プラットホームの地獄
田舎の駅は退屈だ。
ホームはプールコースみたいに狭いし、自販機もない。ひともまばら。今日はスマホを忘れたから、青い空と白い雲でも見ているしかない。
こんなところで一時間に一本しかない各停を、待たなきゃならない。暇すぎて頭が痛い。
おまけに私の隣に座っているのは、にぶくてダサいおさげ女子。
「……電車が来るまで暇だし。私が見た夢の話、し、していいかな?」
唐突に話しかけてきた。
こいつなんて死ねばいいのに。
◆
「夢の話、していいかな?」
頭痛が治まってきたところで、名前もうろ覚えのクラスメイトが、話しかけてきた。話すのにあがっているらしく、きつく結んだひとつおさげが、肩で震えている。
私にとって他人の夢の内容なんて、うまくいっている色恋よりも興味がない。ひとの不幸話や悪口のほうが、盛りあがれる。
「だ、大事なことは適当なふりしないと、私、話せなくて……」
「え? なになに? 聞きたい。聞きたーい」
私は身を乗り出し、女子高生らしくはしゃいだ。
白々しいお愛想なのに、にぶいおさげは気にしない。
……しかしこの子、本当に野暮ったいな。髪を巻くなり、制服のリボンを緩めにつけるなり。あとは学校にバレない程度に化粧をすれば、私みたいに可愛くなるだろうに。そう、クラス平均のちょっと下ぐらいには可愛くなれる。
「どんな夢見たの? 早く教えてよ」
「あ、あのね。とっても怖い夢だったの」
私は一応「とっても怖い夢」の話を聞いてやった。
友達不足のおさげは話すのが下手なので、聞いた内容は頭でまとめていく。
(1)おさげの夢はフルカラー/音声あり/五感や痛覚あり
(2)夢の舞台は今私たちがいる駅
(3)向かいの上りホームには人間が大勢いる
(4)上りホームは『殺す』ホーム。大勢チーム。持ち物あり。
(5)下りホームは『殺される』ホーム。少数チーム。手ぶら。
うん。これで合っているはず。
話続けるの、ほんとにだるい。
「へー。『殺す』ホームと『殺される』ホームって、なに?」
「……『殺す』ホームの人間は『殺される』ホームの人間を、好きに殺していいの。次の列車が来るまでの間」
「なにそれ。センスない」
おさげはひきつり笑いで、どうでもいい悪夢を語ってくる。気持ち悪い。
「貨物列車がこの駅を通過したら、ゲームスタート。ポケットサイズの武器を持った『殺す』ホームの人間が、線路を横断して『殺される』ホームにやってくるの。も、もちろん殺人するために」
「………」
「下りホームの私は『殺される』側だった。けれど最初はルールがわからなかったから、ぼーっとしていて。散々な目にあっちゃった」
「もうその話いいよ」
おさげの話が鬱陶しくなって、コンクリの床を蹴りあげた。踵がじんと痛くなる。
「話が長い」
「………。うふ。ふふふふ。そんなこと言わないで聞いてよぉ」
「嫌だっての」
私が興ざめしているのに、おさげは高笑いだ。青白い顔には汗が浮かんでいる。
「でね。でね! 『殺される』ホームの人間が『殺す』ホームの人間に殺されると……そのとたん、立場が逆になるの! 殺された人間は、次は『殺す』ホームから。殺した人間は『殺される』ホームから、再スタート! 次の通過が来るまで、殺し合い!」
電車通過を知らせるアナウンスが響く。
「私は最初、男に捕まって……あはは! あれが一番の地獄だった! 悔しかったから殺す側になってすぐ、あいつを追いつめて、殺してやった! 頑張った!」
「もういいって」
かん、かん、かん、と。踏切の警告音が、鼻をすする音をかき消す。
おさげは鼻水を垂らして、泣いていた。
「つーか、なんで『殺される』ホームの人間は、ただ殺されんの」
私はおさげに怒鳴ろうかと思っていたけど、やめた。
訳ありなのか、泣いているし。アナウンスを聞いてから、私はまた頭が痛くなってきたし。
「殺されそうになった時点で、やり返せばいいじゃん」
「それをすると『殺される』ホームから、しばらく動けなくなるの。殺される人間が殺しちゃったら、罰として殺されっぱなし。私たちは役目通り、殺して殺されなきゃ……。いつまで経っても、乗れないの」
「乗る? なにに」
「もちろん電車。殺して殺されて。それを何度も何度も繰り返して……ようやく電車に乗れるの。電車で、この駅から抜け出せるんだよ。私は死んでここに来てから、もう何人も見送った」
「……あんたは」
通過列車が迫ってくる。
「ここは死後の世界なの。たぶん、地獄」
おさげの横顔を見て、私は、むせるような花の匂いを思い出した。無人の席の白百合。
目の前の女は、二年前に死んだ、高一のときの同級生だ。
死因は階段からの転落死。打ちどころが悪かった。
「……私のこと、お、覚えてくれていた?」
おさげが涙をぬぐい、また引きつり笑いを浮かべた。
覚えている。おどおどした仕草。野暮ったい見た目と名前。
優等生のくせにグロ好きで……気が合わなくてグループも違うが、グロ漫画の話題で盛りあがったこともある。それだけのクラスメイト。
ただ不慮の事故で早死にしたから、同情した。「死ねばいい」と腹で毒づいたこともあるけれど、それは「関わりたくない」くらいの意味で。
同情したから、誰もいない放課後、弔いの花の水を変えた。白百合の濃厚な香りが不快で、記憶に残った。
「あなたとこんな形で再会するなんて。さ、最低よ」
彼女から笑顔が消えていた。
ホームに赤い貨物列車が入ってくる。振動。風切り音や車輪の摩擦音がけたたましくて、耳に痛い。頭痛がひどくなる。
「みんな自分が死んだことは忘れてくるから……なるべく、普通に話していたくて」
……今日は頭が痛くて、学校を休んだ。風邪っぽかったから、自宅のベッドに倒れ込んだ。なのにどうして私は、なにも持たないで駅にいるの。
「次、私たち、殺される側スタートだから」
振動と騒音の中、彼女が言った。
そして貨物列車が通り過ぎると――いつのまにか向かいの上りホームに、大勢の人間がいた。
とてもいやらしい笑いを浮かべている男もいれば、泣いている男もいる。呆然としている女も。手にはナイフやスタンガンを持っている。ホームの端には銃口が光る。
光景の異様さに、私はめまいを覚えた。口の中も気持ち悪い。
手ぶらのおさげは、苦手な授業問題に当たったときのように、ゆっくりベンチから立ちあがった。
「下手に抵抗すると、数人がかりで来られるから。そのうち、楽な死に方もわかってくるよ」
なんなの? なんなの?
「……じゃ、またあとで」
夢の話じゃなかったの?
私の肌にまとわりつく湿気や汗の匂いは、こんなに不快なのに。私の網膜は、異様な人々とおさげの後ろ姿を、鮮やかに映し出しているのに。
さっきの話が、これから起こるっていうの。
上りホームの人間が、うじゃうじゃと線路に降りてくる。他人を殺すために。
おさげが信じられないような金切り声をあげて、ホームから線路へ飛び降りた。人間が集まってくる。砂糖菓子に群がる蟻のようだった。
頭が追いつかない私は、ただ、下りホームのベンチに座り続けていた。
私は莫迦だ。
せっかくおさげが囮になってくれたのに、無残に殺された。
◆
田舎の駅は退屈だ。
ホームはプールコースみたいに狭いし、自販機もない。ひともまばら。スマホがないから、青い空と白い雲でも見ているしかない。
こんなところでいつ来るかわからない各停を、待たなきゃならない。悪夢なら今すぐ覚めたい。
おまけに私の隣に座っているのは、にぶくてダサいおさげ女子。
「……次、上りスタートだよ。凶器なに使うか決めた? 私の見てみる?」
うきうきポケットを探っているのが、最高に気持ち悪い。まともじゃいられないんだろうけど、なにを考えているんだか。
こいつなんて死ねばいいのに。早く死に切れたらいいのに。
(終)