24 とにかく逃げなきゃ
「ミレイユ立って! みんなで生き残るために!」
オーガとの戦闘は私1人じゃ限界がある。
せめてミレイユとその持ちドラ、ウィンの協力が必要だと思う。こういう時こそみんなで力を合わせないと。
「ば、バンライが……嫌、あなたも私を置いて……」
「しっかり、しろおおおおおおおお!」
情けなく座り込んだままの彼女の頬を両手で叩く。
パシンッという音が鳴って彼女の頬が赤くなる。
潤んだ緑の瞳がこっちに向けられた。
「バニア?」
分かるよミレイユ、その気持ち。私だって味わったから。
ただ、経験者の私から言わせればこの状況は最悪じゃない。まだバンライさんは死んでいないと今確信した。見えづらかったけど僅かに胸が上下してる、呼吸してる証だ。死んでないなら、みんなで生きて帰れる可能性はあるんだ。まだ、希望はある。
「帰らないと、みんなで」
「みんなで……帰る? 帰る、帰る」
「まだ呼吸してるからバンライさんは生きてるよ。出血が酷いから、手遅れになっちゃう前に早く帰って手当てしないと」
「生き……て……る。生きて、いる……!」
ミレイユの瞳に希望が宿る。
そんな時、突如ウィンが鳴き声を上げて私達を掴んだ。細長い手で包まれたと思えば移動させられた。優しく包み込んでくれるのはいいけど、いったい何の為に……あ、助けられたんだ。さっきまでいたところにオーガがトゲトゲ棍棒を振り下ろしていた。
あのままあそこにいたら潰れてたかも。
感謝の念を伝えるために「ありがとうウィン!」と言っておく。私の気持ちだけでも伝わるといいんだけど。
細長い手から解放された私達は見つめ合う。
「……情けないところをお見せしましたわ。ええ、本当に情けない。帰りましょう、みんなで」
私達2人はオーガを見据える。
赤い鬼は涎を垂らしながらこっちを見ている。あれはまるで、空腹状態でご飯をお預けされた犬だ。ヒューマンだろうがエルフだろうが餌としか思ってない。
「それで、何か倒す算段はあるのですか?」
「倒すんじゃなくて逃げるの。さっきクリスタを呼んだ、クリスタが来てくれればみんなで逃げられる。……1人じゃ時間稼ぎ厳しいからミレイユにも手伝ってほしいんだけど、いい? 先に逃げてもいいんだよ?」
「バカおっしゃい。友を置いて逃げられますか」
「ありがとう。それじゃ、クリスタが来てくれるまで何とか乗り切ろう。無事に帰れたらみんなで美味しい物食べよう」
「ふ、そういうの、巷では死亡フラグと言うらしいですわ。フラグを立てたからにはへし折りますまよ!」
オーガが走って来るのに合わせて二手に分かれる。
洞窟の傍、この開けた場所から離れるわけにはいかない。洞窟や森に入るのは論外。クリスタが降りるのに最低限のスペースがないとダメだから、この場所でひたすら逃げ回るんだ。
う、こっちを追いかけてきた。
もしかしたら私の方が弱いって分かっているのかも。本能か何か知らないけど、仕留めやすいって判断されたわけか。まあ間違ってないけど地味にショック。
雄叫びを上げながらオーガが迫って来る。
速い、嘘、もう追いつかれそう!
振り向き様に軽弓を構えて放つ。胴体に矢が直撃したけど刺さらず折れた。せっかく命中したのに全然喜べない。
刺さりもしないなんて予想以上に硬い……!
オーガが棍棒を振り上げる。
あ、やばい、弓を射た直後だから動けない。
避けられない。死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!
「〈サンドバレット〉!」
30センチくらいの土塊が横から飛んで来て、オーガの頬に当たる。直撃後は粉々になって土煙と砂が舞う。
トゲトゲ棍棒が振り下ろされたけど、目眩ましのおかげで横に逸れてた。
あ、危ない……ミレイユの土魔法のおかげで助かった。
いやいや、呑気に考えていられない。今のうちに距離を稼いでおかないと。目眩ましの土煙は数秒で消えちゃうだろうから。
「グウオオオオオオ!」
オーガが叫んだ。怒っているんだ。
一撃でも入れれば殺せるはずの私達を未だに殺せなくて。戦闘不能に出来なくて苛ついている。闘争本能、もしくは狩猟本能に火がついたのかもしれない。
オーガが怒りのままに攻撃してくるけど私達は逃げ続けた。
逃げる、逃げる、とにかく逃げる。
ミレイユの土魔法による目眩ましも活用することで、足の遅い私でも何とか躱しきれている。何度かミレイユにターゲット変更しようとしていたけど、そんな時は私が軽弓で矢を放つことによって注意をこちらに向けた。
逃走中は全力疾走なので物凄く疲れる。しかもそれで引き離せるわけじゃなく、寧ろ何度も追いつかれた。心の中の何かがゴリゴリ削れているような気がする。
どれくらい時間が経ったんだろう。
もう数十分、いや1時間以上経ったんじゃないの? もう疲れた、ヘトヘトだよ。走るの限界……。はは、でも1時間も全力疾走出来るわけないから精々数分だよね。
クリスタ……まだ来てくれないの?
「バニア!」
焦ったミレイユの声が聞こえる。
おかしいな、視界がどんどん下がってる。地面が近付いてくる。走ってるはずなのに、おかしいな……。足の感覚あんまりないけど走ってるよね。
あ、そうか、転んだんだ。
転びそうになったからミレイユは焦ってたのか。
疲労のせいか感覚ないから分からなかった。石か何かに躓いたのかも。
……転んだ?
転んだってことは、私とオーガの近さって今どれくらいなんだろう。何だか、おっきな影が見える。トゲトゲの棒を持った大きな何かの影が。
後ろに、いる。
オーガが、いる。
血の気が引くのが分かる。
軽弓は……転んだ拍子に離しちゃったみたいで手元にない。拾う時間はない。
棍棒が振り上げられる。
回避は間に合わない。
ミレイユの魔法もさっき使ったから無理。魔法は連続で使えないらしいから間に合わない。間に合わない。間に合わない。間に合わない。
死んじゃう。死んじゃうよ。
ごめんなさいケリオスさん、生き残ったのに長生き出来なかった。
バンライさん、庇ってくれたのに。
ミレイユにみんなで帰ろうって言ったのに。
涙、出てきちゃった。
死にたく……ない……よお。
お願いだよクリスタ……。早く来てよお。
「グウオオオオオオ!?」
ドガンと凄い音がした。
……何? 影の形、変わってる?
影は段々と大きくなっていってる。
どういうことだろうと思い、立ち上がって振り向いた。
え、嘘……。これって、水晶……。
おっきな水晶がオーガを潰してる。ぐちゃぐちゃだ。
水晶……ってことはもしかして!
「クウウウウウウウウウウ!」
この鳴き声、間違いない。クリスタ!
空を見上げれば青白いドラゴンが降りて来ていた。
た、助かった……。良かった……。




