92 石野郎との決着
石野郎が消えっ……違う微かに横切るのが見えた。
後ろに回って攻撃、いや違う。ターゲットは私達じゃない!
「くっ、この瓶、中々開かない」
「ミレイユちゃん危ない! 敵がそっちへ!」
石野郎の貫手がミレイユへと伸びる。
あいつ予想以上に速い。ダメ、間に合わない……!
「ぐぼあっ!?」
石野郎の手が体を貫通した。ミレイユ……の前に割り込んだモデンさんの体を。
「お父様!? な、なぜ!」
モデンさんの口から血が大量に零れる。たぶん内蔵がやられた。致命傷だ。
確かに距離的にあの人ならミレイユを庇える。でも、それはかなり難しいこと。
あの人は別に強くない。石野郎のスピードは目で追えないから、相手の移動の瞬間にはもうミレイユへと走っていなければ間に合わない。守りたいという強い想いは大前提として、危険を直感していなければ庇えない。やっぱり、娘も大事に思ってるじゃん。
モデンさんの体から手が抜かれて、力なく、ミレイユの方へと倒れる。
「くっ、あの野郎!」
タキガワさんが剣を片手に持ちながら突っ込む。
そうだ、唖然としている場合じゃない。私も戦わないと。
とりあえず今すぐ出来るのは……クリスタへの指示! ブレス!
私が声を出すまでもなくクリスタが意思を感じ取り、クリスタルブレスを繰り出す。
直前で攻撃に気付いた石野郎は飛んで来る水晶を全て拳で弾き飛ばした。信じられない速さ。
「その子達から離れなさい! 〈灼熱斬り〉!」
次にタキガワさんが炎と電気を纏った剣で斬りかかるけど躱される。
必死の表情での連撃。でも当たらない。当たってくれない。
火属性の斬撃スキルに加え、さっき使った〈サンダーフォース〉で雷属性も付与されているから強力だ。麻痺状態を付与出来る可能性もある。当たれば、当たりさえすればこっちが優勢になれるのに。
「結構速いが俺なら躱せるぜ!」
まずい、回し蹴り! 躱せずタキガワさんの脇腹に!
ふ、吹き飛んだ。泉の方に。まずい、泉に落ちたら死ぬ!
「クィル!」
タキガワさんが呼んだことで、クリスタの隣に居たクイックドラゴンのクィルが泉へと直進。落下寸前のタキガワさんを鼻先ですくい上げ、その勢いで自らの背へと飛ばす。上手く着地出来たタキガワさんを乗せてクィルは空へ上昇していく。
「戦闘の基本。厄介な魔法使いやヒーラーから排除していく」
なっ、またミレイユを狙うのか。でも今度は私が防いでみせる。
既に私は石野郎へと走っている。
間に合う、この速度ならあいつの攻撃前に攻撃出来る。
「〈ディフェンスアタック〉!」
「来ると思ったぞちびっ子!」
短剣での渾身の一撃が止められた。両手で刃が挟まれている。
な、なんて奴だ。素手で斬撃を止めてみせるなんて。
「ふん!」
なっ、や、刃が折られた!? 私の短剣、これまで一緒の愛剣が!
「そら!」
「ぐぶっ!?」
一瞬意識が飛んだ。
は、腹を殴られたのか。貫通していないけどめっちゃ痛い。
意識が飛ぶ程度で済んだのはさっきの〈ディフェンスアタック〉のおかげか。あのスキルは攻撃直後、10秒だけあらゆるダメージを半減してくれる。もし半減効果がなかったら内蔵の1つや2つ潰れていたかもしれない。
あ、でもダメだ。こいつ拳を振りかぶってる。私、死ぬかも。
「クウウウルルルウウウウウウウ!」
「なにっ!?」
く、クリスタ! クリスタが石野郎に突進した!
石野郎は泉に落ちるかに思えたけど、クリスタの頭を押さえて踏ん張っている。
私を助けるために動いてくれたんだ。この隙、逃すわけにはいかない。
私は全力で動いてクリスタの背に飛び乗った。だって私は、ライダーだから。
「〈超突進〉!」
「ぐうっ、パワーが増した!?」
クリスタの突進する力が増して石野郎をさらに泉側へと押す。
今使った〈超突進〉はライダーのスキルで、ドラゴンに乗っている時じゃないと発動しない。条件付きではあるけど私が使えるスキルの中では最高火力の攻撃。これによってクリスタの突進力は3倍に膨れ上がる。
あと数メートル押し出せば石野郎を泉に落とせる。
羨望の泉に落ちれば死ぬ。それは分かっている。私が殺すのと同じことだ。
もう人間を殺したくないとゴングを殺した時に思ったし、今も気持ちは変わらない。だけど今回で思い知らされたよ。敵を殺すか殺さないか、選択出来るのは強い人だけだ。今の私はこの敵より弱くて、殺さずに倒す方法を思いつけない。
くっ、あと6、いや5メートル。あとちょっとなのにパワーが足りない!
ダメなの? 〈超突進〉にも時間制限はある。実験として使った時は確か10秒。
既に5秒は経過している。こ、このままじゃ勝てない。どうすればいいの!?
「「フギャアアアアアアアア!」」
え、何、後ろから衝撃が来た? 後ろを見れば2体のドラゴン。
緑色でしなやかな細身の長い体。この2体はウィンドドラゴン!
ミレイユとバンライの持ちドラ、ウィンドドラゴン2体がクリスタを押してくれる。
攻撃力の高い種族じゃないとはいえ2体分の突進力の加算。
石野郎の足は後ろに下がり、泉まであと2メートル。あと、ちょっと。
「ドラゴン達! 強く突っ込むから踏ん張ってよね!」
この声、タキガワさん。突っ込むってまさか。
上を見ればタキガワさんを乗せたクィルが私達の背後へと大きく回り込もうとしていた。勢いを殺さない絶妙な曲がり方と降下で、クィルがウィンドドラゴン2体のお尻へと突っ込む。強い衝撃が私達を襲う。
「ば、バカな……俺が負けるなんて。ゲーム、オーバー、か」
タキガワさんを乗せたクィルが突進してくれたおかげで石野郎が泉へと落ちる。
バシャーンと水飛沫を上げ、もう2度と地上には戻れない場所へ落ちたんだ。




