アメジスト視点 誤算
自分の国を造って350年以上。ついに準備が整った。
妾はこれからこの世に存在するドラゴンを全て救済する。
ドラゴンとは人間より完全な上位の種族。力に溢れ、自由に空を舞い、強固な肉体を持ち、長く生きられる。人間はドラゴンを崇めなければならない。そう、崇めなくてはならないのだ。そんなことも分からない奴等がこの世界には多すぎる。
400年前、赤子だった妾はドラゴンに育てられていた。
当時の記憶は朧気だが幸福だったことは覚えている。ドラゴンからすれば気紛れか、鱗を持つドラゴニュートだから同族と勘違いしたのか、理由は不明だが妾を育ててくれた2年間の恩は忘れない。
妾を育ててくれた数体のドラゴンは残念ながら、ドラゴンやドラゴニュートを売る組織に捕まってしまった。それからピースという翼人に育てられた妾は、17歳の時に親代わりのドラゴン達を捜しに旅したが既に売られた後。苦労して買った人間を突き止めたものの、奴隷のような扱いを受けて死んだと知った。あの時代は本当に酷い時代だったな。
今では人間も少しはマシになったがマシ程度。
ドラゴンと契約するのはいいが、ペットのように扱う輩も居れば、相手の気持ちを全く考えずに束縛する輩も居る。そんな人間共にドラゴンと関わる資格はない。そんな人間共からドラゴンを守るために妾は国を造り上げた。今となっては懐かしい。
妾の国、リュウグウはドラゴンとドラゴニュートのための楽園だ。
辛い思いをしたり、人間に嫌気が差したドラゴンを守るための場所だ。
リュウグウの噂を聞いてドラゴンが次々と集まり、その数だけ愚かな人間が存在していると理解する。だがドラゴニュートに愚かな者は居ない。
妾はもはや、ドラゴニュート以外を人間とは認めん。
奴等は家畜同然の存在。妾としては消えてくれて構わん。
妾は、リュウグウは、これから世界中の契約者から持ちドラを奪う。
ドラゴンの記憶を奪いリュウグウに招待する。抵抗する愚かな契約者は殺す。
作戦を実行するための十分な戦力が今日でついに揃った。今こそ作戦実行の時。
リュウグウの王城前に戦力となるドラゴニュートとドラゴンを全て集めてある。
ああ、素晴らしい眺めだ。穢らわしい種族が居ない光景。
これこそ妾が求め続けた理想郷に他ならない。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。よく長い年月耐えてくれた。今日この瞬間から作戦を実行に移す。ドラゴニュート以外の人類に縛られるドラゴンを解放し、リュウグウという楽園を完成に導くのだ!」
「――少し待って頂けませんかねえ、アメジスト」
黒いローブを着た痩せ細った男が近付いて来る。
あの青い顔に黒い翼、ゴマか。
妾の演説中に話しかけるとは無礼な奴。
しかしこのような奴でも貴重な戦力。
礼儀を欠いても妾は寛大な心で許そう。
「ゴマ、女王である妾の話を遮るでない。其方の話は後で聞く」
「おやおや。いったい、いつまで女王のつもりでいるのですか? まさかお気付きでない?」
「……どういう意味だ」
「簡単に教えましょう。既に皆、従う相手を変えているのですよ。この私にね」
冗談は時と場を考えてほしいものだ。
女王に対してこの発言、罰を与えぬわけにはいかぬ。
「何をバカなことを言っている。皆の者! 妄言を吐くこの者を捕らえよ!」
ゴマめ、其方は自由すぎた。少しばかり反省するがいい。
……なんだ、おかしいぞ。
なぜ誰も動こうとしない。
なぜ妾の言うことを聞かぬ。
なぜ妾にそのような冷たい瞳を向ける。
「なぜだ。なぜ誰も動かない。妾の命令が聞けぬのか!」
「無駄です。もうあなたを慕うドラゴンも、ドラゴニュートも居ませんよ。長い年月を掛けてゆっくりと始末してきましたからね。もはやこの国で戦える者は私の忠実な部下のみというわけです。ご理解頂けましたかねえ」
「ば、バカな……其方、妾の国を乗っ取るつもりか」
「つもり? ふっ、既に乗っ取ったも同然でしょう。あなたの味方は誰もいません」
此奴、先程妾を慕う者を始末したと言っていたか?
同族であるドラゴニュートも、ドラゴンさえも殺したというのか。
他種族よりも愚かな行為。
理想郷の民がやってはならない禁忌。
こ、このような奴が同族だとは認めぬ。
妾はいったい、何を国に招き入れてしまったのだ。
「もうあなたは要りません。さようなら。〈マグマボール〉」
ああ、巨大な紅蓮の火球が降下してくる。
殺意しかない攻撃。何もしなければ妾は死ぬ。
まだ、まだ死ぬわけにはいかぬ。
ゴマは妾の理想郷の毒。排除せねばならない。
「ぐああああああああああああ!」
灼熱に包まれた。熱い! 魔法の威力が強すぎる!
咄嗟に貴重な道具である転移石を砕いてしまった。
転移石を砕けば、砕いた者は行きたい場所へ瞬間移動出来る。
咄嗟に砕いたゆえ妾はどこに飛んだのか分からぬ。
酷い全身火傷のせいで意識を保つのすら厳しい。
「アメジスト? アメジスト! どうしたその怪我は!」
ああ、懐かしき声が聞こえる。
白き翼を生やした男の姿が辛うじて見える。
しかしなぜこの男のもとへ転移してしまったのだろうか。
……妾は自らこの男との縁を切ったではないか。
まさか、心の奥底では会いたいと思っていたのか?
ダメだ、考えが上手く纏まらない。
意識が……遠のいて……いく。