93 大切なものは1つじゃない
「ば、バカな……俺が負けるなんて。ゲーム、オーバー、か」
タキガワさんを乗せたクィルが突進してくれたおかげで石野郎が泉へと落ちる。
バシャーンと水飛沫を上げ、もう2度と地上には戻れない場所へ落ちたんだ。
死んだ。殺した。けど、いつもなら出て来る青白い経験の魂は出て来ない。
泉に分解されて死んだってことは泉に殺されたも同然。
命を奪ったのが私じゃないから経験値を得られないのも納得出来る。
これで良かったんだ。いや、いくら嫌いな相手とはいえ死なせるのは良くないけど、その人間の経験値で強くなるのはもう嫌だ。ゴングを殺した後で後悔したからね。私は、あの石野郎のように人間を軽い気持ちで殺せる人間にはなれない。というかなりたくない。
あ、泉から何か飛び出て来た。
……石だ。要らないし放置しておこう。
「お父様! お父様が目を覚ましましたわ!」
ミレイユの嬉しそうな声に振り向くと、仰向けに倒れていたモデンさんの目が開くのが見える。
エリクサーの瓶は……中身が空の状態で傍に捨ててある。
良かった、ちゃんと飲ませられたんだね。
エリクサーを飲んだってことは怪我が完治しているはず。
衣服に付いた血液は消えないから重傷に見えるけど問題ない。
お腹に穴が空いちゃったカオスも一瞬で完治したんだから。
私とタキガワさんは持ちドラから降りて、ミレイユの方へ駆け寄った。
ミレイユは涙を流しながら笑っている。死ななくて良かったね。
「良かった、飲ませられたのね。……ってバンライちゃんの怪我は治ってないじゃない! ぽ、ポーション飲ませたら治るかな?」
「ミレイユ、バンライは私達に任せてよ。ミレイユはモデンさんを見てあげて」
モデンさんの方が重傷だったし先に助けるのは分かる。
でもバンライも十分重傷の範囲なんだってこと、ミレイユ忘れてないよね?
まあもう大丈夫。私達がバンライを治す。
私はスキル〈応急処置〉を使い、回復効果のある液体をバンライの顔に垂らす。タキガワさんはアイテムボックスから回復用のポーションを沢山出して、無理にでもバンライに飲ませる。これなら短時間で治せるぞ。
「どうして、どうして私を庇ったのですか?」
後ろから声が聞こえる。ミレイユ、それを訊くんだね。
本当は親子で話す時くらい2人にさせてあげたいけど今は無理。
すぐ傍で盗み聞きみたいになっちゃうけど許してね。
「……分からない。無意識と言うのか、体が勝手に動いた。それだけだ」
「それは……本当に分からないのですか?」
「……分からない」
「私が自分で言うのは恥ずかしいのですが、お父様は私のことを守りたかったのでは? 私のことを大事に思っていたのではないですか?」
「俺が大事なのはターニヤだけだ」
いや、そんなことはない。絶対違う。
ミレイユのことを大事に思っていなきゃ守れなかったはずだ。
「も、モデン様は」
朦朧としていたバンライの意識が回復した。
陥没した顔面も殆どは治っている。
よし、私のスキルとタキガワさんのポーションが効いたんだな。
「モデン様はミレイユちゃんのことも好きなはずです」
「嫌いではない。娘だからな」
「大好きなはずです。ターニヤ様に及ばずとも2番目くらいには」
「……娘だからな」
「もう答えは出ているじゃありませんか。モデン様、大事なものは沢山あっていいんですよ。モデン様は、2番目でもミレイユちゃんが大事なんです」
「……そうか。そう、だな。ミレイユのことも、大事な存在か」
やっと気付けたんだね。そんな当たり前なことに。
愛する奥さんの死が原因で、当たり前なことも分からなくなっちゃうのか。そうなってしまうのは少し分かる。大切な人が居なくなるのは、それだけで心をおかしくさせるから。
「お願いがあります。ターニヤ様を忘れろとは言いません。ただ、生きる目的にミレイユちゃんのことを加えてください。ターニヤ様に固執しないで、ミレイユちゃんの傍にも居てあげてください」
バンライは普段引っ込み思案だけど、ミレイユのことになるとよく喋るよなあ。
それだけミレイユのことが大好きなんだな。
たぶん、モデンさんよりも好きなんじゃないかな。
「……すまない。家のことで辛い思いをさせたのは分かっている。父親として最低なことも」
「私はお父様を許しませんわ。でも、しばらく私の傍に居てください」
今すぐ元通り仲良しなんてことにはならないか。
でもきっと、これからの時間が二人の問題を解決してくれる。
さて、敵を倒し、親子の仲も多少改善された。これにて一件落着かな。
バンライもモデンさんも怪我は治ったし自由に体は動くはず。
一旦フォレスディアに帰ろう。みんな心配しているだろうから早く帰って安心させなきゃ。
機会があれば羨望の泉にはまた来たいな。
何か、すっごく良い物が手に入るかもしれないし。




