101 フラエルの試練
フラエル祭は終わり、今日からはいつも通り仕事をする。
昨日は楽しかったな。ナットウ君とリエットさんに色々案内出来たと思う。
次は私がザンカコウへ遊びに行く番だ。いつか仕事を休んで遊びに行こう。
ギルドへ来てから依頼を選び、受付嬢さんのところへ依頼書を持って行く。
今日受けるのは吸血鬼の国、ヴァンノールの領内でのモンスター討伐だ。カオス以外の吸血鬼って殆ど見たことがないから少し楽しみだな。血を吸われるのは勘弁願いたいけどね。たまにカオスから吸われて貧血になりかけるから。
「バニアさん、申し訳ありませんが至急ギルドマスターの部屋に向かってください」
「え? はい。え、私だけですか?」
「オレ等は呼ばれてねえの?」
「今回はバニアさんを呼んでほしいとしか言われていません。同席したいのならギルドマスターの許可を得てください」
何だろう? 預けたウォータードラゴン、ミズハの件ならチームで呼ばれるはず。ゴマの話だってチーム3人で聞いた。ミヤマさんに私だけが呼ばれるのは初めてだな。用件の想像が付かない。
私、知らないうちに何かやっちゃったかな?
「バニアちゃん1人が呼ばれるなんて珍しい。何も心当たりないの?」
「うん、分からない」
「とりあえず付いて行って、私やカオスも部屋に入っていいか訊こうかな」
「そうだね。やっぱりどんな話でも3人で聞きたいし」
ギルド2階にあるギルドマスター執務室へ向かうと、猫の獣人の女性が扉の前で待っていた。ミヤマさんだ。わざわざ外に出て待ってくれていたのか。
「や、待ってたにゃん。早速中へ入った入った」
「バニアちゃん1人でですか? 私やカオスも中へ入ることは」
「ダメ。バニアちゃん1人でって言われているからさ」
言われている? 話があるのはミヤマさんからじゃない?
仮にそうでもやっぱり心当たりはない。何なんだ、いったい。
ミヤマさんの後に続いて部屋に入ると2人の男性が居た。
種族はどちらもヒューマンか。何者だろう。
あれ、手前側に居る人どっかで見たことあるような。
うーん……あ、思い出した。昨日の変な執事さんだ。
私やママの名前を訊いてきた執事さんで間違いない。
奥側に居る人は全く知らない人だ。私と同じ白髪か、珍しい。
私以外に白髪の人って滅多に居ないんだよね。というか老いている人くらいなもので、正確には色素が抜けちゃった人だから元から白髪ではない。白髪が老人みたいだからコンプレックスになっていた時期もあったっけ。
「ローゼウル様、ご覧ください」
「おお、俺と同じ白い髪! メテオラの言った通りだ」
そうだ執事の人はメテオラさんだった。白髪の男の人はローゼウルさんね。
メテオラさんが『様』と呼ぶのはローゼウルさんが主人だからかな。
「さ、バニアちゃん座って」
「はい」
ミヤマさんに言われたから猫の形をしているソファーに腰掛ける。
「彼女がお捜しになられていたバニアです」
私の隣に座ったミヤマさんがそんなことを言う。
私を探していた? 何のために?
ママの名前訊いてきたしママが関係しているのかな?
「バニア、初めまして。俺の名はローゼウル。このエルバニアの第一王子だ」
「王子様!? は、初めましてバニアです」
王子様が私を捜していたのか、驚いた。
お伽噺や妄想の中だけだと思っていたな。
ケリオスさんに会う前だったら喜んだかもしれない。
白馬に乗った王子様が迎えに来るなんて妄想もしたことあったし。
でも残念、今の私はそんな脳内お花畑な人間じゃないんだ。
王子様がわざわざ私を捜すなんて絶対おかしいもん。
怒られることをした記憶はないし、何か厄介事に巻き込まれようとしている可能性が高い。あわわ、何を言われることやら。はあ、褒め言葉を贈ってくれるなら嬉しいんだけどな。
「今日は君を指名して依頼を出したい。君にしか出来ないことだ」
やっぱり厄介事の気配。
「実は父が病魔に冒されてな。王位継承の準備をするよう言われたのだ。エルバニアでは王位継承の際、初代国王のバニア・フラエルのお言葉が残された石碑があるという『継承の迷宮』に行き、最深部でその石碑を目にしなければならない。フラエルの試練と呼ぶそうだ。しかし今、なぜか迷宮にモンスターが大量発生していてな。非常に困っている。今回の依頼は迷宮のモンスター討伐だ」
大変だなあ、石碑を見るためだけに迷宮に潜らなきゃいけないなんて。
「どうして私なのか聞いてもよろしいでしょうか」
敬語おかしくないかな。言葉遣いが悪いと不敬罪になるかもしれないからちゃんとしないと。
「面倒な掟があってな。迷宮は王家の血を引く者しか入ることが許されない。ギルドや兵士団の者を向かわせたら掟破りになってしまう。俺も少しは戦えるがモンスターが多すぎて最深部までは行けない。途方に暮れていた時、メテオラが君の噂を聞いてな。情報を集めてみたところ、君は俺の妹であることが判明した」
「妹?」
「妹」
「誰の?」
「俺の」
「えええええええええええ!?」
私が、王子様の妹……王族……信じられない。
仮に私が王族だっていうんなら、どうしてお城で暮らしていないんだ。
1度もお城なんて行ったことないし暮らしていたのは森の中。
どう考えても私が王族なわけないじゃん。何かの間違いだよ。
「し、信じられません」
「調査の結果、父は侍女3人と不倫していたらしい。その内の1人は妊娠して退職したそうだ。退職した侍女はイオラという名であり君の母親だ。イオラはどこかに隠れ住み、君を育てたようだな」
隠れ住んでいたというのは合っているかもしれない。
森に住んでいた時、それが普通だと、おかしいことではないと思っていた。
でも違う。森にフォレスディアみたいな町があるならいいけど、他に人が居ないのに住んでいるのは異常だと知った。私とママは何か事情があって町から離れて住んでいたと考えられる。
フラエル祭に行っちゃダメと言われた理由もそれだろうな。
お祭りには王族や兵士も参加するし、見つかったらマズい事態になったんだろう。線と線が繋がっていく。実は王女というのもありえなくはないのか?
「君が王族という証拠なら他にもある。その白い髪、実はエルバニア王家の血を引く者の証拠なのだ。初代国王も白かったという。調べさせたが他に最初から白髪の人間は居ない」
決定的なのがきた。髪の色かあ、これはもう信じるしかない。
だって実際に王子様も同じ髪色だし、純粋な白髪の人を他に見たことがないもん。
「……とりあえず、信じてみます。あ、バニアって名前も王女だからでしょうか」
「いや、初代国王の名を付ける親は稀に居る。現に町にはバニアという名の者が君の他に20人程居るらしい。初代国王のような素晴らしい人間になってほしいと願いを込めているそうだ」
「そうなんですね」
ママも、そんな願いを込めたのかな。私の名前に。
「さあ、理解してくれたところでもう1度言うが、依頼を引き受けてくれないか? 掟を破らずモンスターを討伐するには君の助けが必要なんだ。父が生きている間に、王位継承の準備を済ませて安心させたい。俺を助けてくれないか?」
「分かりました。受けます、その依頼」
「おおありがたい!」
王族なんて肩書きは関係ない。
困っている人が居るなら助けたいから助ける。
それに私にしか出来ないっていうなら尚更やるしかないでしょ。
「さてと」
「ミヤマさん?」
何だ? ミヤマさんが急に立ち上がって執務室の入口へ歩いて行く。
執務室の勢いよく開けるとタキガワさんとカオスが部屋の中に倒れてきた。
「タキガワさん! カオス!」
「君達、盗み聞きとは悪い子だねえ」
「へっへっへ、扉越しに話を聞いちゃダメなんて言われなかったもんでな」
確かに部屋に入っちゃダメって言われただけだけど。
「王子様、その依頼、私達も付いて行っていい?」
「ダメだ。掟破りになる」
……そりゃそうだ。もし私以外に入れるなら最初からみんなで話を聞ける。
今回は私1人でやらなきゃいけないんだ。エルバニアの城下町に移り住んだ頃だったら自信がなかったけど、今なら1人でも仕事出来る自信がある。あの奪われるだけだった頃とは違うんだ。
「バニアちゃんが心配なの!」
「そうだそうだ! オレ達バニアの仲間なんだぞ!」
「いや、掟だからダメだって」
「うるせえ! 王子だからって難しい言葉使ってんじゃねえ!」
「……何か難しい言葉使ったか?」
うちのカオスが頭悪くてごめんなさい。
「タキガワさん、カオス、今回は私1人でやらせて」
「危ないわよ1人じゃ。持ちドラだって一緒に行けない。こんな危ない依頼断っちゃえばいいじゃない」
「そうだぜ。3人で行けばいいじゃねーか」
だから掟だから王族しか入れないんだって。
タキガワさんは同行が無理って分かっているっぽいな。断れって言ってるし。
「いつも心配してくれる気持ちは嬉しいよ。でも、大丈夫。私はもう守られるだけの弱者じゃない。確かに1人は危ないかもしれないけどさ、無茶はしないよ。だからお願い。私1人で行かせてほしいの」
「……子供の成長ってこういうものなのかな」
私いつからタキガワさんの子供になったの?
「ああ、オレ達は過保護だったらしい。子供ってのはいつまでも子供じゃいられない。親のもとから巣立っていくもんなんだな」
私いつからカオスの子供になったの?
え、2人共、私を仲間というより子供として見てた?
「もう止めない。私達はバニアちゃんの意思を尊重するわ」
「止めないけどよ、危ないと思ったらいつでも帰ってこい。ポーションは持ったか?」
「ありがとう2人共。2人の気持ちは分かった。行ってくるね」
分かったよ。友達目線じゃなくて本当に親目線だ。
ポーションも武器も持っているから安心してね。行ってきます。




