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ミレイユ視点 感謝の念


 ベッドで静かに眠っている緑色のドラゴニュート。

 同い年である彼女はまだ子供。私と同じ、いえ、私よりは大人だったわね。私がたまに大人ぶった時は陰から支えてくれる。日頃から感謝しているけれど、今はいつもより……。

 起きたら、いつもありがとうって……言いたい。


「……早く起きなさい。バンライ」


 2日前。この場所、治癒院にバンライが入院した。

 私と彼女は新人のバニアと組み、ゴブリン退治というDランクの中で比較的簡単な依頼を受けた。そこで予期していなかったオーガと遭遇してしまいこの有様。


 あの時、私が2人の逃走する提案に乗っていれば、こんなことにはならなかったはずなのに……。こんな後悔しなくて済んだのに。


 自分のことが増々嫌いになる。

 母は盗賊に襲われ死亡。父は借金を残して失踪。

 従者と共に家を守ることも出来ず、実家は借金返済のお金になった。従者に給金を払えないからほとんどの者が退職。私の傍に残ったのはバンライただ1人だった。


 両親も、実家も、従者達も何も守れない。そんな何も出来ずにいる弱い自分が嫌いで仕方ない。……だから変わろうと、強くなろうと思っていたのに。

 きっといつか家を復興して父をを見つけ出せる……なんて思っていたのに。


 結局、私は弱いまま。

 何一つ守れない哀れな子供。


 少しでも早く強く、大人になりたくて頑張りましたけど以前と何も変わらない。失うだけの愚かな子供のままなのです。今だって唯一昔から傍に居た友人を失いそうになっている。


 こんな有様じゃあ、バニアに先輩面なんて出来ませんわね。あの状況で逃走を提案した彼女の方が余程大人でしたもの。自身の力量すら把握出来ず失敗した私とは大違いですわ。


 そう、あの時、オーガからは一目散に逃げるべきでした。

 一刻も早く強くなりたいと思っていたせいで、無謀にもオーガに挑んだのは愚かでした。功績を得れば早期ランクアップに繋がるとはいえ引き際は大事ですもの。マヤさんにも格上の相手と遭遇したら逃げろと言われていましたのに……。欲に目が眩んだ私が全て悪い。


「お、いたいた」


 治癒院の一室に澄んだ声が響く。

 この声、マヤさん?

 依頼から帰って来られたのですね。普段なら依頼達成後は彼女やテリーヌさんに報告し、褒めてもらっていたところですが……今は、合わせる顔がありませんわ。


「これ」

「いだっ!」


 頭痛い……殴られたのですか?

 手加減したのは分かっていますが痛いですわ。普段なら抗議するところなのに振り向けない。マヤさんは今、どんな顔をしているのかしら。


 チームメンバーを殺しかけたから呆れた顔? 怒った顔? それとも悲しい顔? 私、もう『薔薇乙女』から追放されちゃうのかしら。されても文句は言えない……いえ、当然と言えますわ。


「事情はバニアちゃんから聞いたよ。大変だったね」


「……ええ」


「次は私とテリーヌも付いて行くから肝に銘じておくように。次倒せないと思ったらすぐ逃走体勢に入りなさい。はい説教は以上」


「……え?」


 以上って、説教が終わりということですか?

 判断ミスで仲間を殺しかけたのにそれだけ?


 驚きのあまり目を丸くして振り向くと、マヤさんの表情が険しいものから穏やかなものへ変わるのを見た。どうしてそんな顔が出来るのか分からない。とても怒っているとは思えない顔。


 猫耳も尻尾も、横に伸びた3対6本の髭も普段通り。表情だけが普段よりも柔らかい。今まで見たことがないほど穏やかで優しい笑みを浮かべている。


「……あの、それだけ、ですか?」


「だけって、他に何があるのかなあ。ミレイユがマゾだって言うならまだまだ言ってあげるけどさ、違うでしょ。過度な説教は逆効果。……確かに嫌なミスだけど今回はマシな方なんだよ? 死者は出てないんだし上等だよ上等。ちゃんと生きて次に繋げることが何よりも大事だからね」


 死んだら終わり。当たり前。

 訊きづらいから訊きませんが、マヤさんも今回のような経験をしているのかもしれませんわね。生きて次に繋げるのが大事というのも妙な説得力がありますし。


 ただ、バンライは助かるのかしら。

 傷は酷くて2日も意識が戻っていないのに大丈夫なわけない。このまま目覚めない植物状態、もしくは息を引き取ることすら十分ありえてしまう。


「……もし、次に繋げられなかったら」


 弱気な私の頭をマヤさんが「こーれ」と言って撫で回す。


「友達の目覚めをあなたが信じないでどうすんの。あなたがするべきことはね、そんな風に落ち込むことじゃなくて、バンライの目が開くのを祈りながら声を掛けてあげることだよ」


 声を……掛ける……。

 そうですわ、落ち込んでばかりでは何も変わりません。少しでもバンライが目覚めるきっかけを作らなければ。……そう、彼女は死なない。彼女だけは私を置いていかなかった。


 物心ついた時からいつも一緒にいるんですもの。

 これからも、いつまでも私達は共にあるのですわ。

 ……そう、ありたいのです。


「早く起きて、元気な顔を見せてね」


 ベッドに寝る彼女の手を取って祈る。

 ドラゴニュートならではの鱗に覆われた手は意外と滑らかだ。下手したら私よりスベスベかもしれない。若干ひんやりして気持ちいいのも良い。次は起きている時に触らせてもらいましょう。


 種族特有のものでしょうがひんやりしすぎるのもどうなのでしょう、こちらとしては不安になりますわ。ドラゴニュートは体温が高いのに鱗は冷たい。彼女曰く体の内側に熱を溜め込むのが普通らしい。


「……ミレ……イユ……ちゃ、ん」


「バンライ!? 目が覚めたのですか!?」


 彼女の目が薄く開いた。

 あ、ああ、やっぱりバンライはずっと私の傍にいてくれる。良かった、本当に良かった……! ちゃんと回復してくれていたのですね……!


「心配、かけちゃった、ね」


「ええ本当に! 本当に心配したんですから!」


「大丈夫だよ……ドラゴニュートは、頑丈、だから。あれくらい」


「何を言いますか! あなたは死の淵を彷徨っていたのですわよ!?」


 頑丈といっても限度がある。

 死ぬかと思うほど重傷を負ったのに、私のせいなのに、どうしてそんな風に笑えるのよ。弱々しいその笑顔は私があなたの立場なら浮かべない。


「……ごめんなさい」


「どうして、謝るの?」


「あなたがこんなことになったのは私のせいですもの。あの時、私が現実を理解し、撤退していれば全員無傷でいられましたもの」


 当たり前だけど理想と現実は違う。

 私は今弱くて、勝てない相手がいて、早期ランクアップなんて基本的に出来るわけない。これが厳しい現実。


 Dランクへの昇格は簡単だけどそれより上は中々上がれない。マヤさんのようなBランクメンバーは優秀で特別。Aランクは超優秀、才能の塊。Sランクなんて規格外の存在。


 私の目的には多くの情報が必要であり、そのためにも上のランクに行かなければならない。欲しいのはお父様の手掛かり……そして、私が1人前と言われるくらいの成長。

 何よりも重要なのは人間としての成長なのです。


 今回は失敗してしまったけれど、失敗は糧になる。

 失敗続きの人生だけどきっとその分の成長がある。

 私はいつかバンライと共に実家を復興してみせますわ。まだ家族全員がいたあの日のように、元従者達とみんな笑顔で集まりたいですもの。


「私、もう焦りませんわ。お父様のことも、実家のことも自分に出来ることをやります。もう2度とこんな怪我を負わせないために。……また、付いてきてくれますか?」


「……当然だよ。私、ずっとミレイユちゃんの傍にいたいから」


 答えが嬉しくて自然と微笑んだ。

 彼女が入院してから初めて笑えた。


「バンライ、いつも私と居てくれてありがとう」


 やっと言えましたわね日頃の感謝を。

 彼女はといえばだらしなく口元を緩めて「え、へへ」と照れている。ふふ、そんなに嬉しく思ってくれるならこちらとしても嬉しいわね。


「ねえ、バニアちゃんは……大丈夫?」


「あ、そうです! バニアにも知らせないと!」


 確か同じ宿に泊まっていたはず。走れば10分もかかりませんし、彼女も心配していたから早く知らせてあげませんと。今行きますわよバニア……と思ったら「いないよ」とマヤさんから言われて立ち止まる。

 部屋の扉前で私は「え?」と振り向く。


「あの子はこっち来たばっかだし金欠みたいだから。新しい依頼を受けてさっき行っちゃったよ。伝えるなら帰って来てからだね」


「そ、そうですか。まあそれなら仕方ありませんわね」


 残念な気持ちはありますが今生の別れというわけではありません。伝えたいことは帰って来た時に伝えればいいのです。


 元々反対していたのは私だけでした。漠然と気に入らない気持ちがありましたが、今は寧ろ彼女に感謝しています。彼女がいなければ私達はあの場で殺されていたでしょうしね。

 何て言って誘おうかしら。チーム『薔薇乙女』に。


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