「え……あ、それは……その……」

「どうしたのよ。あいつの居場所は? もしかしてこの村に来てたりする? そうよね、持ちドラが居るんだしあいつも居るわよね」


 どうもバニアが煮えきらない態度だ。

 何なのよこの子、いちいちNPCっぽくないわね。何を躊躇っているのか知らないけど早く言いなさいよ。私は早く拓斗に会いたいんだってば。


「……ごめんなさい」

「どうして謝るのよ」


 ……待って。まさか、嘘でしょ。

 涙目になるバニアの表情から悟ってしまう。


「ケリオスさんは、私を庇って」


 やめて、言わないで。




「――死にました」




 言ってほしくなかった。せっかく見つけた希望なのに砕け散るのは早かったわね……。でも、プレイヤーが他に居ることは知れたか。


「ごめんなさい。私の……せいなんです」


「……謝らなくていいわ。守った女の子がそんなんじゃあいつも気にするだろうし。……念のため訊くけど神殿で生き返ったりは?」


「あ、ありえませんよそんなこと! 失われた命はもう2度と戻ってこないんですから! 死者が生き返るなんて物語の中だけです!」


「……じゃあクリスタはどうしてここに」


「色々あって、私の持ちドラになっています」


 ……ああ、そっかあ。


「ここは……現実、か」


 薄々この世界が現実になったと気付いていたのかもしれない。

 なぜかお腹は空いてくるし、負傷すると普段以上の現実のような痛みが襲う。ゲーム内では空腹にならないし痛みもほとんどないのに、今の状態はおかしいと思っていたんだ。


 今思えばロックドラゴンに食べられて即死出来るなんておかしな考えだ。ゲーム内で死んだって神殿で生き返るだけで、どう頑張ったって本当に死ねるわけない。


 ……私は気付きたくなかったんだ。

 ゲームが本当の意味で現実になったなんて事態を認めたくなかったんだ。……でももう認めるしかないよね。


 ゲームの中じゃ持ちドラを譲るなんて出来ない。お腹も空かないし、痛みも激減する。死んだら生き返る。……今は全部真逆。ゲームのシステムは消えて自由度が増した。こんなの認めなくちゃダメじゃん。子供じゃないんだから受け入れなきゃあさあ。


「タキガワさん、死のうとしないでください」


「……もう分かったってば。ロックドラゴンが望んでないからでしょ」


「違います。あなたが望んでいないからです」


 ……真剣な目で何言ってるのこの子。


「はあ? いやいや、話聞いていたよね? 私は死にたいから生贄に立候補したんだってば」


「そうですか? 私は、あなたが怖がっているように見えました。死にたいって気持ちより恐怖が優っていたはずです。だって本当に死にたいなら、直接ロックドラゴンのところに行けばよかったじゃないですか」


「別に問題の先送りが悪いってわけじゃ……」


「死ぬのが怖いってことは、まだ死にたくない、生きたいってことじゃありませんか。タキガワさんは無理に死のうとしていたんですよ」


 ……マジかこの子。

 腑に落ちた。色々、納得しづらいことをほとんど納得出来ちゃった。

 死にたくないってことは生きたいってこと?

 その言動、本当に子供か疑わしくなっちゃうんだけど。


 笑えてくるわ。抑えようとしても我慢出来ない、笑っちゃうでしょこんなの。

 私ってば全部、自分より歳下の女の子に気付かされちゃったんだもん。


「ごめんバニア、私、勘違いしていたみたい。ただただこの世界に居るのが不安になって、怖くなって、生きる目的を失っていただけみたい。向こうの家族とか友達に会えないのはすっごく悲しいけど……死んでいい理由にはならないよね」


 まだ生きられるこの命、捨てるのは酷く勿体ない。

 例えば死後の世界ってものがあるとして、向こうの家族や友達がそこに居たとして、会えないのが寂しいから死にましたなんて言ったら殴られてもおかしくない。ちゃんと胸を張って堂々と言える死に方しないとね。


「なら、ちゃんと生きるのに前向きになれました!?」

「なったなった。何ていうか、心の重りが消えた感じ」


 ……拓斗。アンタが命懸けでバニアを守った理由が分かったよ。

 好きになっちゃったんだよね。バニアのこと、恋愛とかじゃなくて人間として。


 ドラゴロアが現実になった今、私に生きる目的なんか無かったけど作れたよ。拓斗に代わって今度は私がこの純粋で大人びた女の子を命懸けで守る。


 バニアを守って、友達として一緒に笑い合って過ごす。

 それが今の私の生きる目的ってやつだ。目的があるだけで活力が湧いてくる。


 未来を想像しただけで笑みが浮かぶ。

 うへへ……バニアちゃんは可愛いなあ。私に死ぬつもりがなくなったって分かると喜んでいる。嬉しそうに笑っている。本当に良い子だし可愛いし、守りたくなるでしょこの笑顔。

 ……あ、まだ友達じゃないからまず友達にならないと。


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