96 ピースさん
うーん、フヨール山に入れないんなら天空鉱石はどうやって手に入れよう。
「しょうがないわね。なら次の手段、素材屋へ行く!」
素材屋か、そういえばエルバニアにもあったなそんな店。
肉、魚、花、鉱石、宝石、モンスターの一部までも売られているのが素材屋だ。
何でも売っていて便利に思えたけど欠点が1つ。
あの店は売り物が定期的に変わっちゃうから欲しい物がない時もある。
「運良く売ってるかねえ」
「売ってなかったら……強行突破で鉱山に入るしかないわ」
「それは止めた方がいいよ。犯罪者になっちゃうから」
武器は欲しいけど犯罪者になってまで欲しいわけじゃないからね私。
天空竜の短剣は凄い武器らしいけどさ、手に入らないなら武器屋で別の短剣買えばいいだけだし。タキガワさんは私に強い武器を持たせたいんだろうけどね。
今なら簡単に諦められる。素材屋に天空鉱石がなかったら諦めよう。
素材屋へ行くために中層大地から最下層大地まで下りて市場に向かった。
天空都市なんて珍しい場所だけど、市場まで珍しい物を売っているわけじゃ……え、虹の橋の欠片を売ってる!? しかもアクセサリーにしてる! あっちは固まった雲のクッションにソファー。市場中央には雲に似た綿飴も売られている……ってそれはただの綿飴だ。なんか名前変えて店に雲飴って書いてあるけど普通の綿飴だ。
「さあ到着! 頼むわよー、天空鉱石を売っていてください!」
目的の素材屋に到着したから店内に入って売り物を見ていく。
モンスターや動物の皮やら爪やら、本当に色々売っているな素材屋は。
「……置かれてないね」
「あちゃー、もう手に入れる方法ねえんじゃね?」
色々売っている素材屋でも天空鉱石は売られていなかった。
うん、しょうがない。天空竜の短剣には縁がなかったってことで諦めよう。
「ちょっと店主さん! 天空鉱石って在庫ないの!?」
「天空鉱石が欲しいんですかー。残念ですが、フヨール山での採掘が中断されていますからねー。現在は入手出来ないんですよ。入荷にはおそらくあと数ヶ月掛かるでしょうね」
「そんなあ! バニアちゃんのかっこいい剣が……」
諦め悪いなタキガワさん。でも、私のためなのは嬉しいよ。
武器はまたエルバニアの武器屋で買えばいい。ギルドに入った直後に1度行っただけだけど親切なおじさんが武器を選んでくれたはず。あの時と違って今はお金も余裕あるし、少し値段お高めな鋼の短剣を買うのもいいかな。
「――君達、何か困り事?」
開いた入口の扉からターバンを頭に巻いた男の人が店内に入って来た。
この人、背中から白い翼が生えている。
翼人。非情に珍しい種族の人間だ。
「あ、いらっしゃいませピース様。頼まれていた物、手に入りましたよ」
「本当かい、ご苦労様。代金は?」
「77000ゴラドです」
名前はピースっていうのか。顔も声もいかにも優しそうな人だな。
店主さんから彼が受け取ったのは酒瓶……お酒好きなのかな。
「ああ失礼、名乗っていなかったね。僕はピース。もう長いことフワリアに住んでいるよ。君達は?」
「私はギルドで働いているバニアです。左がタキガワさん、右がカオスです」
「タキガワ? 間違っていたら申し訳ないんだけれど、君達はプレイヤーだったりするかい?」
この人『ぷれいやー』って言葉を知っている。まさかこの人も『ぷれいやー』か。
「バニアちゃんは違うけど、あなたもそうなの?」
「ああ、僕もプレイヤーさ。もうこの世界で生活して600年程になるかな」
「「「600年!?」」」
はえー、すっごい。人間と一括りにされても色々な種族があって寿命も違う。
ヒューマンが70歳から80歳程度の寿命なのに対して、翼人は1000年とされている。噂じゃ若い姿のまま成長が止まったまま生涯を終えるらしい。ピースさんを見ればあの噂も真実だと分かる。翼人で600歳以上ならヒューマンだと50歳くらいか。そんな年を取っているようには全く見えないや。
「少し話が出来る時間はあるかい? プレイヤーには伝えておきたいことがある」
タキガワさんとカオスが私の顔を見てくる。判断はリーダーの私ってことね。
「急いでいませんので大丈夫です」
「じゃあ僕の家に来てくれないかな」
「男の家にバニアちゃんを行かせるなんてとんでもない」
「いや私は大丈夫だけど」
「け、警戒させてしまったかな。謝るよ、すまない。神に誓って君達に危害を加えないと約束しよう」
なんかタキガワさんのせいで妙な空気になっちゃったじゃん。
男の人の家だから何だっていうのさ。
異性の家に興味あるお年頃なんですけど。
「おい、それより重要なことをまだ聞いていねえんじゃねえか」
カオスまで何か言うことあるの? 重要なことって言われても思い当たらないな。
「……菓子は出るんだろうな?」
お菓子かあ。それは重要……重要か?
「当然さ。家に来たら君達は僕の客人であり、もてなすのが礼儀だからね」
「よし行こうぜ。美味しい菓子が待ってるぜ」
グッと親指を立てるカオス。
なんか、ピースさんに謝りたくなってきたよ。私の仲間失礼じゃない?
ピースさんが優しい人で良かった。あまり気にしていないみたいだ。
「では、付いて来てください」
そう言って向かうのは住宅街のある下層大地と思いきやさらに上。
フヨール山のある中層大地をも越えて上層大地だ。
上層大地は下の大地と比べて遥かに狭く、建物の数も少ない。
建っているのは大きな塔と広い屋敷と円状の建物の3つだけだ。
「到着しました。空気の薄さは辛くないですか?」
「少し苦しいですけど、時間が経てば慣れると思います。だよね?」
「ええ、激しい運動とかしなければ平気だと思うわ」
「オレは寧ろ気持ちが良いぜ。視界は揺れてるしタキガワが3人に見えるけど最高の気分だ」
「大丈夫じゃない人居た! 掠れ声でとんでもないこと言ってる!」
ああカオスがフラフラしてついに倒れた!
下が雲で柔らかいから頭を打っても怪我はない。
ただあの発言から正気じゃなさそうだ。寝かせて休ませないと。
「すぐ家へ運びましょう。家の中に僕が作った酸素マスクがありますから」
タキガワさんがカオスを背負い、急いでピースさんの家の中へと入った。