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30 知りたい


 私とカオスは、イエ村の村長と一緒に宿屋へ向かった。

 従業員に事情を説明してもらって、生贄になることを承諾した人が宿泊している部屋へ案内してもらう。案内し終わった従業員は仕事があるからずっとは付き添っていられない。村長も村の人達への説明があるとかで、私は件の部屋の前でカオスと二人きりに戻った。


 私達は扉を開けて、まだ日が落ちていないのに薄暗い部屋へ突入する。

 窓のカーテンが閉まっているせいで入る陽光が不十分なんだ。そんな薄暗い部屋のベッドに、布団を被った状態で膝を抱えて座り込んでいる女の人がいた。


 炎みたいな色の綺麗な赤の長髪が垂れている。カオス同様恐ろしいほどに整った顔立ちなのに、生気を感じさせない瞳のせいで台無し感がある。

 お姉さんの虚ろな瞳は一応光を映していたらしく、部屋に入った私達を見て「誰?」と呟く。あまりに暗い声だったからカオスが「暗すぎだろ」と感想を零す。


「あの、私はバニアです。こっちはカオス。あなたのお名前は何ですか?」


「……名前? 聞いて、どうするの」


「単純に知りたいだけです。これから話をする時、名前を知らないとちょっと不便かもしれないですし」


「話? そんなのいいから早く生贄に出してよ。私は死にたい、あなた達は助かる。ウィンウィンな関係だから文句ないでしょ」


 ウィンウィンって何だろう。掃除機の音……なわけないよね今関係ないし。この知らない言葉を当然のように話される感じ、なーんか前にもあったような気がする。


「私達はこの村の人間じゃないんです。あなたには残念かもしれませんけど、生贄はもう必要なくなりましたよ。あなたが死ぬ必要なんてないんです」


「……は……は? 何でよ、ドラゴンが食べてくれるんじゃないの!?」


「ロックドラゴンは最初から求めていなかったので」


「知らないわよそんなこと! ああもうどうして……! 何でよお……何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよお。もう嫌、嫌よおお」


 彼女の落ち込みよう、初めて見たはずなのに既視感がある。私、前にも彼女と同じ状態の人に会っている。見ているだけで胸が締めつけられる感じ……この感じ、前にも……。


「そんなに死にたいなら自殺すりゃあいいだろ」

「カオス!」

「……自殺は、嫌。……痛いのも苦しいのも嫌だし。ドラゴンに食べてもらえれば即死かと思ったのに」


 う、想像したら気持ち悪くなった。食べられるなんてあんまり想像したくないのに、つい頭に思い浮かべちゃった。カオスもうげって顔になる。


「どうしてそんなに死にたがるんですか? 親から貰った命、粗末にするなんて酷いと思います。何か辛いことがあったなら聞きますよ」


「は、はは、アンタに話して何になんのよ。アンタもどうせNPCなんでしょ!? NPCに話したところで私の辛さなんて伝わるわけないじゃない!」


 赤い長髪の女性はこっちを睨んで叫ぶ。

 びっくりした。叫ばれたのもだけど、久し振りに聞き覚えのある言葉を聞いたから。……そっか。さっきからどこか彼女に見覚えがあると思っていた原因が分かった。


 酷く落ち込んだ様子はあの人と同じ。

 えぬぴーしーとか、難しい言葉を話すのもあの人と同じ。


 彼女に見覚えがあったのは、ケリオスさんが同じように落ち込んでいたからだ。もし塞ぎ込んだ理由も同じだとすれば納得しちゃう。ケリオスさんだって酷い落ち込みようだったし。


「何がNPCだよ、意味分かんねえ。おいもうこいつ放っておこうぜバニア。話になんねえよ」


「私はもうちょっと話したい。説得は絶対成功させるよ」


 カオスは「あー」と唸りながら後頭部を掻く。


「オレは外出てるわ。説得終わったら2人で出て来いよ」


 そう告げたカオスは欠伸しながら部屋を出た。

 彼女は元から気乗りしてなかったし仕方ないのかもしれない。でもちょっと冷たいよなあ。説得に協力してくれなくてもいいから、せめて部屋に残ってほしかった。


「ねえ、お姉さんはもしかして……ぷれいやー?」


「知ってるの!? あなたもそうなのね!?」


「……ごめんなさい。私はぷれいやーって人じゃない。その言葉が何を意味するのかも分からないの」


 興奮した様子だったけど答えた途端に意気消沈。

 ケリオスさんの言葉を思い出すと、私はたぶんえぬぴーしーとやらなんだと思う。いや、正確にはそれに酷似した存在。彼は私がえぬぴーしーじゃないって言っていた気がする。


 お姉さんをぷれいやーだと思ったのは、やっぱりケリオスさんと共通点があったからだ。……でも私はぷれいやーを知らない。ケリオスさんが自分の状況を説明してくれた時、私じゃ理解出来ないのを察して難しい言葉を遣っていなかった。すごく説明しづらそうだった。私のせいで彼を苦しめた。


 自分の無知が嫌になる。

 13歳だからとか、まだ大人として未熟だからとかそんなの関係ない。

 今まで私は知識を貪欲に得ようとしなかった。もし今まで必死に勉強していたとしたら、言葉の意味が分からないなんてことなかったかもしれないのに。


「は、はは……やっぱり、私は1人なんだ……」


「1人だから死にたいなんて……」


「あなたに、たかがNPCに何が分かるの!?」


「分からない。何も、分からない。だから教えてください! あなたがそんなに打ちのめされている理由を知りたいんです! 話してくれないと、何も分からないままだから!」


 私は何も知らない。本当は理解してあげたい。

 ねえ、ぷれいやーとかえぬぴーしーが何なのか教えてよお姉さん。私はお姉さんのことを知りたいんだよ。

 どうして私に冷たく当たるの?

 お姉さんの悩みはいったい何なの?


「……はあ、NPC相手になーにムキになってんだか。言いよ、話してあげる。どうせ伝わらないだろうけど……誰かに話すだけでも気休め程度にはなるかもしれないし」


 多少落ち着いたっぽいお姉さんは語り出す。

 私が想像もしていなかった……お姉さん自身の現実を。


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