87 不穏
階段を上って3階にやって来た。
301、302、303、304……あった305号室、ミレイユのパパが泊まる部屋。
まずは本当に居るのか確認のためにノックしてみよう。
コンコンコンコン、と何回も扉をノックしてみたけど反応がない。
「あの、私はミレイユの友達です! 話がしたいので開けてください!」
声も掛けてみたけどダメだ、やっぱり反応がない。
ミレイユのパパ……えっと、名前はモデンさんだっけ。
モデンさん、本当に居るのかな? どこかへ出掛けちゃった?
それとも娘の友達程度には会ってくれないのかな。
うーん、一人になりたいから無視してるって線もありえるな。
「留守なんじゃない? 宿屋の従業員に訊いてみましょう」
「そっか、1階の受付の人なら知っているかも」
「おー、頭いいなタキガワ」
私達は階段を歩いて下りて1階の受付へ行った。
2階ではまだバンライが泣いてて、マヤさんが慰めていたな。
「あのーすみません」
受付の人、獣人だ。しかも珍しい蛇の獣人。
ドラゴニュートに似ているけど違うのは蛇皮か鱗かって感じか。
「はい、どうかなされましたか?」
うおっ、喋る時に蛇っぽい舌が飛び出てくる。
「305号室のモデンさんって今は出掛けているんですか?」
「はい、行き先は知りませんが出て行かれましたよ。大きな荷物を持っていましたが、宿には戻ると言っていました」
「そうなんですか、ありがとうございます」
聞きたいことは聞けたし、受付前にずっと居るのは迷惑だから1度受付を離れる。
しっかし参ったなあ。まさかお出掛け中だとは。行き先も分からないし困った。
「どうする? ミレイユパパを捜す?」
「うーん、でも当てもなく捜しても見つからないんじゃ」
「とりあえず町の中を捜してみようぜ。居なかったら宿屋で待てばいいだろ」
「そうだね。捜してみよっか」
カオスの言う通り、見つけられなかったら宿屋で待てばいい。
どうやら宿屋に泊まるのを止めたわけじゃなさそうだし。
ゆっくり観光って気分じゃないけどフォレスディアを探索してみよう。
宿屋を出た私達を待ち受けていたのは木、木、木、木、木! どこを見ても木!
町に入った時も思ったけどこの町は本当に変わっているなあ。
住宅も店もぜーんぶ木を刳り貫いて作られているんだもん。
木と木を繋ぐ縄梯子もあって、かなり上の高い所にも刳り貫かれた部分がある。
宿屋だって3階建てだったし、高いところにも家や店があるんだろう。
それにしても静かだ。普通、こんなに多くの木があったら風で揺れた葉音でうるさいのに、この町には一切風が吹いていない。そういえば森に入った時から無風だった気がする。周辺の地形や環境が風を無くしている、とか?
そうだ、これだけ静かならガネシアの新しい住処にぴったりかも。静かな場所が良いって言ってたし。森も途中までは暗くって、洞窟と似ている点もあったからきっと気に入るぞ。
早速呼んで……いや、今はモデンさん捜しを優先しよう。
「おーい! 誰か医者か回復魔法の使い手は居ないかああ!」
何だ? ざわざわと人が騒がしくなってきたな。
町の入口付近で男エルフの人が叫んでいる。
あれ、『薔薇乙女』のテリーヌさんも一緒だ。
「重度の怪我人が居るんだあああ! 医者か回復魔法の使い手は居ないのかあ!?」
怪我人!? 大変だ、行かなくっちゃ。
私は医者でもないし、回復魔法は使えないけど、回復効果のあるスキルなら使えるんだ。〈応急処置〉は手から回復効果のある液体を垂らす。大怪我を完治させることは出来ないけど、少しは出血を抑えることが出来る。
既に入口付近には叫びを聞いた人達が集まっている。
まだ回復出来る人は見つかっていないみたいだ。
ちょっと強引だけど人と人の間を通って男の人に近付く。
「はーいはーい、私のスキルで応急処置だけしますよー」
「無駄だ。その女性は既に息絶えている。死者に回復魔法やスキルを使っても効果は発揮しない」
声を掛けたら険しい表情でケンタウロスの女性、テリーヌさんが告げてきた。
肝心の怪我人は地面に寝かされているな。……ああ、これは確かにダメだ。この女エルフの人、出血量が多すぎる。お腹から出血していたみたいで、着ているシャツは広範囲が赤く染まっていた。こんなに血を流していたんじゃ、生きていたとしても私のスキルは殆ど効果が無い。
「テリーヌさん、何があったんですか?」
「バニア、タキガワ、カオスか。フォレスディアに来ていたのだな」
「帰りが遅いから心配で。ミレイユの事情は全部聞きました。それよりこの人……」
「俺の恋人のマリリスだよ! なあ、君は回復魔法が使えるのか? 使えるなら早くマリリスに使ってやってくれよ!」
泣いている男エルフの人が頼み込んでくる。
嘘は吐けない。非情かもしれないけど事実を言わないと。
「……すみません。死んだ人は、回復出来ないので」
「そんなことない! マリリスは生きている! ほら、今にも目を開けるぞ! 頼む、マリリス、目を開けてくれ、開けてくれよおおお」
男エルフの人はマリリスさんを抱きしめて泣き喚く。
私も含めてみんな、悲しそうな顔をしていた。みんな黙って見ていた。
しばらく泣き続けた男エルフの人が泣き止んだ時、テリーヌさんが彼の肩に手を置く。
「埋葬と墓作りを手伝おう。冥福を祈りたい」
「……ありがとうございます。町まで運んでくれたのも含めて感謝します」
周囲に集まった人達みんなで、もちろん私達も埋葬と墓作りを手伝った。
みんなで分担してやったからすぐに終わり、木製の十字の墓の前でみんなが祈る。
男エルフの人はみんなにお礼を言ってから自分の家へと帰っていった。
「あの、テリーヌさん。何があったんですか?」
「ブルフ、さっきの彼は恋人と共に、羨望の泉と呼ばれる場所へ向かったらしい」
羨望の泉。森を歩いている時にタキガワさんから聞いた場所だな。
確か物を投げ込むと別の物が出て来るっていう凄い場所。
「私も偶々近くに居たのだが急に悲鳴が聞こえてな。駆けつけた時、彼等は妙な人間に追われていた。だから敵から彼等を逃がすため町まで運んだのだ。敵も素早かったが私の方が僅かに速かったのでなんとか逃げ切れたよ」
モンスターじゃなくて人間……。
人間が人間を殺そうとしたってこと?
酷い、何のために。恨みでもあったのかな。
とりあえずテリーヌさんが逃げ切れて良かった。ケンタウロスの素早さは全人種の中で1番と言われているし、鍛えているテリーヌさんはケンタウロスの中でも速さがトップクラスのはず。それでも僅か程度にしか上回れないってことは、敵とやらはとんでもない足腰の強さってことだ。なんだか怖いな。
「……だが、見間違いなら良いのだが、逃げる途中で誰かを見かけた気がするのだ」
「特徴とか分かりますか?」
「私も必死に走っていたからよく見ていない。ただ、大きな荷物を背負っていたような気がする」
大きな荷物……ってまさか。……可能性としてはありえる。
丁度今、どこに行ったのか分からない人物が居る。ミレイユのパパだ。
宿屋の人の証言から大きな荷物を持って出掛けたことは分かっている。
違うかもしれないけど、合っているかもしれない。ミレイユに知らせないと!




